早朝、俺たちは宿を出てジュッシェマデルに向かうべく森林の中の道を歩いていた。
昨日のうちにヴィーナ達がヌルガルの町で服とか調達をしていてくれたらしくみんな真新しい服を 着ていた。
俺もエレに貰った服ではなく軽装の旅人な感じの服を着ている。
そして腰には短剣も装備だ。
リアルゲームみたいでドキドキする。
自分のいかにも初心者丸出しの格好と比べヴィーナは上級者の冒険者の様に格好よく着こなしている。
ニケルは相変わらず目の行き場が困る服装だけど今はマントに包まれて見えないので良かった。
キオもマントを買ってもらったらしくご機嫌で歩いていた。

「俺、魔界って言うからドロドロしたのを想像してたんだけど全然違かった」
「ドロドロってどんな事を想像していたのですか?」

クスリとニケルが笑った。

「真っ暗で何にもなくて常に争っている感じ?」

俺は手を振りながら地獄のような説明をした。
ヴィーナがひどいわーと非難して苦笑いをする。
上を見上げれば木漏れ日がキラキラと光っている。
大きく伸びをして澄んでいる空気を吸いこむ。
すると不思議そうにキオが覗きこんできた。

「ご主人様、何をしているのですか?」
「んー森林浴〜」
「しんりんよく!僕もやりますっ」

ピョコンと犬の耳を立てたキオが俺と同じ様に伸びをして大きく空気を吸い込んだが 吸い過ぎでむせてしまい涙目になってみんなと笑った。
そんな朗らかな空気を破ったのが獣の様な唸り声だった。

「な、何?」

ヴィーナが瞬時に俺の前に立ち警戒する。
ニケルとキオも辺りを見渡す。
そして前方の木の陰から姿を現したのは茶色の滑っている長い毛に覆われた牛くらいの大きさの獣だった。
威嚇するように大きな角を振り長い毛の間から金色の目がこちらを睨んでいる。
豚のような鼻からブシューブシューと息を荒くしている。
見た目近寄りたくない姿とそれ以上に…。

「く、臭いっ!!」

鼻が曲がるような臭いが一面を覆う。
思わず鼻をつまんでしまった。

「あれは野生のキドロ」

ニケルがマントで鼻を押さえながら呟く。
ん?
キドロってどっかで聞いた気がするんだけど。
どこだったかな。
思い出す前にヴィーナがフルフルと震えている事に気づいた。

「ヴィーナ?」
「だ、駄目…。私この臭い耐えられないー!!」

叫ぶと同時にヴィーナの姿が消えズゥゥゥンっと音がしたと思ったら獣が地に伏せ倒れていた。
いつの間にか俺の後ろにヴィーナがいる。

「早く行きましょ!」

凄い剣幕に圧倒されコクンっと頷く事しかできなかった。
何が何だか分からない俺の腕を掴んで先に歩いて行く。
振り返るとニケルがあの獣に近づき剣を突き立て抉っている。
そして内蔵の中に手を突っ込んだ!
ヒッ、ニケル一体何を…。
ずるりと手を抜くと血に濡れたそれに何かが握られている。
ヴィーナにぐいぐい引っ張られている俺はそこまでしか見れなかった。

「ヴィーナ一体何がどうしたの?」

しばらくすると早い歩調が緩やかになったが俺の腕を掴む力は逆に強くなった。
おおお折れるって。

「いててててっ!」
「私はこの世で一番許せないものが3つあるわ!」
「一番なのに3つなの?…いててててっ!ごめんなさいっ」
「その内の一つがキドロよ!」

ギッと視線を向けられて反射的に俺の姿勢がビシっと真っ直ぐになる。

「あの臭いっ!想像しただけでも怒りが…!」

な、何かあったのだろうか。
今はそれを聞くのは危険だと感じた俺は落ち着くまで見守っている事にした。
それにしても横にいるキオが黙って俯いているのが気になる。

「キオどうした、大丈夫か?」
「う〜っ、ひどい臭いでしたぁ」

犬耳もシッポも垂れ下がり涙目になっていた。
もしかしたら嗅覚が俺よりも鋭いのかもしれない。
犬だしなと言うのは怒られそうなので黙っておく。
よしよしと頭を撫で回せばシッポが立ち上がって左右にパタパタと振られた。

「いやだっ、ニケル何持ってるのっ」

ヴィーナが俺たちに追いついたニケルを振り返り非難の声を上げた。
ニケルは何事もないように手に持っている物を見せる。
手の上にあるのは直径5センチくらいの金色の玉だった。

「川で洗って来たので綺麗ですよ」
「これ何?」

指で突っついてみる。
予想通り固い。

「これはキドロの精玉です」
「精玉って何?」
「簡単に言えば精気が詰まった玉ですね。魔獣には精玉というものが体内に隠されているんですよ。 これを加工すると回復剤などになるんです。もちろんこのままでも売れますが」

へー。
ゲームでいうアイテムだな!
感心して見ている俺とは違いヴィーナは遠巻きにしている。

「ヴィーナ、臭わないから大丈夫だよ」
「臭わなくてもあれから出てきたと思うとダメだわ…」

ニケルはクスクス笑いながら袋の中にその玉をしまった。

「キドロが臭うのは威嚇するときに出すガスのせいなのですよ。改良されている魔畜用のキドロは そのガスを出しません」
「あーーーーー!」

思い出した!
俺、昨日宿で食べたよっ。
あれを食べたのか。
あれを…。
口を開けて固まってしまった。
キオが心配そうに見上げて来た。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

な、何とかね…。




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