「勇貴ぃー!」
「ああもう、人の耳元で大声出さないでくれる!?」

ドサリと俺をその場に落とした。

「痛ーっ」

腰を擦りながら立ち上がるとそこは保健室ではなくジメっとした薄暗い場所だった。
マジで瞬間移動しちゃったわけ?
周りを見ると壁がレンガで出来ていて何個か鉄柵に区切られた空間がある。

「ここ何処?」
「向こうに帰れるまでの私たちの住処よ。ここは地下室だけど」

向こうって一体何処なのでショウネ。

「上の部屋にマスターがいるわ」
「げっ会いたくねえよ、イヤだー!」

俺は傍にあった鉄柵にしがみ付く。
傍から見ると歯医者に行きたくないと騒いでる子供と何がなんでも連れて行こうと する母親の図みたくなっていた。

「我が儘言わないでちょうだい」
「こっちは命が懸ってんだー」
「何言ってんのよ。いいから来るの」

俺の必死な抵抗は空しくヴィーナの力には到底及ばず腰に抱えられて連れて行かれる という形で幕を閉じた。
はぁ、男として情けなくないか、これ。

上の階に上り廊下をまっすぐ歩いた所にある扉を開けるとシャンデリア付きの大きい ホールみたいな所に出た。
前を見るとでっかい両開きの扉がありそこが玄関だと分かる。
後ろを見ると広いくてでかい階段が途中から左右に分かれてて上に続いている。
外国の貴族の家にありそうだな〜生で初めて見たぜ。

ヴィーナは俺を抱えたままその階段をズンズン上っていくつもある部屋を横切り一番奥にある 重厚そうな扉の前で止まった。
そして軽くノックする。

「マスター、ヴィーナです」

一拍おいて扉が開かれた。
部屋に踏み入ると…。
げげ!
扉を押さえているのはレイグだった。
レイグは俺の姿を見ると射殺さんばかりに睨んでいる。
こ、恐〜っ。
目を逸らすと今度は年代物の高級そうなソファに座っているあの変態危険男がいた。
しかし目線はこっちには向いていない。

「マスター、只今戻りました」

………。
……………。

ち、沈黙かよ。
お前「御苦労」とか何とか言えよ。

ふとヤツと目線が俺に向く。


ドクンッ。


血がザワリと騒ぎ心臓が跳ね上がった。

じっと俺から目線を逸らさない。
さすがにヤツの目線に耐えられなくなって逸らそうとするがあの深紅の瞳が 俺を捕らえて逸らす事を許してくれない。

「お前は己の足で来る事も出来ないのか」

は?

変態危険男に予想外の事を言われた為、理解するのに少し遅れた。
そういえば緊張のあまりすっかり忘れていたがヴィーナに抱えられていたままだ。
俺ってば抱えられたままコイツと見つめ合っちゃってたのか。
いそいそと足をふかふかの絨毯に着地させる。
あ、保健室から拉致られたから靴下のままだ。
足元を気にしながら再びヤツを見ると。

「こっちへ来い」

冷たい声で言われる。
ここで素直に行く分けがないじゃん。
その場で佇んでいるとヴィーナが俺の背中をトントンと叩く。
それでも動かない、というか動けない。
すると。

「小僧、マスターの仰っている事が聞けないのか」

レイグが怒りも露わに俺の腕を掴んだ。
しかもすんごい力で。
俺、こいつ苦手!
そのままヤツの前へズルズル引っ張って行かれる。
ぎゃあ!俺殺られる!
レベル1な俺にラスボスとどうやって戦えというんだ。

硬直しているとヤツが音もなく立ち上がった。
ヤツの方がでかいので見上げる形になる。
はー、やっぱりすげー美形だ。
パーツ一つずつが芸術的で完璧な位置に配置されている。
肌もキレーだし。
羨ましいという感情を通り越して自然と感嘆してしまう。
同じ年くらいなのになんでこうも圧倒されているんだ。
その上奴の纏っている空気が冷たすぎるのでかなり近寄り難い。
何となく少し顔色が悪いのが気になったのだが平凡レベルな俺は そんなヤツをずっと直視出来る分けもなく視線をうろつかせていると ヤツが俺の首を片手で掴んだ。

し、絞める気か!?

ザッと一気に血の気の引く音が聞こえる。
どどどどうしたらいいんだ。
脳内は大パニックである。
慌てて俺の首を掴んでいる手を引き剥がそうとしたがその前に首から手が離れ顎を持ち上げられた。
気付くとヤツの顔が近づいてきて唇が…合わさった。

「ーんぅ!?」

なー!!
コイツ一度ならず二度までも!
しかもまた舌まで入れてきやがった。
抵抗をする間も与えず逃げる俺の舌を絡め捕る。

「はっ…ん」

やばい。
キス初心者の純心な高校生にはかなりレベルが高すぎる。
舌を引っこめようとするがスルリとなぞられるようにヤツの舌に触れられゾクリと 鳥肌が立った。
くちゅりくちゅりと濡れた音が聞こえる。
身体がすごく熱くなって足に力が入らなくなっていた。
頭もボーッとする。

いつのまにかヤツの腕が回され俺の腰を支えていた。
これがなかったらきっと立っていられてないだろう。
それくらい全身の力が入らなかったのである。

ようやく唇が離れた。
唾液が口の端に垂れる。

「はーはぁはぁはぁっ」

息切れもするってもんだ、こんちくしょう。
睨みつけたかったが視界がグラグラ揺れ頭痛がガンガンする。
キスくらいでこの身体の不調はおかしくないか?

揺れる視界の向こうでヤツが無表情のままで俺を見下ろしている。
首にひやりとした感触が。
ヤツの指が昨日噛まれた傷をなぞる様に触っていた。


―そして

ヤツが冷酷に笑う。

ヴィーナの焦った声が聞こえた気がした。
俺は首の鋭い痛みと共に意識を手放した。




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