12




とりあえず寝室にあるバスルームを使わせてもらう事にした。
どこもかしこも綺麗に洗って…もちろんあそこも洗ったさ。
何で、何であそこに指を突っ込まなきゃいけないんだよ。
ううう〜と若干へこみながらバスローブを着て寝室に繋がるドアを開けると明るい自然光が 目に入ってきて思わず眩しさに目を細めた。

「着替えますか?」
「あ、はい。すみません」

初老の紳士がカーテンを開けている所だった。
ベットメイキングされている上に着替えの服がある。
それを手に取ろうとする前にその人に取られてしまい俺の方に服を構えて待っている。
もしかしてこれは。

「あの」
「何でしょうか」
「一人で着替えられますから」
「いいえ、これは私の仕事ですからお気になさらず」

着替えさせるのが仕事ってこの紳士は何者なんだろうか。
俺が首を傾けている内に着々と服を着させていく謎の紳士。
どうにか下着だけは自分で穿いたけど。
薄い水色のストライプのシャツに動きやすい濃紺のズボンだ。
手触りがかなりいい。

「お似合いですよ」
「ありがとうございます。あの…」

ぐううう〜。

「ホッホッホ。朝食の準備は出来ておりますのでこちらへどうぞ」
「…はい」

ジルの事とか紳士が誰なのか聞こうと思った矢先にこれだよ。
ちょっと恥ずかしくて俺は俯き加減で後に付いて行った。
寝室の隣の部屋には開放的な程の広さの部屋がありダイニングテーブルもある。
てっきりジルがいるものだと思っていたのだがどうも俺だけ朝食を取るようだ。
グレードの高いホテルと同じくらいの朝食メニューがずらっと目の前に並んでいる。
ただし見たことのない食材もあるが。
俺の隣では紳士が紅茶を入れてくれている。

「どうぞお召し上がり下さい」
「あの…」
「色々と質問がおありなご様子ですがそれは朝食の後にごゆっくりご説明いたします」

二コリと目じりの下がった笑顔で言われたら分かったと頷くしかない。
とりあえず腹ごしらえをしますか。
思ったより腹が減っていた様で用意されていた朝食を全て平らげた。

「ごちそう様でした。おいしかったです」

そう伝えると笑って頷かれる。

「料理長が喜びます」

わー料理長!
もしかしてここってホテルか何かか?

「ここってどこですか?」

おや、と紳士は若干目を大きくさせた。
あれ?俺ってば何か変な事聞いちゃったか?

「ジハイル様から何も聞いてはないのですか?」
「え、全然何も…」
「そうですか。ここはジハイル様の生家であるセルファード家の屋敷でございます」

ここ、ジルの家!?

「私はこの屋敷に仕えております執事のセバス・チャンと申します」
「…セバスチャン?」
「いいえ、奥様。セバス・チャンでございます」

おしいっ!
何かおしいよ!
そんでもって奥様はヤメテ!

「えっと俺は高野聖司です。俺の事は奥様じゃなくて名前で呼んで下さい…」

ペコッと頭を下げる。
しかしセバスさんはいけませんと窘める。

「私のような目下の者に頭を下げるなど…」
「えっ?目下?」
「そうです、聖司様はレヴァの一族なのですから」
「えっと、俺は人間界出身の生粋の人間なので…」

どうにかレヴァの一族を否定しようとしたのだが。

「貴方はこの屋敷の御当主のジハイル様の伴侶であるのですからレヴァの一族に間違いはありません」

耳を覆いたくなることをセバスさんは然も重要な事の様に俺に言ってくる。
ってか当主って…。
溜息を吐いてるとセバスさんが聞いてきた。

「どうされましたか?」
「いや何ていうか、俺と同い年くらいなのに当主って凄いなと思って」
「…失礼ながら聖司様のお歳は?」
「俺は17ですけど」

一拍開けてセバスさんがホッホッホと笑い出した。
俺はキョトンとしてそれを眺める。

「申し訳ございません、失礼を…」
「いや別に」
「聖司様は人間界のご出身のようですから誤解をなさるのも無理もないのでしょう」
「……?」
「魔界の者は力ある者程、ある年齢を境に成長がゆっくりと進行致します。つまり今のジハイル様 の外見は人間界の年齢とは異なるもの」
「じゃあいくつなんですか?」
「はい、ジハイル様は今年で357歳になられます」

はーーーーー!?
357歳!?
ありえないんですけどっ。
目と口を大きく開けて驚く俺にセバスさんは温かい目を向ける。

「ジハイル様が貴方の様な良き伴侶を得られて私は嬉しく思います」
「え!?」

セバスさんは涙ぐんでいる。
これは誤解を解いておかないと。

「え、いやその伴侶っていっても成り行きでなっちゃった訳で…逆に俺の事は嫌ってますから」
「いいえ、ジハイル様を見て分かりました。あの方は聖司様を愛しておられますよ」
「愛ーーーーっ!?」

バカな…。
過去を振り返ってもそんな事言われたことないぞ。
言われても困るけど…。

「えっと、そう言えばジルはどこに?」
「……ジル?」
「え、あーとジハイルの事です」

セバスさんは大きく頷き、ああっと感嘆の声を上げ俺のすぐ傍で跪いた。
胸に手を当て黒い瞳が俺を真摯に見つめる。

「聖司様、私は何と感謝の言葉を申し上げれば良いのでしょうか。ジハイル様達が数日前に消息不明と 知った時私はとても生きた心地がしませんでした。無事を信じ必ずやここに戻ってくると願った 日々、一昨日僅かに主の気配を感じ希望が見え、今朝私の目の前にジハイル様の姿がお見えになられた 時は言葉も出ませんでした」

すごく真剣に言ってくるもんだから俺はただ頷くしかできないのだがセバスさんは何が言いたいのだろう?

「安堵と嬉しさの中、私はふとジハイル様の変化に気がついたのでございます」
「変化…ですか?」
「はい。幼少の頃よりなかった感情というものがある事に」

確かにジルは無表情だが…不機嫌になったり意地悪な笑みをしたりしてたから感情がないって 事はなかった気がするんだけど。
そうセバスさんに伝えると目もとを真っ白なハンカチで拭いながら頷く。

「やはり聖司様がジハイル様に感情をお与えになられたのですね」
「そんな事ないと思うけど」
「いいえ、ジハイル様はレヴァの一族の中でも歴代のセルファード家の当主の中でも素晴らしい 力のお持ちの方ですがどこか冷めた所がおありで時には自分の事ですらどうでも良いというご様子。 私はそれをとても危惧しておりました」

ほうっとセバスさんは息を吐いた。
そして俺を見て慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべる。

「ジハイル様は他人を自分に近づける事をしません。それ故に伴侶を得られる事など考えもしませんでした。しかし聖司様をお連れになってこうして戻ってこられた」

なんだかすごく感謝されているんだけど、かなり複雑だ。
眉間に皺を寄せて困った顔をしているとセバスさんはそんな俺をジッと見た。

「聖司様、ジハイル様がジルと呼ぶことを許したのは大きな意味があるのです」
「…え?何ですか?」
「それは私の口からでは言えません」

つまりジルから聞けってことか?
っていうかそのジルはどこに行ったよ。




main next