「おはよう聖司」
「おはよー!聖兄」
「あ、うん、おはよう」

いつもと変りのない朝のはずで…。

「今、勇貴の後ろを…」
「な、何だよ!?」
「こら聖司。勇貴で遊ぶの止めなよ」
「聖司!ウソついたな」
「広哉すぐにばらすなよ。あっいてててて!勇貴ごめんってば」

いつもと同じ日を過ごしていくはずで…。














「ぬあー!!!」
「ちょっと聖ちゃんうるさいわよ」

月影の門を探し始めてから6日目。
ついでに俺が拉致られてから7日目。
未だ俺はこの屋敷からというかこいつら魔族から解放されていない。

「なぜ見つからないんだー!」
「早々見つかったら私たちだって苦労しないわよ」

応接間のソファーでジタバタしている俺の目の前にヴィーナ特製、精神安らぐハーブティが置かれた。
あの日から色々と調べているがあいにく人間界側なので資料も何もなく地道に探すしかなかった。

「なあ、ヴィーナぁ俺家に帰りたいんだけど」
「そんな目で訴えてもダーメ」

ヴィーナは長い綺麗な指で俺の頬を突っついた。
そんな目ってどんな目だよ。
このまま帰らなかったら行方不明扱いになるじゃん。
溜息を吐いた俺に予想もしなかった事をヴィーナは言ってのけた。

「家族や学校の事なら大丈夫よ。ちょちょいと弄って聖ちゃんの事忘れてもらっているから」
「へ?弄って?」

一体何をですか!?
ヴィーナはニッコリと笑って自分の頭を指した。

「だ、大丈夫なの!?それ!」
「大丈夫、大丈夫。信じなさいな」

思わずヴィーナの胸元の服を引っ張って詰め寄った。
そんな俺の背中をあやすように撫でる。
何かヴィーナが言う言葉は信じられるっていうか、何だろうかこの感覚は。
兄ちゃんみたいな感じか?

「たっだいまー!!」

外に出ていたユーディが帰ってきた。

「お帰り。他のみんなは?」
「まだ調査中〜。あ、ボクもハーブティ飲みたい!」

俺の横に座ったユーディは全然手がかりが付かない事をお菓子を摘まみながら話した。

「も〜、全然見つかんなくて嫌になっちゃうよー」
「視点を変えて考えたほうがいいのかなーってちょっと離れろよ」

いつの間にか密着していたユーディを押し返す。
不満な顔をしたユーディが頬を膨らませた。

「今セルファード公がいないからいいじゃない」
「なんであいつの名前が出てくるんだよ」
「ヴィーナは良くてボクはダメなの!?」
「はぁ?」
「さっき抱き合ってたでしょ!」
「あ、あれは違っ!」

ぎゃーぎゃー言い合っているうちにユーディの身体が俺の上に乗り上げてきた。
俺よりも小柄なくせしてどこにこんな力があるんだコイツは!

「キスぐらい良いじゃない」
「顔を近づけるなー!」

長いまつ毛に大きいクリっとした目を潤ませながらふっくらとしたピンク色の唇が俺に迫ってくる。
男なら憧れるだろうこのシチュエーションも相手が女の子だったらの話だ。

「男とキスする趣味はないー!」
「ちょっとーキスなんて誰とでもするもんでしょ」
「な、キスはな好きな人とするもんなんだよ!軽々しく誰とでもすんじゃねぇ!」

むにーっとユーディの頬を引っ張った。
ユーディは大きくした目を数回瞬かせた後、目を伏せた。
両頬がうっすら赤くなっている。
引っ張り過ぎたか?

「…聖くんって古臭い」

ほっとけ!

「はい、そこまでー」

ヴィーナがユーディの首根っこを掴んでベリッと引き離してくれた。
右手にハーブティを乗せたトレイを持ち左手にユーディをぶら下げているヴィーナがちょっと困った顔で 立っている。
どうしたんだ?
のろのろと起き上った俺の目に無表情の、いやいつもこいつは無表情なんだが、いつの間にかジルが 近くにいた。
あれ?何か機嫌が良くない感じがするのは気のせいか?

「お、お帰りー…。どうだった…よっ!?」

ジルは俺をまたお姫様抱っこしやがった!
おろせーとジタバタ暴れるが無駄な抵抗に終わる。
ふとジルがユーディの方を見た。
一瞬にしてゾワリと嫌な感覚が身体を駆け巡る。

「ジル!!」

とっさに叫んだ。
ジルはゆっくり俺の方を見る。

「ジル、駄目だ」

緊張しながらジルの深紅の瞳と視線を合わせる。
ジルは少し目を細めた後、俺を連れて転移した。








「なぜ」

ジル専用に使っている部屋に連れていかれた俺にきっと質問されたんだろう一言をジルが口にした。
なぜ止めたのかと言いたいのか。

「当り前だ。止めなきゃユーディを傷つけるつもりだったんだろ?」
「…いや」

あれ?違うのか?

「殺るつもりだった」

あっぶねー!!
冷汗がどっと出てきた。

「何でそんな事すんだよ。もうちょっと命の大切さだとかさー」
「面白い」

え!?
いやいやいや、無表情でそう言われても!

「お前は魔族に道徳を問うのか」
「うっ」

確かに。
負けるな俺、がんばれ俺!

「魔族だって関係ねえよ。良い魔族がいたっていいじゃん!ヴィーナとかレイグは恐えーけど、ニケルとか、 ウェルナンは…何か裏がありそうだなーあの人。ユーディは言えば分かってくれそうだし、エドは 最初とんでもない奴だったけど今は普通の兄ちゃんだしーって何か感想になってんな、コレ」

うーんと唸っていると俺の首筋にジルの指が触れた。
ううっ…これは吸血するというサインだ。
そうなのだ、まだ完全に力が戻っていないらしくあれから俺の血を提供して…させられている。
やはりレヴァの血というヤツは特別回復力が強いらしい。
まあ俺もジルの血を吸った時に体感済みだけど。
悲しい事に半分魔族になったらしいがあまり実感がないと言うか、これをみんなに言ったらあんな力使って おいて何を言うんだと呆れられた。
確かにこの手からペカーっと光が出たんだよな。
でもあの後、誰もいないところでこっそり光を出そうと思ったがいくら頑張っても出なかったんだよ。

「何を考えている」

顔を上げるとジルと目が合った。

「いや、別に」
「言えないのか」

ありゃ?不機嫌になった?

「…くだらないから言いたくないんだよ」
「言え」

この魔族、話し聞かねーな!
何か知らんが最初俺をシカトしてたのに今じゃ気づくと隣にいるんですが。
しかも、あまり大きい声で言えないが一緒に寝てるんだ。
俺がどこに寝ていようが朝起きるとジルの部屋のベットにいるのだ。
し、しかも俺を抱きかかえて寝てやがるし。
エド一行には好奇な目で見られ、レイグには恐ろしい目で睨まれ、俺の繊細な神経は磨り減る一方だ。
どうにもこうなった経緯がまったく分らずヴィーナに聞いてみたら意味深な笑みを浮かべながらマスターに 聞いてみたら?と言われた。
うん、せっかくのチャンスだ聞いてみるか。




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