音をたててソファーから立ち上がりレイグを睨みつける。

「てめぇっ黙ってりゃ言いたいこと言いやがって!」

レイグは鼻で軽く嘲笑した。

「言葉遣いも野蛮だな。さすが低能の種族は違う」

コイツ…っ。
怒りの所為か身体が熱くなってきた。
心拍数も上がっている。
自分の中に渦を巻くように何かが生まれ出てくるような感覚がする。
なぜかこの時俺はレイグに対して物怖じしていなかった。
真っ直ぐレイグを睨む。
ヤツは冷たい碧色の瞳を俺に向け、その直後に何かに気付いたのか目を見開いた。

「小僧…」
「言っておくけどな、てめぇのマスターとやらの所為でこうなってんだろ。俺は何もしちゃぁいねぇんだよ!」

あの変態危険男が勝手に俺に噛みついて勝手にキスしてきたんじゃないか。
俺はそれに抵抗しただけだ。
それなのに何で俺が悪く言われなきゃいけないっ。

「ふざけんな!」

叫んだ途端、バチンッと大きな音と共に周囲が発光し同時に 物が壊れるような破壊した音が聞こえた。

「え?」

俺は何が起きたのか分らない。
レイグの後ろにあった扉は廊下に粉々に吹っ飛んでいた。
レイグは手を前に翳していてその周りに薄い膜の光が輝いている。
その光に包まれる様にして立っていた。

唖然としている俺に怒気を含んだ眼でレイグが睨んできた。

「え、これ俺がやったのか…?」
「小僧、許さん」

唸るような声で言った後レイグの手が赤く光り出しぐるぐると渦を巻き始めた。
やばいっ!やばいってー!!
逃げようにも出口はレイグの後ろだ。
もう駄目だと思った時、屋敷全体が激しい轟音と共に大きく揺れた。

「うわっ何だ!?」

レイグも何が起きたのか分らない様子で周りの見渡して確認をしている。
しかしハッと気づいた後、勢いよくこの部屋から出て行った。
その直後、再び爆発したような大きな音が聞こえた。

「一体どうしたんだ?」

とりあえず状況を確認しようと窓の所へ行きカーテンを開ける。
外は真っ暗で良く分からなかったが遠くに町明かりが見えた。

「うーん、良く分からないな」

俺はおそるおそる廊下に出てみた。
靴を履いてないので俺が吹き飛ばしたと思われる扉の破片を踏まないように避けながら移動する。
とりあえずカンを頼りに長い廊下を突き進んでいき角を曲がろうとした所で何かにぶつかった。

「わっ」

何か…は、人だった。

「お前、見たことない顔だなヤツらの仲間か」

否、魔族だ。
緑色の髪といい紅い瞳といい、雰囲気が人間離れしている。
どうやらヴィーナ達の仲間でもなさそうだ。
じりっと後ろに下がった俺にニヤリと笑いながら顔を近付けた。
何だこいつはっ!
容貌は整っているが軽そうな感じだ。
ホスト系にいそうだな。

「ん〜?お前から同じ匂いがするんだが目は黒だな。魔力で変えている訳じゃなさそうだ」

匂いって何だよ!
後ろに逃げる俺と近づいてくるホスト系兄ちゃん。
こっちに来んなよ。
こいつはニヤニヤしながら俺を見てたがチラリと俺の後方へ目線を向けた。

「マスター、ここにおられましたか」

突然俺の後ろから声が。
ビックリしたー。

「ニケルか。ウェルナンとユーディは?」

振り返ると…美女が!
しかもナイスバディ。
着ている服が…あれだ、うん。
青少年には刺激が強いのですよ。
お姉さん全体的にもっと隠して下さい。

「ウェルナンはセルファード公の居場所を詮索中、ユーディはセルファード公の配下と交戦中です」

セルファード公?
セルファード…って変態危険男の事じゃなかったか?

