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俺にあてがわられた、とてつもなく広い部屋は日当たりの良い最上階だった。
言うまでもなく貴族部屋だが部屋の壁とか家具の色が心なしかピンク系で、クッションとかベットカバーとかその他諸々にレースとか付いちゃってたりしてどう見てもここに俺がいるのは違和感が ある。
セバスさんに何かの間違いでは…と言ったのだがニッコリ笑いながらここですとはっきり言われてしまった。
今の俺は居候の身なので部屋を用意してくれただけでも感謝って事にしておこう。
まだ屋敷の中を把握していないのでどの位置にこの部屋があるかははっきりとは分からないから 後で探検してみようと企んでいる。
身体を包み込まれるような上質のソファーに座ってレースの付いた花柄のクッションを抱えて だらけているとノックの音がして片手にトレイを乗せたヴィーナが現れた。

「お茶にしましょ」

テーブルの上にヴィーナ特製の紅茶とお菓子がセッティングされた。
二人でのんびりとティータイムだ。
キオはセバスさんに呼ばれていないし、レイグはきっとジルの所だな。
そのジルはどこにまた行ったやら。

「あら、マスターの事気になるの?」
「ーっぐ、ごほっげほっ!な、何言ってんだっ」

思わず鼻から紅茶が出る所だったではないか!
咳き込む俺をヴィーナがふーんといった顔で見てくる。
俺は顔をフイッと逸らした。
気になるとしたら…それは。
大きい窓からそよ風がカーテンを揺らして入ってくる。
ふわりと揺れるカーテンの向こう側、青い空に浮かぶ二つの月。
俺のいた世界に帰るのには彼女の力が必要となるだろう。

「…エレを見つけて帰らないと」

外を見ながら自然と口に出た小さな声をヴィーナは聞き取っていた。
そしてヴィーナの顔が厳しくなっていた事を俺は気付かなかった。

「聖ちゃん」
「ん?」
「私はね、マスターが何かに執着する事を見た事がないの。自分の命ですらどうでもいいように 扱う時もあったわ」

何か同じ事をセバスさんにも言われた気がするな。

「聖ちゃんが少しずつマスターを良い方に変えてくれているって私は思うのよ。大切な者がいれば それを護ろうとするわよね。ならまず自分の命を護らないといけないでしょ?」
「大切な者って俺とか言わないよな…。おいっヴィーナ溜息吐くなよ!どうしたらそう見えるんだよ!」
「聖ちゃんは乙女心が分かってないわ〜!」
「乙女ってキャラかよアイツ」

俺はお菓子をやけくそに頬張って悲観に暮れたように演技をしているヴィーナをチラ見する。
だいたいあいつが何を考えているのか分からないのだからしょうがないじゃないか。
本人に聞けば一番手っ取り早いんだろうけど前回聞いた事だってうやむやのままなのだ。
またお菓子を掴んで口の中に入れようとした時、トントンと控え目なノックの音がした。
返事をするとキオが部屋に入って来る。

「ご主人様〜」
「お、キオお帰りー。お菓子食べるか?」
「いいのですか」
「いいよ」

キオは嬉しそうにシッポをパタパタ振っている。
う〜ん、前にも思ったけど…。

「なぁヴィーナ」
「なぁに?」
「ジルにもシッポがくっついてれば喜怒哀楽が分かりやすくて良いと思わないか?」
「……っ、あはははははー!!」
「ヴィーナ?」

ヴィーナがソファーに転げるように爆笑し始めた。

「マ、マスターにシッポっ…ぶふっ!」

ツボにはまったらしく笑い続けている。
そんなにおかしい事言ったのか?
またノックの音がすると今度はセバスさんが入って来た。
笑い転げているヴィーナを珍しいものを見たかのようにセバスさんが感心した声を出す。

