『何たること』
「ごめんなさい」
『それでもお前はベルローズ家の血を引く者なのか!』
「ごめんなさい」
『兄たちは立派にヴァルタの役目を果たしているというのに』
「ご、ごめ…」
『出て行くがよい!』
「待って、それだけはっ」
『二度と戻ってくるな!』
「待ってー」

















嫌な夢を見た。
簡潔に言うと俺が魔族に捕まえられて餌扱いの如くひどい仕打ちをされるという酷い夢だった。
しかし夢は夢。
目が覚めれば現実とは関係のないこと。
さあ、起きよう。
日常が始まる。

「うーん」

伸びとついでに欠伸をしながら目を開けると草むらの中でした。
…ほえ?
上半身を起こしてポッカーンと口を開けながら左右を見た。
一面に広がる大草原です。
ついでに上を見る。
青い空に白い雲そして太陽。
どうやら快晴です。
太陽の少し離れた所に月が2個あるのは見なかった事にしよう。
……。
お、落ち着け〜、落ち着け〜自分っ。
ま、まさか。
まさかのまさか。

「まさかなぁーはははっはは…は」

ガクリと項垂れた。

もしかして俺来ちゃった?
ジル達の世界に来ちゃった?
来ちゃったのかぁー!?

「エレー!!」

空に向って叫んだが応答なし。
くっ、夜じゃないとダメなのか?
というかみんなはどこに行った。
一通りみんなの名前を呼んでみるが無駄に終わる。
はあ、何でこんな目に遭うんだ…。
俺が何をしたって言うんだー!

「くっそー!絶対ジルのせいだ!」

一面草原の中を取り合えずカンを頼りにずんずん歩き出す。
それから長いこと歩いたが何も見つからず。
最初の軽い足取りも今は鉛のように重くなっている。
もしかして草原で野たれ死ぬなんて事はないよな。
不吉な予感に青褪め心拍数が上昇した時遠くに複数の黒いものが見えた。
かなりのスピードでこちら側に向かってきている。

「何だ?」

良く見ると複数の黒いものの先頭に一つ白いものがいる。
徐々に姿が見えてきた。
どうやら白いものは犬の様だ。

「追われているのか?」

黒いものは俺に知っている生き物のどれにも当てはまらなかった。
だがあれ似たようなものは知っている。
そう保健室でみた異形のモノ。

「魔物」

白い犬を追っているのは犬と同じくらいの大きさの黒い胴体からムカデみたいに細長い脚がうじゃうじゃ 生えている魔物だ。
それが群れを成している。

「キ、キモッ」

ゾワワーと鳥肌が立った。
腕を擦りながらふと気付く。
…あれ?
このままだと俺巻き込まれるんじゃない?
ヤバいーっ!
しかし隠れようにも大草原の中隠れる場所がない。
とりあえず逃げようとしたその時、追われている白い犬と目が合った気がした。
その直後、白い犬が魔物の一匹に捕まり空中に投げられ草原の中へ消えていく。
そこへ魔物の大群が群がった。

「えっ、ヤバいんじゃないの…痛っ!」

意識が白い犬に集中していた時、頬に鋭い痛みが感じた。
思わず手で押さえる。
ヌルッとした感触が。
手を見ると赤い血が付いていた。
何が起きたんだ?

「聖司様!伏せてっ」

切羽詰まった声が耳の入り反射的にしゃがみ込む。
同時に俺の頭の上ぎりぎりを後ろからヒュンッという音と共に何かが通り過ぎた。
恐る恐る振り返ると…。
ぎゃーーーーーーー!!!
さっきの魔物が一匹、二匹……五匹だ。
うわわわ、近くでみるとさらにキモイ。
鳥肌が止まらない。
固まって動けないでいるといつの間にか四方を囲まれていた。
魔物が俺に攻撃を仕掛けようと動いた瞬間、青白い光が魔物をなぎ倒し消滅させた。
訳も分からず立ち上がって辺りを確認すると、あれはっ!

「ニケル!」
「聖司様っご無事でしたか」
「会えて良かった!みんなは?」
「どうやら皆、散り散りになった様です」

相変わらずのナイスバディで露出の高い服を着ているニケルだが所々破け汚れている。
そして大きい胸のあたりに何か抱き抱えている。
良く見ると赤い猫がぐったりとしていた。
ん?
赤い猫?

「まさか、ヴィーナ!?」
「は〜い、聖ちゃん…無事ぃ?」
「俺は平気だけどヴィーナこそ大丈夫なの?」
「なんとかねー」

ヴィーナは弱々しくふさふさした長いしっぽを振る。
ニケルは白い犬がいたあたりを警戒していた。
見ると魔物が集合してもぞもぞ蠢いている。
ヒッ!
あの犬食べられてないよ…な。

「聖司様、ここを離れましょう」
「あ、待って白い犬があの群れている中にいるかもしれないんだ」
「白い犬ですか?残念ですが助ける事は出来ません」
「え?」
「人間界からこちらへ戻ってくるときに力を奪われてしまい私たちの身を守るだけの 力も足りないのです。先程私が襲われそうになった所をヴィーナに助けてもらったのですがそのせいで 力を使いきり今はこのような姿に。私も少しだけ力が回復していますが長くは戦えません。あのような 魔物など普段なら相手にもならない小物なのにとても口惜しいです」

ニケルは悔しそうに顔を歪めた。
俺は唇を噛みしめる。
ここで無理に助けてくれとも言えない。
これ以上言えばヴィーナとニケルの命を危険に晒す事になってしまう。
自分で何とかできれば、自分に力があれば。
俺自身を守る力さえ持っていない今の現状がとても歯痒かった。

「さあ、行きましょう」
「う、うん…」
「聖ちゃん、今はこの草原を抜けてマスター達を探す事だけを考えてなさい」
「ヴィーナ」

ヴィーナのしっぽが俺の腕をぽすぽすと叩いた。
拳をギュっと握り締めてこの場を立ち去ろうとしたとき白い犬を襲っていた魔物がこちらへ 方向を変えた。
ヴィーナは舌打ちするとニケルの腕から飛び降りて俺の前に着地する。

「ニケル、聖ちゃんを頼むわ」
「ヴィーナ、ここは私が」
「あんたの方が余力があるでしょ。この先何があるか分からないんだから」
「…分かりました」
「待って。ヴィーナは?どうする気?」

ヴィーナは俺を見上げた後しっぽをくるりと揺らし魔物を見据えた。
ニケルは俺の腕を掴む。

「聖司様、走りますよ」
「えっ、だって、ヴィーナを残して行けないよ!」

草原が大きく揺れた。
魔物たちが一斉に俺達のいる方向へ向かって襲いかかる。
数えられないほどの大群が黒い塊となって草をなぎ倒していく。

「さあ、行きなさいっ!」

ヴィーナが叫び群れの中へと走り出した。




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