身体がだるい。
何でこんなに力が入らないのだろう。
微睡んだ中で徐々に意識が明瞭になってくる。
重い瞼をゆっくり開けた。

自分がベットに寝ているのが分かる。
……フッ。
そのベットが俺の部屋のベットでなければ保健室のベットでもない事が非常ぉーっに残念だ。
貴族ベット。
その一言に尽きる。
ダブルベットくらいの大きさに天蓋付き。
まだあいつらの住処にいる事が分かって腹の底から溜息が出た。
いくつも重ねてあるふかふかの枕達が沈む俺を受け止める。

くそっあんの変態危険男め!
二度も噛みつかれた所をそっと触ってみる。
うむ、血は出ていないようだ。
出来る事なら殴ってやりたいが一刻も早くここから逃げなければ。
部屋を見渡してみる。
ざっと12畳くらいの部屋か?
ベットの他には装飾の奇麗な小さいテーブルがあるだけだ。
貴族部屋にしてはシンプルな部屋に感じる。

ゆっくり立つと少し眩暈がしたが歩けない事はない。
そろそろと歩いて扉の取っ手に手を掛けゆっくり回した。
そのまま少しずつ扉を開けて顔を慎重に出す。

「あれ?」

廊下じゃない。
また部屋に出た。
さっきの部屋よりも広くて豪華な家具や装飾品が奇麗に配置されている。

「あらっ、目が覚めたのね〜」
「え!?」

ソファーに座っているヴィーナと目が合い手招きされた。
ああ……早くも逃亡失敗。
仕方なくヴィーナの真向いにあるソファーに腰を下ろす。
もしかしてこの部屋も一緒で一つの部屋なのか。
さっきの部屋は寝室かよっ。
ドアつけるんじゃねー、紛らわしいんだよー。

「寝てなくて平気?」
「こんな所で寝てられるか」

ブスッとした俺にヴィーナが苦笑しながら紅茶を淹れてくれた。
高そうなティーカップから紅茶の良い匂いが漂ってくる。
その匂いに活性化された胃が腹減ったと訴えてくる。

「なあ、今何時?」

砂糖をジャリジャリ溶かしながら窓を見てみるがカーテンが閉まっているので外の様子は分からず。

「11時過ぎよ」
「あー昼前か」
「違うわよ。夜の11時」
「え、夜?」
「そう」

な、なんですとーーーー!!
どんだけ寝てたんだ、俺!

「や、やべっ学校っていうか家っ。連絡っ」

連絡もなしに怒られる!
鬼のような母親の顔が脳裏に横切る。
だぁー携帯学校じゃん!

「俺帰る!」

しかしヴィーナは立ち上がった俺の手を掴んで座るように促す。

「何だよ」
「あんたは暫らく帰れないから」
「はぁ?何言ってんだ。俺は帰る」

こんな所に用はねえっ。

「もう変態危険男に関わりたくないね」

ヴィーナは目をパチクリさせた。

「変態危険男?」
「そうだよっ。あの…」

ふと俺は気付いた。
あいつの名前知らない事に。

「今更なんだけどさ、あんたがマスターって言ってるヤツって名前なんて言うの?」
「あら、知らなかったの?」
「聞いてないよ」
「ジハイル・デュセ・アガート・ルゥガ・セルファード様よ」

長っ!

「マスターはレヴァの一族の中でも上位の御方なのよ」

ふーん、アイツって偉かったのか。

「で結局、アイツは俺をどうしたいの?伴侶とか言われて急にこんな所に連れてかれて  あんな事されて俺としては二度と会いたくないし関わりたくもない。家に帰らせろ」

怒り気味に言うとヴィーナは大きな手で俺の頭をくしゃっと撫でた。

「今帰らせる事は出来ないの」
「何故」
「マスターの体調がまだ戻ってないから。でもあんたのおかげでだいぶ良くなると思うわ」

待て。
俺がここにいる理由って…。

「俺ってアイツの餌な分け?これが目的で連れて来たのか?」
「それは否定しないわ…でもまさか一度で多量に取るとは思わなくて」
「俺がフラフラなのってアイツがたくさん精気を取ったから?」
「そうよ」

何て事だ。
餌扱いだなんて。
もしかして他の魔物から守るって言ってたのは餌確保の為って事か。
流されるままにここに来てしまったが最悪の事態じゃないか!
何としてでも逃げなければ精気を全部取られて殺される!
思ってた事が顔に出てたらしい。

「大丈夫よ。ちょーっとだけ精気を分けて貰えれば良いんだから」

ねっ、と聞きわけのない子供を諭すように優しく言われた。
確実に女の子なら見とれてしまうだろう美形顔で微笑んでいる為、騙されそうになるが俺はそうは いかないぜ。
何が“ちょーっと”だ!
さっき多量って言ってたぞ。
恨みがましい目でジッと見た。

「それにしてもさすがはレヴァの血ね。普通あれだけ精気を取られたら生死さまよ…」

ハッとした様子でヴィーナは目を横に泳がせ自分の口元を手で覆った。

「やーっぱり危険だ!殺される―!俺には普通の生活があるんだ!家に帰せー!」
「落ち着きなさいよ、あんたにはレヴァの一族なんだから今帰ったって普通の生活なんて無理よ」

ほえ?
何て言いました?
ポカーンと間抜け面している俺にヴィーナは眉を顰める。

「何回も言ってると思うんだけどあんたはレヴァの一族なの。人間じゃないの」

ホワーット!
人間じゃないって今初めて聞いたんですけどー!?

「正確には半人間、半魔族かしらね。レヴァの血を人間に与えた事なんて聞いたこともないから  どんな作用があるか分からないのよねー」

実に明るく言ってくれてますが俺は目の前真っ暗だよっ。
そっと自分の頭を両手で撫でてみる。

「何してるの?」
「い…いや、角とか生えてないかと」

ヴィーナは目を見開いた後、盛大に噴出した。

「あははははー!あんたっ…、つ、角って…はははははー!」

何が可笑しいのか分からないが腹を抱えながら爆笑している。
このっ、俺は真剣に心配してるのに。

「はははは、いやぁねー怒らないでよ、聖ちゃん」

聖ちゃんー!?
俺が文句を言おうとして口を開けかけた時、数回のノックの後この部屋にレイグが入って来た。

げっ、会いたくないヤツが来た。

「ヴィーナ」

レイグに呼ばれてヴィーナはヤツの傍まで行き何やら耳打ちされた後、部屋を出て行った。
あ、あれ?ちょっと待て、俺レイグと二人きりなんですけど。
気まずー。
ヤツは扉の所に立っていて丁度俺が座っているソファーと向かい合っている。
目線を合わさないように俯いていると、チッと舌打ちが聞こえた。

「何故こんな下等な人間が。見目が良ければまだ下等なりともましなものを」

な?

「このような容姿も中身も凡庸な人間、マスターの品格に関わる」

なー!

「否、凡庸以下か」

なー!!
俺の中でブチンッという音が聞こえた。


高野家家訓、第3項[売られたケンカは買うべし]




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