「ほお、ヴィーナ殿がこんなに笑っているとは」
「ん?ヴィーナって普段あんまり笑わないの?」

俺としてはいつも笑っているイメージしかないんだけどな。

「ホッホッホ。ヴィーナ殿はナイレイト族ですからな」
「ナイレイトって猫になるやつだよね」
「聖ちゃん!猫じゃないって言ってるでしょ!」

凄い剣幕でヴィーナが怒ってきた。
俺はそれに押されて一歩下がる。
そうだ、猫って言うと嫌がるんだったっけ。

「ナ、ナイレイトって笑わないの?」
「ナイレイト族は影の一族ですからな、それ故にあまり感情を出さないのですよ」

影の一族か…。
なんだかまだまだナイレイト族ついては分からない事がたくさんありそうだ。

「でもヴィーナって普通に笑ってるよね」
「聖ちゃんがいちいち私の笑いのツボをつっつくからいけないのよ。こんなとこ仲間に見られたら 叱られちゃうわ」

やん、とヴィーナは身をくねらせた。
やれやれ、と俺はお菓子を一掴みして頬張る。
そんな様子をセバスさんはほほ笑ましい目で俺達を見つめて……。

「あーっ!!」

俺はセバスさんに向かって叫び、ヴィーナ達はどうしたのという風に俺を見た。
そうだ。
ジルが小さい頃からいるセバスさんに聞けば分かるかもしれない。
ジルの俺に対する行動が。

「セバスさん、セバスさん!」
「はい。何でしょうか」
「ちょっと質問なんだけどさ」

ずっと思っていたジルの疑問を少し愚痴を交えながらセバスさんにぶつけるとホッホッホと 笑い出した。

「つまり、聖司様はジハイル様がいつ好意を持たれたか、その切っ掛けが知りたいのですね」
「好意なのか?あれは…」
「しかし話しを聞きますとやはりあれが切っ掛けだと思うのですが」
「え!?分かったの?」

身を乗り出して聞く俺にヴィーナが呆れた声を出す。

「聖ちゃんってばホント鈍いわね〜」
「鈍いってなんだよっ」
「ご主人様ーっ、僕も分かりました」
「ええっ!キオも分かったの?」

キオは元気よく腕を上に真っ直ぐ伸ばしている。

「僕の予想ですけど、きっと一咬み惚れですね!」
「…は?」

一咬み惚れ…?
何だそりゃ。
首を傾げる俺に3人共キョトンとしてそれぞれ知らないの?とか知らないのですか?とか聞いてくる。
知るわけないだろ!
俺は人間界育ちなんだよ!
ヴィーナが頬に手を当てながら俺を見る。

「あら、人間界には一咬み惚れってないの?相手を噛んだり噛まれた時にキュンってしちゃうアレ」
「人間相手噛まないからっ!」

それよりも今何って言った?
噛んだり噛まれた時にキュン?

ジルが…キュン?

「いやいやいやいや、ないだろ!」

俺は冷汗を流しながらソファーから勢いよく立ち上がって叫んだ。
キオは耳をピクピクと動かしながら腕を組んで探偵が推理するようにうーんと唸った。

「でも僕は見てないですけど話の内容からするとご主人様が人間界でセルファード公を噛まれた時に ご主人様の事好きになったと思います」
「す、好きって…ホントかよ。だってアイツそんな事一言も言わないし、俺にへ、変な事するし」

あんな事とか、そんな事とか人に言えないような恥ずかしい事無理矢理してくんだぞ。
嫌がらせとしか思えないだろ。
ヴィーナがうっふっふっふと笑いながら手で口元を押さえている。
何だか嫌な予感。

「聖ちゃん、変な事って何されるの?」
「えっ!?いや、その…」

人前で言えるかよっ!

「別に痛いことじゃないんでしょ?むしろ気持ち良い事だったり?」
「ヴィーナ!」
「ふふふっ。だから前から言ってるようにマスター本人に聞いてみるのが一番良いわよ。 結局こうして話している事だって推測でしかないもの」

うーん、まあ、確かにそうなんだけど。




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