スポーツ科学の専門誌「トレーニング・ジャーナル」1998年7月号に「心拍数を測れ!」という特集が組まれました.バドミントンでの心拍数の活かし方について取材された内容を紹介させていただきたいと思います.詳しい内容をお知りになりたい方は出版元のブックハウスHDにお問い合わせください.

内容は長いので,コーヒーブレークを入れながら読んで下さいね.

バドミントンでの心拍数の活かし方

 トレーニング中の運動強度を見たり,トレーニング効果を確認するための指標の一つとして様々な可能性を持つ心拍数だが,ゲーム中にはいったいどんな変動を見せているのだろうか.今回は,バドミントンのゲーム中の心拍数を測定したデータを紹介する.さらにこのデータを,今までとは別の観点から活用すべく開発された,新しいシステムがあるというのだ...(本文から抜粋:TJ, Vol.7, 1998)

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バドミントン試合時における,シングルス・ゲーム中の心拍変動をパルス・ウォッチを用いて5秒ごとに測定したものです.心拍数はゲームの進行とともに徐々に上昇するのがわかります.ゲーム中の心拍数は上下動がみられるものの,ゲームを通して160拍/分程度の値を維持しています.全試合の心拍数の平均は157.6拍/分で,最高心拍数(194拍/分)のおよそ81.2%を示しました.この試合で記録したA選手の心拍数の最高値は176拍/分でした.さらに,このゲームを時間分析したところ,作業/休息比は1対1.7という結果でした.A選手とB選手は関西学生1部リーグで活躍する選手同士で,男子一流競技者の結果(文献2)と比較すると,休息時間が長くなる傾向が認められます.★この試合の心拍変動は練習中のもので,実際のトーナメントでの心拍数はさらに高くなるものと思われます

質問1: バドミントンのような高強度で、間欠的運動においては、心拍数の変動にどういった特徴が見いだされるだろうか。特に、試合と練習時において。また、熟練者と非熟練者の場合はどうであるか。

 心拍数は試合中高いレベルで維持される(最高心拍数の80%以上)
 短時間の休息では心拍数は大きく低下しない

 バドミントン試合時の心拍数は,一般学生や中高年愛好家の男女を対象にした報告では,平均140160拍/分と報告されています.トップ・プレーヤーになると,試合時の心拍数の平均は175185拍/分となります.バドミントン試合時の心拍数は,環境や選手のコンディションによっても異なりますが,概ねゲームの進行とともに上昇し,ゲーム中は高いレベルで維持されます.

 バドミントン試合時の心拍数は,ラリー中にあたる作業時間とラリーとラリーの間にあたる休息時間,および作業と休息時間の比率(作業/休息比)によって左右されます.つまり,心拍数は作業時間が長くなり,休息時間が短くなれば高い値を示し,その逆の場合は低くなります.従って,バドミント試合時の心拍数については,時間分析を行って作業/休息比を明らかにし,運動強度を検討する必要があります.

 阿部(筑波大学)たち(文献1)が報告した時間分析によると,世界選手権級のシングルス準決勝・決勝では,作業時間が9秒,休息時間が9秒と1試合にわたり作業/休息比は1対1で行われていました.二線級の選手同士の試合では,作業/休息比は1対2(平均6秒対12秒)となることを指摘しています.このことは,熟練者に比べ未熟練者の試合は,運動時間が短くなり,休息時間が長くなることを意味します.つまり,未熟練者の体力レベルでは,熟練者(トップ・プレーヤー)に比べ,ラリーを長く続けることができず,しかもより多くの休息をとらないと次のラリーを戦うために回復できないことを意味します.

 我々の研究グループ(文献2)が日本代表を含む大学男子一流選手のシングルス・ゲームで行ったところ,作業時間が6.5秒,休息時間が8.8秒となり作業/休息比は1対1.4という結果となりました.同様に日本の女子トップ選手(文献3)では,作業時間が5.8秒,休息時間が10.7秒となり作業/休息比は1対1.8という結果となり,世界のトップ選手の体力レベルと比べてかなり差があることがわかりました.