「そうか。ニケルはユーディの援護に行け」
「承知しました」

ナイスバディ美女が礼を取り何か呟いた後、腕を軽く振るうとその場から消えた。
ポカーンとそれを見ていた俺だが視線を感じてハッとホスト系兄ちゃんを見る。
またあのニヤリとした笑みを浮かべた。

「さて、お前はヤツの何なのかねぇ」

ヒッ。

「な、何なのでしょうかね。と言うか俺何も関係ないので」

失礼しますっ、と立ち去ろうとしたら腕を掴まれそのまま引き寄せられ首に手が這う。
触っているのはあいつの噛み跡だ。
ホスト系兄ちゃんは目を細めた。

「へえー何にも関係ないねぇ」

うっ、あまり詮索するな。
と言うか離せ。
掴んでいる腕を振り払おうとしたら首にヌルッとした感触が。
ぎゃーーーーーーー!
俺の首を舐めやがった。

「うーん、うまそうな匂い」

今度はチュウウウウッと吸いついてきた。
んぎゃーーーーーー!
鳥肌がゾワワワーッと立った。

「離せーーー!吸いつくなーー!」

手でコイツの胸を押すがこいつの方が背が高いし体型が良いのでビクともせず。
首にチクリとした痛みが。
ま、まさか。

「どんな味かな?」

ホスト系兄ちゃんは俺の首に歯を立てた。

「ヒッーーーーやめっ」

ザッと血の気が一気に引いた。
冗談じゃない。
あの苦痛が蘇ってきて身体が震える。
もう半泣き状態だ。
歯が皮膚を突き破ろうとした―その時。

半分ぼやける視界にこっちに跳躍しながら走って来る小さい赤いモノが映った。

あれは。

あれはー。

名前を呼ぼうとした次の瞬間。

俺は人型になったヴィーナに抱えられていた。
衝撃でポロリと涙がこぼれる。

「ヴィ、ヴィーナ!おっ、おっせぇよぉ〜!!」
「ごめんなさいねー。ほら泣かないの。男の子でしょー」
「泣いてねぇ!」

はいはいと軽口をたたいていたがヴィーナの目線はホスト系兄ちゃんから離れない。
俺はギクッと身体を強張らせた。
なぜならホスト系兄ちゃんの顔から一切表情が消え冷たい眼でこっちを見ていたからだ。
思わずヴィーナの服を掴んでしまう。

「ジハイルの犬…否、猫か?」

クッと馬鹿にした様な笑みを浮かべた。

「俺はな自分のモノを横取りされるのがしゃくに障るんだよ」

フンッとヴィーナが鼻で嘲笑した。

「お言葉ですがアートレイズ公この子は貴方のモノではありませんよ」
「どうせジハイルのモノだとでも言うんだろ?あいつのモノは俺のモノになるんだからいいんだよ」

ニヤリとホスト系兄ちゃんは嗤う。

「アイツは俺に殺られるんだからな」

離れちゃ駄目よとヴィーナが俺を抱えたまま耳打ちする。
離れませんとも!
ギュウッとヴィーナにしがみついた。

ヴィーナが後方へ跳ぶ。
俺達がいた場所がポッカリと大きく穴が開いて黒く焦げていた。
続けてヴィーナが素早い動きで方々に跳びながら移動する。
移動した場所が次々と粉々に破壊されていく。

「ヴィーナっ」

俺は名を呼んでもう俺達の後ろが行き止まりで逃げ道がない事を知らせる。
ホスト系兄ちゃんは軽い足取りでゆっくりこっちに歩いて来た。

「うーん、そろそろ終わりか〜?つまんねーな、期待外れだぜ」

ヴィーナは壁の所まで後退すると窓にかかっているカーテンを後ろ手であいつに気づかれないように 少しめくった。
あっ。
カーテンの中からから見えたもの。
壁に垂直に突き立てている短剣。
それに短剣に紙切れが刺さっていた。
これって…。

「俺も暇じゃないんでね」

アイツの手が青白く光りこっちに向けて振り翳した。
煌々と輝く光球が一面を光で埋め尽くしながら俺たちに襲いかかる。
ヴィーナが呟いた。
紙切れが溶け出し光り輝く。
双方の眩い光に包まれて俺たちがどうなったのか分からなかった。




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