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勝敗は一瞬でついた。


パルチェが全力で攻撃をしてきたそれをジルは無数の赤い光によって貫く。
俺がジルに攻撃されたのと同じヤツだった。
パルチェは血を流しながら壁に磔にされている。
悪いヤツだと分かっていてもパルチェは女の人だ。
母親から女性には親切に!優しく!と言われてきたので女の人が苦しんでいる姿は見たくなかった。

「ジル…。殺しちゃだめだ」
「あれはお前を傷つけた」
「でもっ!」
「あれはウルドバントンの手駒だぞ」
「…でも…」

その時、パルチェが叫んだ。

「貴様ら全員殺してくれるわ!!」

パルチェの顔に血管が浮き出て身体は内側から波打つように異様に変形しすでに人型ではなくなった。
まさに魔物の姿。
無気味な醜悪さがそこにあった。
裂かれた口からは長い舌が揺れ唾液がボタボタと垂れている。

「ギ…我が君こ…そ…ギギッ…レヴァの…ギッ…王なりィ!!」

バキバキと不自然に顔が傾き口が大きく開く。
その恐ろしさに俺は固まってしまった。
紅い瞳がギラギラと光り俺達を視線で捕えると奇声を上げて襲いかかってきた。

「ヒッ!!」

俺はジルに再びしがみついてしまったがジルは その場に立っているだけだった。
だが俺達の元へ辿り着く前にパルチェの身体が半分に切断され倒れる。
ジルとパルチェの力の差だった。
ひくひくと痙攣しているパルチェにジルが言い放つ。

「選べ」

殺されるか、それとも自分で絶つか。
パルチェは唸ると最期の力で己の命を絶った。






何も言えなくて黙ってジルを見つめる。
ジルは俺の頬に手を当てて撫でるが俺はくすぐったくて逃げる。
ふと俺はある事に気づき手を伸ばしてペタペタとジルの身体や顔を触った。

「幻じゃない…?」

ジルに何を言っているお前はみたいな顔をされてしまった。
え、だって…。

「どうやってここに?というか何でここに…?」

俺の頭の上にはいくつもの疑問符がピョコピョコと跳ねている。
そんな俺をジルは見下ろし…不機嫌そうな顔をした。

「お前が呼んだのだろう」

誰を?と言いかけ俺はハッとして口を大きく開けた。
た、確かに呼んだな…しかも何回か。
何かすっごく恥ずかしくなってジルから顔を背けた。
なぜ呼んだのかと聞かれたらそれに答えられる回答を持っていないしそもそもジルが来てくれる なんて思わなかったし。
だけど…。

「あ、ありがとうな」

来てくれて。
小声だけど一応、礼は言っておく。
ジルが来なかったら…想像するだけでも恐ろしい。
フルッと体が震えた。
ぐっと一瞬俺を抱き締めている腕が強くなった。
ジルとの視線が合い俺はジルの紅い瞳に見入ってしまう。
自然と唇が合わさった。
角度を変えて音を立てながら何回も離れては触れる。
俺の中に入って行くジルの精気が心地良かった。
体力も傷の痛みも癒えていく。

「…はぁっ…」

満たされてふわふわといい気持になる。
とろんとした俺の目にニケルとヴィーナに抱えられたキオの姿が。
ニケルは負傷しているが深刻そうな怪我はなさそうだ。
しかしキオはヴィーナの腕の中でぐったりしていて動かない。
一気に頭が覚醒しジルを突き飛ばすようにして俺はキオの傍に駆け寄った。

「キオ大丈夫か!?」
「…ご、主人…さま」

意識はあるが怪我が酷い。
そのせいで空色の瞳は濁っている。
俺がそっとキオの手を握ると弱々しくも握り返してきた。

「聖ちゃん、少し血を分けてあげて」
「血…?わ、分かった!」

って言ってもどうやって。
さっきのジルみたいに手を切るのか?
自分で切るのは抵抗があるのでヴィーナに手を差し出した。

「ヴィーナ切ってくれ」

しかしヴィーナは複雑な顔をしてちらっとジルの方へ視線を向ける。
ジルがどうかしたのか?