 同時に,男子選手(8名:4試合)および女子選手(8名:4試合)のシングルス・ゲーム中の心拍数を測定したところ,男子の試合では平均値で最高心拍数のおよそ83.2%(81.984.7%)女子では87.2%(77.498.2%)の運動強度に相当しました.この値は,作業期と休息期を含めた1分間あたの心拍数であったことから,ラリー中の値のみを抜き出すとさらに高い値を示していたものと思われます.

 試合時については,上記のような研究を行っておりますが,練習時については運動強度の指標としてしか心拍数を用いておりませんでしたので,データがございません.ただ,試合の分析から,バドミントンのシングルス・ゲームが80%以上の運動強度を必要としていることがわかりましたので,練習時でも心拍数を何度もチェックして全力(最高心拍数)の80%程度の強度に達しているかどうかを確認することは,競技力アップに必要だと思われます.

 また,質問2にお答えしたように,バドミントンのような短時間の作業と休息が繰り返されるような間欠的運動においては,休息直後の心拍数を6秒間測って10倍すれば,容易に試合時や練習時の心拍数(運動強度)を確認することは可能です.時計さえあれば,簡単に運動強度を知ることができるので,現場の指導者や選手が心拍数を測定する意味を十分理解することが,競技力向上への近道だと思います.また,最近はハートレートモニタ(ポーラー社製)などの腕時計型の心拍計が普及してきましたので,より簡単に心拍変動を知ることができます.

 我々の研究は,熟練者を対象に行っておりますので,未熟練者についてはよくわかりませんが,心拍数の上昇は熟練者よりも早く,回復は遅いと思われます.未熟練者のゲームを分析すると,上記のとおり作業時間が短く,休息時間が長くなり,作業/休息比が1対2に近づくことになります.従って,練習時には1対2くらいの強度から始め徐々に1対1に近づけた強度で練習するプログラムを作ることが必要になります.

質問2:「回復過程における心拍数と酸素摂取量が異なる反応を示す」とあるが、
具体的にはどのような反応なのか? (一般には、心拍数と酸素摂取量は比例関係にあると言われるが、そのこととの兼ね合いについては、どのような見解が述べられるのか)

 バドミントン競技におけるシングルス・ゲームは,短時間の間欠的運動であり,競技レベルが高いほど試合全般にわたって心拍数が高いレベルを維持します.バドミントンの運動強度を心拍数と酸素摂取量から検討すると,作業/休息期にもよりますが1020%程度酸素摂取量の方が心拍数より低くなります.これは,回復期における心拍数と酸素摂取量の反応が異なるからです.少し専門的になりますが,これまでの先行研究によると,激しい運動後の回復は,酸素摂取量は心拍数に比べて2〜4倍速いことが報告されております.このことは,運動後に筋収縮が中断されると,心臓への静脈環流量が低下することにより心拍出量が減少して,肺で取り込まれる酸素の量が急激に減少して酸素摂取量の速やかな低下が起こるからです.したがって,心拍数と酸素摂取量を指標としてバドミントン試合時の運動強度を検討した場合,両者に差が生じます.

質問3:「試合時には全力の80%以上の心拍数を維持する能力が必要である」とあるが、具体的なデータがあるか。また、競技力の上下によって、試合時に維持できる心拍数の値に差が出てくるのか? (先生自身はどうお考えですか?)

 少し古いですが,具体的なデータは持っています.データについては,質問1で述べました.文献2文献3を参照してください.


質問4 心拍数をモニターしながら、トレーニングをするということに関してどのような考えをお持ちでしょうか。特にバドミントンという競技を主に考えた場合。(一般的な意味でのトレーニングについて、何かお考えがあれば、それもお応え頂ければうれしいです)

 バドミントンのトレーニング(オンコート・トレーニング(コート内のゲームやノック練習など)やオフコート・トレーニング(いわゆる走や筋力トレーニング))では,何度となく心拍数を計り,運動強度を確認することが重要だと思います.ハートレートモニタのような機器を取り付けなくとも,短時間の回復時間では運動時の心拍数が維持されますから,運動直後の心拍数を6秒間測ることによって簡単に運動強度を知ることができます.指導者のみならず選手は,心拍数を測ることによって自分の体力レベルに応じた運動強度を選択することができ,パフォーマンス向上に役立てるトレーニングを立案することが可能になります.また,練習中に行うシングルス・ゲームを利用して,心拍数測定と時間分析を行い,現在の体力レベルを知ることが重要です.時間分析は,ビデオで試合を記録した後に,2個のストップウォッチを用い,作業時間と休息時間のトータルを作業期と休息期のそれぞれの回数で割れば簡単に算出することができます.時間分析と心拍数の関係を知ることは重要です.(時間分析は,現在のところシングルス・ゲームのみに応用しています)

