結局何度も言ったがキオの俺に対する呼び方はご主人様になってしまった。
まあレヴァ様よりはマシだがな。

「ではご主人様、契約を」
「契約?…っておおお!!?」

犬の形をしていたキオが白く光って人型になった。
白銀の髪で空色の瞳はそのままの10才くらいの少年の姿だ。
裾が長めのシャツを着てハーフパンツを穿いている。
だけど犬の耳とシッポは付いたままだ。

「僕まだ完全に人型になれないんです…」
「まあ、それはそれで愛嬌があっていいんじゃないの?」

フォローを入れてみると顔を輝かせてベットの上に飛び乗って来た。
そのまま俺に抱きつきシッポが勢いよく振られている。
分かりやすいなーコレ。
ジルに付けたらいいと思うぞ。
アイツ喜怒哀楽が分かりにくいんだもんな。

「ほら聖ちゃん。早く契約しちゃいなさいよ」
「契約ってどうすんの?」

いつの間にか足元まで来たヴィーナに尋ねた。

「従属する者の血を服従させるように吸うのよ。下僕となれってね」

「血を吸うの!?」
「そうよ。例え吸えたとしても自分より強い相手だったら血の力に抵抗されて失敗する事もあるわね。 まあ大体はお互い承諾して契約を交わすけど」
「ご主人様どうぞ」
「どうぞって…うぅぅ」

何かどんどん人間離れしていく様な気がするのはなぜだろうか。
血を吸うのはジルだけでいいっつーの。
しぶしぶキオの白い首筋に歯を立てる。

「キオ今から噛むからな。痛かったら右手上げろよ」
「はいっ分かりました!」
「よしっ」

気合いを入れてツプリと噛んだ。
ふんわりと口の中に広がる甘い味。
キオの血は甘いのか。
えーと、服従させるように吸うだったよな。
服従しろ〜服従しろ〜下僕になれーと念じてみた。
こんなんで契約出来るもんなのか?
そっと口を離して顔を上げキオの様子を見る。
キオは頬を紅潮させ目を潤ませていた。

「キオ大丈夫か!?」
「ご主人様〜。すごいですぅ。僕、僕ー」
「おいっしっかりしろ」

力が抜け後ろへ倒れそうになるキオを慌てて掴む。
そのままベットへ横にさせた。

「何がどうしたんだ?契約って出来たの?」
「ええ。成功よ。その子のその状態が証拠ね」
「えーこれのどこが?」
「下僕にするって事は支配するって事なのよ。ほら、見てみなさいよ。聖ちゃんの支配が 強くて感じすぎちゃってるわ」
「えっ。そうなの?」

キオは顔を赤くさせながら気持ちよさそうに笑っている。
何か酔っぱらっているみたいだな。

「これで生かすも殺すも聖ちゃん次第ね」
「えぇ!?」
「あら支配するってそういう事よ」

とてもあっさり言ってますけどヴィーナさん。
かなりヘビーなんですが…っ。
俺は一瞬、固まりチラリとキオを見た。
しかし当の本人はいつの間にか幸せな顔をして寝てしまっていた。

「聖ちゃんこれからなんだけど」

ヴィーナが俺を見上げてきた。
そうだよ。
これからどうするかだ。

「みんな無事なのかな?そう言えばジルを狙っている奴らいるんでしょ?」
「マスターもレイグも大丈夫よ」
「分かるの?」
「奴ら相手に太刀打ち出来ないほどマスターとレイグは弱くはないし万が一マスターに何か あれば感じるから分かるの」
「感じる…」
「そ。だから大丈夫」
「うん。ニケル、エド達も大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫ですよ」

そっか。
ちょっと安心したかな。
でもこっちの世界って携帯とかないよな。
連絡のつけようがないんじゃないか?

「どうやってみんなと会うの?」
「とりあえずジュッシェマデルまで行こうと思うの」
「ジュッシェマデル?」
「そうここから北東に行くとある街よ。ここよりも栄えていて闇市があるの」
「や、闇市…」

いかにも悪そうな雰囲気だな。

「そこのとある店に行こうと思って」
「そっかー」

俺はこの時は他人事のように聞いていたのだ。
この後に分かる事を知るまでは。












夜になり宿の窓から夜空を見ると月が出ていた。
やはり最初に見た時と同じ様に二つだ。
青白い月と少し離れた所に小さめの橙色の月があった。
俺は窓を開ける。

「エレ」

月に向かって言うものの何の変化もない。
そもそもどっちの月にエレがいるんだろうか。

「エレー」

今度は大きめな声で呼んでみるが応答なし。
念のためどちらの月にも名前を呼ぶが結果は同じだった。
だんだんと不安に襲われてきた。
まさかこっちにいないって事はないよな…。

「何してんの?聖ちゃん」

人型に戻ったヴィーナが隣に立ち俺と同じ様に窓の外を見る。

「エレを呼んでるんだけど全然ダメなんだ」
「うーん、何か条件とかあったりするのかしら」
「分からない…」
「困ったわねぇ」

まったくだ。
これじゃ俺がいた世界に帰れないじゃないかー!
俺の計画ではエレに頼んでさっさとここから帰りジル達に解放されるはずだった。
だから若干この状況を楽観視していたのに。
今俺の上にはズドーンと重い空気の塊が圧し掛かっている。
魂が抜けたような俺をガクガクとヴィーナが揺さぶった。

「聖ちゃん、しっかりー」
「…ハハハ」

こんちくしょー、今夜は不貞寝に決定。




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