「ニケルでもいいから切って」

ヴィーナがダメならニケルに頼んだがニケルは困った顔をして同じようにジルに視線を向ける。
……?
二人ともジルに何かあるのか?
じゃあ、と俺はジルの傍に行く。

「ジル、切って。…あっ!程々にな!」

ざっくり切られたら泣きそうだ。
ギュッと目を瞑って待つが何にも起こらない。
チラッとジルを見ると明らかに不機嫌が滲み出ている。
目が、目が怖いんですけど。

「…あれは何だ」

低音で紡がれる声は静かに地下水路に響く。

「あれじゃないよ、キオっていうんだ。えっと、ヴァルタなんだって」

ジルは恐ろしいほど無表情だ。

「ほ、ほらっ、ヴァルタってレヴァに仕えるだろ?キオが俺に仕えたいなんて おかしな事言ってさ、必死だったから…」

何でか語尾が徐々に小さくなっていく。
悪い事してないのになぜジルの威圧感に包まれちゃってんだろうか。
ジルが視線は俺に向けたまま口を開く。

「ヴィーナ」
「あー…、聖ちゃんを守る者が一人でも多くいた方がいいと私が判断しました。 ヴァルタなら裏切る事はまずありませんし」

あーもー!
ジルが何にこだわっているのかは分からないが俺は早くキオに血をあげたいのだ。
しょうがない、俺は腰に装備してある短剣を抜いて刃を手の甲に押しつける。
ちょっとビビって手が震えるけど気合いを入れて、いち、にの、さんっ!
で切ろうとしたら俺の手首をジルが掴んだ。
バカー!
お前、こういうのは勢いが大事なんだぞ!
なぜ止めるんだよ。

「許可なく傷を付ける事は許さん」
「…はぁ?許可ってなんだよ」

離せと手を振り払おうとしたら運が良いのか悪いのか手の甲が刃に当たってしまった。
ザクッ。
………。

「ーっいてぇ〜!!!」

この刃切れ味抜群なんだけどっ!
血がボタボタと滴り落ちる。
痛さに耐えながら、あああー血がもったいないと思っているとジルが俺の手を持ち傷に口を近づけるが俺は それを阻止する。

「この血はキオにあげるんだ。ジルはダメ!」

…ぐっ。
何だよ、随分反抗的な目だな。
殺気も出す事ないだろ。
何でかこの時のジルが拗ねた子供みたく見えてしまったんだ。
それが弟と重なっちゃったりして。
だからうっかりポロッと。

「ジルには後でたくさんあげるからがまんしろっ!」

しまったとは思ったがまぁどうにかなるだろうとこの時の俺は安易に考えていた。
俺はヴィーナに抱えられているキオの口元に手を近づける。
キオは鼻をひくつかせると血をペロっと舐め傷口に口を付け啜る。
しばらくして俺の傷も綺麗に消えていた。
キオの治癒力が働いた様だ。
そしてキオの虚ろだった瞳は輝きが戻り透明感がある空色の目が俺を見た。

「ご主人様…」

声は元気がなく犬耳はペショっと垂れている。
まだ血が足りないのか?

「役に立てなくて申し訳ありません」

どうやら俺を護れなかった事に対して落ち込んでいるみたいだ。
俺は優しくキオの頭を撫でる。

「キオの防御がなかったら今こうして無事にいられなかったよ。キオのおかげで俺は護られたぞ。ありがとうな」
「ご、ご主人様…っ」

キオは顔を紅潮させて俺にしがみ付いた。
あははーかわいいなぁ。
もう一人弟が出来たみたいだ。
俺もギュウっと抱きしめる。

「うげっ!?」

急に後ろに引っ張られ気付くとジルの腕の中にいた。
キオはヴィーナとニケルの傍で尻もちを付いている。

「行くぞ」
「へ…?え??どこに?」

ジルは指から血を数滴を地面に垂らすと何か呟いた。
周囲が紅く光る。
徐々に光が強くなっていきそして俺達は地下水路から消えた。




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