質問5 (質問4に関連して)バドミントンのトレーニングを考えた場合、心拍数の活用はできるでしょうか。できるとしたら、どんな場面、どんな状況、どんなトレーニングに利用できるでしょうか? (一般のトレーニングについてはいかがでしょうか?)

 心拍数を活用する必要は多いにあると思います.パルスウォッチやテレメータなどの機器がなくとも,時計さえがあれば休息期に運動直後の心拍数を測ることができるはずです.強いていえば,選手は腕時計をして練習中の心拍数を確認しながらトレーニングすることが可能だと思います.どんな場面やどんなトレーニングに利用できるかでなくて,バドミントンのすべてのトレーニング場面に利用できるのではないでしょうか.バドミントンは,コート内を複雑に動き回る上に,ラケットでシャトルをストロークするという腕運動が加わるため非常に運動強度の高いスポーツです.試合全体からみても,高いレベルで心拍数を維持できる体力が必要ですし,日頃からトレーニングにおいて,十分な刺激となりうる運動強度に達しているかを知ることは指導者のみならず選手にも必要だと思います.世界のトップ選手のように,1試合を作業:休息=1:1(9秒対9秒)で行えるような体力を身に付けることは目標になります.しかし,この運動強度で実際にやってみると非常にきついことがわかります.従って,最初は短い運動時間で少し長めの休息をとり,少しずつ強度を上げていくような内容でトレーニングを行うことが重要だと思われます.当然,心拍数をモニターしながら強度の調整をする必要があります.

質問6 バドミントンという競技を、生理学的な観点から説明をするとすれば、どのような説明を加えることができるでしょうか。特に記すべき、特徴といったものには、どんなものが挙げられるでしょうか?

 難しい質問でどう答えていいのかわかりません.全く抽象的な答えですみません.バドミントンは短時間の作業と休息が繰り返される間欠的運動であるため,瞬発的な運動を行える無酸素的作業能力と試合中に高い心拍数のレベルを維持できる有酸素的作業能力の高さが求められます.また,短い休息時間で回復できる能力を持つことも重要です.

具体的なデータとして、バドミントンの試合時の心拍数の変動を提示することは、できますでしょうか? 論文に掲載してあるものでなくても、「バドミントンの試合では、心拍数はこんな変動を見せるのだ」ということが、ビジュアル的に示せるものであればいいのですが・・・。(もし、試合時の選手の動きとリンクして説明できるものであれば、なおさらうれしいのですが・・・。)

 以前,練習中にシングルスゲームを行わせたときの心拍変動のデータがありました.見やすくするために図にしました(上図を参照して下さい).残念ながら,動きとリンクして心拍数をお示しできるデータを持ち合わせておりません.私の先輩でバドミントンの動きとリンクして,心拍変動をみれるシステムを開発された先生がおられます.その先生にお尋ねになられてもいいかと思います.(須田和裕先生:東京工業大学助教授)


参考文献
1)阿部一佳他:バドミントン競技(シングルス)の時間分析法の開発とその検討.昭和59年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告8:327−344,1985.
2)阿部一佳他:男子バドミントン競技の運動強度.筑波大学体育科学系紀要13:73−80,1990.
3)阿部一佳他:女子バドミントン競技の運動強度.筑波大学体育科学系紀要12:107−114,1989.

用語の解説
最高心拍数:あるひとの心臓が拍動できる最高の回数(予測:220−年齢)
ハートレートモニタ:胸にベルトを巻き,腕時計型の受信機で心拍数を測定できる機器
間欠的運動:マラソンのように運動が続く運動ではなく,球技のように休みを入れながら続く運動
酸素摂取量:1分間あたりに酸素をどれだけの量取込むことができるかという指標
静脈環流量:全身から心臓に戻ってくる血液量のこと
テレメータ:心拍数を無線で飛ばす機器.病院などでよく見られる医療機器