え〜、俺、高野聖司って言うんだけど。
あっ私立高校の2年生ね。
容姿も成績も可もなく不可もなくいたって普通だし今までの17年間も
起伏のない普通の人生を送ってきたもんでそのせいかふと思っちゃった んだよね。

ちょっとだけ面白い事起きないかな〜って。

そう、願ったわけじゃないんだよ思っただけで!
それがいけなかったのか今それが起きているのである。
これだけは言っておくがこれは“ちょっと”や“面白い事”ではけしてないのだ!
なぜなら俺は非現実的なモノに命を狙われているのだ。

こんなスリリングな出来事なんて願ってねー!!














下校中、いつもの自販機の所で広哉と勇貴と別れた後、すでに日が
落ちて暗くなった空を見上げたんだ。

「あれ?」

何か違和感。

「赤くね?」

月が異様に血に近い色なのだ。
そしてでかい。

「ん?」

そしてまた違和感。
前方の電柱に寄りかかるようにして俺と同じ年くらいの男が座って
いた。

「お、おい大丈夫…か?」

おそるおそる声を掛けて見たが俯いたままで返事はない。

「生きてるよな」

こいつの服は鋭利な刃物であちこち切られた後があった。
全身黒尽くめの服で気付かなかったが…。

「血がっ」

黒服の到る所に血が染みついていた。

「あ、えっと、救急車っ!」

何やってんだ俺!
早く呼ばなければ!
……あれ?何番だ?
俺のアホー!
パニックになるほど思い出せない。
そ、そうだ聞けばいいんだ。
さっき別れたばかりの広哉のコール音を鳴らす。
早く出ろ〜早く出ろ〜。

『聖司〜?何か…』
「広哉ぁー!!ばばば番号!教えてっ!」
『聖司君、落ち着きたまえ。僕の番号を知らずに今どうやって掛けて
来たんだい?』
「ちげーよ!お前のじゃなくて救急車のだよっ」
『はぁ?119だよ』
「サンキューな!」

いよーしっ今呼んでやるからな。
いざ掛けようとした時男が動いた気がした。

「……っ」

俺は慌てて男の傍にしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?」

男はゆっくりと顔を上げた。
俺は目を瞠ってしまった。
だってこいつすっげー美形なんだぜ!
パーツが完璧って言うの?
しかも黒髪にカラコンでも入れているのか眼が深紅でそれもまたよく
似合ってた。
まだ焦点が定まらずふらついてたんで肩に手を添えてやったら 圧し掛かるように倒れてきた。

「うお?危な…っ」

何とか地面に両手と尻をついた状態で踏ん張ったので倒れる事は
なかった。
こいつ俺よりもデカイな。
俺が173だから180以上はあるんじゃないの?

「っと、いかんいかん救急車呼ばなきゃ……あーっ」

携帯はさっき男が倒れ掛かられた時に放り投げてしまった らしい。
余裕で手の届かない所に虚しく転がっていた。
俺のアホー!
この道は人通り少ないし今も人が通る気配がしない。
やはり携帯を取るしかない。

「さてこの男をどうするかだよな」

ちらっと横目で俺の肩に頭を乗せてる男を見る。
ここで力を抜いたら確実に倒れてしまうだろう。

「よしっ」

男を押し返す形で前に力を入れてみるがビクともしない。
何回かチャレンジするが同じ事だった。
くそっ、徐々に腕が痛くなってきた。
困り果てていると男が身じろぎ顔を上げた。

「気づいたか!?」

これはチャーンスとばかりに右手で男の肩を押す。
すると男は肩を押している俺の手を掴んできた。
そのまま男と目が合った。
あの深紅の瞳と。
奥で揺らめくあれはなんだろう?
吸い込まれるように見ていたから男の次の行動を阻止する事が出来なかった。

「いっ!…あぁぁ…っ」

男は俺の首を噛んだのだ!
ブツッという音のオプション付きで。
俺の身体が無意識に逃げようとして反り返る。
しかし男は逃がさないように首に食いついたまま苦しい程の力で俺を拘束した。

