ジルの部屋から脱出した俺は応接室の前に来た。
ドアを開けて中に入ると昨日いなかったメンバーが揃っていた。

「お、セイジじゃん」
「あ、エドおはよう」

エド一行がソファーに座っている。
ニケルは俺をソファーに促して紅茶を入れ始めてくれた。
何故かユーディは俺の横にちゃっかり座った。
ウェルナンはそんなユーディを見て楽しそうに笑う。

「ユーディ、そんなに仔ウサギ君とくっついているとセルファード公に殺されますよ」

おいおい、笑って言うセリフじゃねえよ。
しかも昨日実際に起きかけたからな。
っていうか仔ウサギ君って…。

「今いないから平気だもんねー」

こいつも懲りないな。
ひっついてくるユーディを引き剥がしてニケルが入れてくれた紅茶を啜った。

「エド達は何か情報手に入ったの?」
「いいや、全然」

エドは肩を竦め組んでいた足を解き前かがみになる。

「それよりも昨夜何者かが入ったらしいな」
「ジルもそんな事言ってたけど俺は知らないよ。みんなは?」

周りを見るとそれぞれ首を振っている。
エドの顔が険しくなった。

「ジハイルが言ってるんなら確実だ。しかもレヴァ同等かそれ以上に力を持つ者だな」
「え?何で?」
「結界を張ったレイグが気付かなかったんだ。ヤツの実力は中位のレヴァも匹敵するからな」
「エドは気付かなかったの?」
「レイグから聞いたのさ。俺は朝帰りだからな。朝帰りって言ってもお前らみたいに ふしだらな事はしてないからな」

ニヤリとエドが笑った。
俺だってしてねえよ!
……うん、あれは食事の一環だ。
パパパッとジルとの出来事を打ち消した。

「でもさレイグは気付かなかったって…」
「レイグは昨夜一緒にいたジハイルに言われて分かったらしいぞ。お前に接触したってな」

またその話かー。
とりあえず俺はジルにも言った夢の事を伝えた。
エドは腕を組み背もたれに寄りかかる。

「かわいい女の子ねー。かわいいねー」

かわいいを強調して言わないでほしいな。
それまで黙って聞いていたニケルが口を開いた。

「聖司様、その女の子の名前は?」

聖司…様!?
俺に様を付けなくていいって言ったんだけどやんわり断られてしまった。
エドにも諦めろと言われ再度女の子の名前を聞かれる。
名前は確か…。

「エレ」

そう、少し寂しそうだった不思議な女の子。
ユーディの大きい瞳が俺を見た。

「エレってレヴァの影と同じ名前だねー」
「レヴァの影って?」
「子供向けの本にある話しだよ。みんな知ってると思うけど」

魔族版、童話みたいなもんか?

「どんな話しなんだ?」
「いたずら好きの子供がいっぱい悪い事するんだけど、うっかりレヴァにいたずらしちゃって 怒ったレヴァが自分の影にその子供を食べさせちゃうの。その影の名前がエレって言うんだよ」

それって子供向けの話なのか!?
寝るときに読まれたら泣き出す子供続出だぞ!

「まぁ、いたずらするなら相手を見てやれっていう教訓な話しなんだけどね」

え。
いたずらをしてはいけませんっていう話しじゃないの?

「あれ?聖くん、口を開けて固まってるよ。むふふ〜、ボクにキスしてほしいんだね」
「アホか!おいっ顔を近づけんな!」

俺たちがぎゃあぎゃあ騒いでいるのを無視してエドとウェルナンとニケルが話しを続けている。
ちょっと、助けてくれてもよくないか?

「レヴァの影のエレとセイジの話しに出てきたエレは関係なさそうだな」
「そうでしょうかね。私には繋がっているように思えますが」
「どういうことだ、ウェルナン」
「レヴァの影について書かれていた古い文献があったのですがレヴァの始祖は己の影を7つに裂いてそれぞれ名を付けたと。確かその中にエレという名がありましたね。7つの影は何か役割があるらしいですが…」
「役割?なんだそれは」
「さあ、それは分かりません」
「お前なぁー大事なところ分からなくてどうすんだよ」

エドの言葉にウェルナンは爽やかを通り越して冷気漂う笑みを浮かべた。

「マスターが貴重な文献を粗末に扱っていたせいでその部分が劣化して読めなくなっていたんですけれど」
「うっ…」
「えー!じゃあマスターのせいで大事なところが分からないのぉー?」

俺にソファーから落とされたユーディがローテーブルに身を乗り出して口を尖らせた。
ニケルがほほ笑みながらフォローする。

「ユーディ、マスターの杜撰さは昔から身について離れないものです。いわば個性なのです。 責めてはいけませんよ」

ニケルそれフォローになってないよ。
エドがガーンとした表情でショックを受けている。

「フフ、子供向けのレヴァの影というのはその文献を子供用に作った話しらしいですよ。食べられた子供は どうなったか」
「食べられた子供は自分のいたところから遠く離れたところに飛ばされちゃったんだよね」

ウェルナンの話しの後をユーディが続けた。

「そうです。これって似てはいませんか?月影の門とレヴァの影。空間が裂けて飲み込まれ遠く離れた 人間界に飛ばされた私たち。何よりエレという名」
「ウェルナン、では聖司様がエレに言われた一つだけ願いを言えと言われたのは?」

ニケルの質問にウェルナンは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。

「残念ながら今持っている情報や知識では分かりません。もう一度会えればいいのですが」

ちらりとウェルナンが俺を見る。
もう一度会うって夢なのにな。
でも。

「もし夢じゃなかったら多分会えるかも…」

俺の言葉にみんな反応した。

「どういうことだ?セイジ」
「うーん、月の出る夜にエレの名前を呼べって言われた」
「おまっ、それを早く言えよ!なら話しは早いじゃねえか!」
「でもエド、夢…」
「仮に夢だとしても今晩分かるだろ」
「そうですね、聖司様今は夜まで待ちましょう」

ニケルの癒しのほほ笑みに俺はコクンと頷いた。

「ぐえっ!」

突然、蛙が潰れたような声を上げたのは俺。
誰かが後ろから襟首を掴んで俺を引き上げたのだ。
誰だ!
こんな事するヤツは!
振り返ると…うん、お前しかいないよな。

「何すんだっ、離せよ、ジル!」

この変態危険馬鹿男はどこにそんな力があるのか俺を片手でぶら下げたまま無表情で俺を見ている。
な、何ですか?
こいつの思考が読めん。
あのー、苦しいので離して欲しいんですけど。

「さーて、話しもまとまった事だし俺は夜までブラブラしてくるとすっか」

エドの一言で皆が揃いも揃ってゾロゾロと応接室から出て行こうとする。
ユーディが俺を見たが何か我慢するようにエドの後をくっついて行った。
げっ!

「ちょっと、皆!待ってよ!」

俺を置いていくなー!
ドアが閉まる寸前にエドがニヤリとしながら口だけ動かした。

“ほどほどにな”

何がだ!!




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