駄目だ、駄目だ!
ヴィーナを追いかけようとしたがニケルが俺を引き寄せる。

「聖司様!」
「だって、だって!」

俺は駄々っ子みたいに頭を振る。
そんな俺を見ていたニケルがハッと顔を上げる。
魔物の群れの一部が俺達に向かって襲いかかってきたのだ。

「レヴァの血に気づいたか」

忌々しくニケルが呟くと俺を背に庇い手を前に翳して詠唱を始める。
―レヴァの血?
俺は無意識に頬の傷を触れる。
傷は浅く、すでに血は乾いている。
確か学校の保健室の時も俺の中のレヴァの血を狙って魔物に襲われたではないか。

「ーあっ」

魔物達が次々に高く跳躍して俺達に降り注いで来た。
ニケルは青白く光る手を上に伸ばし光を撃ち放つと襲いかかって来た魔物達を消滅させていった。

「ニケル」

少し離れた所では赤い光が発光して黒い塊を吹き飛ばす。

「ヴィーナ」

きりがない数の多さにこのままではヴィーナもニケルも力が尽きてしまう。
俺はただ見ているだけしか出来ないのか。
あの力が使えたならっ。
その時ニケルが俺の横に倒れ込んできた。

「ニケル!」
「聖司様っ逃げて…っ」

肩で息を切らしているニケルが俺に逃げろと言う。
そんな事出来るはずがないじゃないか。
俺が、俺が何とかしないと!
そう強く思った時、ドクンドクンと自分の鼓動が聞こえ身体の奥底が急激に熱くなってくる。
自分の中で赤い光が見えた気がした。
これは…!
その光を捕まえるようにギュウッと目を瞑って集中する。
お願いだ力を、守れる力を。
だんだんその光は自分の中で大きくなりぐるぐると回り始める。
急速に膨らんだ光は俺の中から溢れ出た。

「聖司様…」
「ニケルは下がってて」

一歩踏み出すと魔物達は恐れているかのように一歩ガサリと下がった。
それでもレヴァの血に惹かれるのか俺の周りを囲い始める。
そして一匹が俺に攻撃を仕掛けたのを切っ掛けに次々と四方八方から襲いかかって来た。
一匹一匹を相手してたらキリがない。
そうだあれがいい。
俺は頭の中で思い描く。
ジルが俺に攻撃してきた時に使っていた力を。
紅く光る無数の光。
それは鋭い刃となり。
敵を貫く!

「――聖司様っ!!」

時が止まった様な静寂の後、全ての魔物があっけなく地に伏しザラリと灰になった。
俺はヴィーナの姿を探した。
しかしどこにも姿がない。

「ニケルっ、ヴィーナがいない!」

まさか…。

嫌な想像をしてしまった時、灰が盛っている中からミョコッと赤いしっぽ出てきた。
慌ててそこに行き灰をかきわけてヴィーナを救出した。

「ひどいわ〜」
「ヴィーナ大丈夫!?」
「全然大丈夫じゃないわよー。見てよ〜美しい毛並みが台無しよー」

艶やかだった赤い毛は灰で薄汚く汚れてしまっていた。
俺は安堵のせいでハハハと乾いた笑いを漏らし不安を拭うかの様にヴィーナをきつく抱き締めた。

「ちょっと、聖ちゃん。苦しいってば」
「うん」
「…聖ちゃん」
「うん」
「泣き虫聖ちゃん」
「…っ、泣いてないっ」

ざらつく舌でヴィーナが俺の頬をペロッと舐めた。
ヴィーナを抱き上げニケルの方へ歩き出そうと立ち上がった時、急激なめまいに襲われて 身体が傾きそのまま地面に倒れ込んでしまった。
あれ?おかしいな。
力が入らな…い。
ヴィーナとニケルが俺の名を呼ぶ。
大丈夫だよと返事をしたかったけど暗闇が俺を包み込んだ。









紅茶の良い香りが漂う。
そう言えばずっとご飯食べてないや。
急にお腹が空いてきた。

「お腹…減ったぁ…」

そう言いながら目を開けるとお腹の上に赤い猫がピョンと乗った。
何か前にも見た光景だな。
身体を動かそうとしたがだるくて動かなかった。
手を動かすのも億劫だ。

「聖ちゃん!」
「…ヴィーナ」
「あー良かったわー」
「俺、倒れたんだっけ?」
「そうよー。驚いちゃったじゃないの」
「ごめん」

耳をピコピコさせながら心配そうな目で俺を見てくる。
首を動かして辺りを見渡すとベットがいくつかあるシンプルな部屋の中だった。
窓から風が入りカーテンを揺らしていた。
その傍に小さいテーブルとイスがありそこに座っていたニケルがホッとしたような笑みを浮かべて 傍に寄って来た。

「聖司様気分はどうですか?」
「何か身体がだるくて重い」
「きっとレヴァの力を使ったせいでしょうね。何か飲まれますか」
「うん、それと何か食べたい。お腹がさっきから鳴りっぱなし」
「分かりました。何か持ってきますね」

ニケルはクスリと笑って部屋の外へ出て行った。
俺はモゾモゾと這い上がって上半身だけ起こし枕を重ねて寄りかかった。

「なあヴィーナ。ここどこ?」
「ここはヌルガルの宿屋よ」
「ヌルガル?」
「ヌルガルはナーナイ大草原の北東にある町なのです」
「ーえ?」

左側からまだ幼さの残る子供独特の声が聞こえてきて俺は目を見開いてバッとそっちを見る。
ベットサイドにいたのは白い犬だった。
確かあの魔物に追われていたのと同じ犬だ。
綺麗な空色の瞳と目が合う。

「あの、はじめまして。僕キオと言います」
「犬がしゃべったー!」

思わず足の上にいるヴィーナをガシッと掴んでガクガクと揺さぶる。

「ちょ…と、聖、ちゃ、ん!」
「あ、ごめん」
「私がしゃべってんだからその子が話したって驚く事じゃないでしょ」
「言われてみれば…。所で何で犬がここにいるの?」

俺がボサボサにしてしまったヴィーナに聞くと毛づくろいしながら顛末を話してくれた。




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