「や、やめ…」

身体の力が抜けていき血が燃えるように熱くなる。
見開いた眼が見たものは血のような赤い月。
聞こえるのは自分の早く刻む鼓動の音。

や、やばい…。
本能が危険信号を送ってくる。
俺は男の拘束の中でがむしゃらに抵抗した。
偶然にも腕が首に食いついていた男の口元に当ったらしい。
顔を上げた男の形の良い唇は血がじわりと滲み出ていた。
赤い舌がそれを一舐めしそのまま男の唇が俺の唇に重なった。

「んーーーっ!」

じわりと血の味が口に広がる。
男の舌が俺の舌を絡め取り吸われる。

「ん…んぅ」

巧みな男の舌の動きに抵抗も出来ず翻弄されるがままだった。
血の混じった溢れ出る唾液を飲み込んでしまった頃ようやく解放された。

上がった息を整えていく内に段々と羞恥心やら怒りやらの感情が戻ってきて 俺は男を睨みつけた…が。
あれ?男の方も俺を睨みつけているじゃないか。
睨んでいるっていうか、さっ殺気っていうの?
お前殺すみたいなさ。

「貴様…」

第一声が何で地の底を這うような低い声で貴様呼ばわりされなきゃ
ならんのだ!
顔が整っているだけに凄味があって怖いんだよ!

「動くな」

男が言うと同時に後方へ移動しようとした俺の足もとに赤いナイフの
刃先みたいのが刺さった。

「うわっ」

なんだこれは!
俺かなりピンチじゃねぇの!?
とりあえず逃げるしかねえよな。
しかし情けない事に眩暈がひどい上、身体が震えててうまく動けそうもない。

ゆらりと男の手が動く。
あぁ…殺られる。

「ぃ…やだ」


ピロピロピ〜ン♪


「「!?」」

この音は少し離れた所に転がっている携帯の着信音!
この音に男が一瞬気を取られた隙に俺は力を振り絞って人通りの多い道に走り出した。

「マスター!」

へぶっ!!
突如、目の前に人が現れ俺はそのままぶつかり道に転がる。
ぶつかった相手は蒼髪のこれまた美形兄さんで俺がぶつかった衝撃などなかったように 目線はあの男に向いている。

「お怪我をっ…!」

俺なんか眼中にないみたいで美形兄さんは男の傍に駆け寄った。
この隙に逃げなければ!
しかし男の状態を確認すると俺に鋭い視線を向けてきた。

「貴様っ」

美形兄さんにも貴様呼ばわりかよ!?
蛇に睨まれた蛙のごとく動けない俺に近寄ると何かに気づいたように眼を見開いた。
どうやら俺の首を見ているらしい。
そうだよ!気づいたか!
俺の方が被害者だってーのっ。
だから言ってやったんだ。

「あの男が噛んだんだよ!俺は何もやってねぇ!!」

俺の言葉に美形兄さんは何故か赤い月を見た。

「まさか、マスター」

男は顔を顰めた後目線で答える。

「そんな…」

さらに美形兄さんの顔が青くなったと思ったら一気に震え上がる程の殺気を俺にぶつけてきた。
その碧色の眼は怒りやら憎しみやらが混じっている。
マ…マジで殺される!
何で俺がこんな事になっているんだ!?
人助けをしようとしただけなのに!

「レイグ、殺すな。だが捕えろ」

男が美形兄さん…レイグにそう命じる。
レイグは悔しそうに顔を歪めた。

「…分かっております」

殺すなとは言ってたけど捕まえられて何されるか分らんっ。
俺は再び大通りへ走り出した。

「痛ぇ!!」

いつの間にか俺の腕を捻り上げるレイグがいる。
また逃亡失敗。

「逃げようと思うな。小僧」

貴様の次は小僧デスカ。
格下げされた気分。

「お、俺をどうする気だよ!離せって!」

精一杯の抵抗をしてみるが悲しい事に全然敵わず。
そんな俺の顔の前にレイグは手を翳し何やら呟く。
今度は何を…し…あれ…?…。

俺の意識は急速に闇に溶け込んでいった。




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