四方山話4、食欲の秋。     14,11,11

   食欲の秋と云えば、美味しいものを腹一杯食べて、後で体重が気になる季節の事だが、
  年寄りになると、食いしん坊にはなるがそんなに食べられないので、美味しいものを目で
  楽しみ腹8分目に食べるようになる。私にとって真っ先に思い浮かべる秋の味覚といえば、
  やはり秋刀魚と多彩なキノコと栗・柿をはじめとする豊富な果物、それに少々の日本酒が
  定番だろう。

   先月、気仙沼の水産会社から秋刀魚が送られてきた。水揚げしたその日のうちに送ら
  れてくるので新鮮そのもので、スーパーのとは比べ物にならない。眼が青く澄んでいて肌
  つやがピカピカ光っていてでっぷりと肥えている。早速七輪を庭にだし、備長炭を燃やし
  て塩焼きにして食べたが、先日食べたスーパーの秋刀魚とはまるで美味しさが違った。

   新鮮だからこそ刺身に出来る。包丁を入れると新鮮さがすぐに判る。わさび醤油と酢味
  噌で食べたがこれも絶品だった。酢味噌は友人のブログを見てなるほどと思い造ってみ
  たのだがお酒によく合って美味かった。

   少年時代には幼馴染のMちゃん・Tちゃんと近くの山によくキノコ採りに行ったものだ。
  アミ、ハツタケ、ムラサキシメジ、ホウキモダシ、ナメコ、などが採れ、腰にぶら下げたカゴ
  に戦利品を入れて葉っぱで蓋をして意気揚々と山から引上げたものだ。プロ級になると
  松茸を採る名人もいた。松茸は毎年生える場所が決まっていて、群生だから1本見つけ
  れば近くに必ず数本は見つかる。場所を熟知している名人は、採れる場所を親兄弟にも
  教えないと聞いた。

   松茸は会社生活華やかなときに例年得意先から送られてきて贅沢に食べたものだが、
  当時は子供たちはまだ小さくて、高級な松茸の有難味がわからない。ふんだんに松茸を
  焼いて食べる贅沢よりも椎茸のほうが旨いと云ってがっかりさせられたことが懐かしく思
  い出される。今では松茸などは高根の花だし第一それほど食べたいとも思わない。
   シメジやシイタケやエノキ等の庶民のキノコのほうがよほど食欲が湧く。ナメコとネギ、
  アミとネギの味噌汁は今でも大好物だ。ただアミは関東ではほとんど手に入らない。

   先月の天声人語に栗の話が載っていて栗が食べたくなっていたら、偶然にも千葉の娘
  婿の実家から栗が沢山送られてきた。我が家の庭は秋になると足の踏み場もないほど
  落葉が溜まって庭掃除が大変だが、これ幸いと落葉を集めて火を燃やし、中に栗を入れ
  て焼き栗を造った。”たき火だたき火だ落葉焚き♪” と独り言をいながら・・・。正に火中
  の栗を拾って食べたがほくほくして懐かしい味がした。

   先日黒部峡谷に紅葉見物に行った折、帰りに小布施の栗おこわを買って食べている客
  がいた。そういえば1年前に学生時代の友人K氏の結婚式に新潟を訪問した折、小布施
  で名物の栗おこわを食べた事を思い出した。あの味は自分では再現できないが、沢山残
  っている栗を茹でて、苦労しながら鬼皮と渋皮をむいて栗ご飯を作った。

   私流の栗ご飯は、もち米を3分の1混ぜる事、塩、酒、みりん、出し昆布を調味料に使う
  事ぐらいだからいたって平凡、あとは茶碗に盛ってゴマ塩を振って食べるだけ。素朴が一
  番だ。孫達が旨い旨いと何杯もお代わりしてくれた。

   次に柿だが、今はスーパーの柿を食べているが、そのうちに能登の弟から「ころ柿」が
  送られてくるだろう。これは私の大好物で我が家で私一人でほとんどを食べてしまう。
  それに千葉の娘婿の実家からは自家製の干し柿も送られてくるだろう。これもほとんど
  が私の独り占めになる。干し柿ほど郷愁をそそる果物はない。

   最後は少々のお酒。我が家の玄関廊下の正面に扁額が飾ってある。”白玉の 歯に
  沁みとおる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり” の扁額で、ご存じ若山牧水が明治
  44年に作った、通人の好む今でも色褪せない詩が書かれている。

   糖尿の数値が気になるので最近はもっぱら日本酒は控えているが、うら侘しい秋の夜
  にはやはり焼酎では興が湧かない。日本酒がぴったりだ。飛騨高山の造り酒屋で辛口
  の地酒 「飛騨の甚五郎」 を買い求めたので、一緒に買ってきた高山名物の赤カブを
  ツマミに、ヌル燗でちびちびやってみたが、何とも言えぬ桃源郷の世界に入り込んだ。
  やはり酒は日本酒が一番。

   たまに飲む1合の晩酌だから、そう目くじら立てずに医者も家内も大目に見てよ、と勝
  手に決め込んでいる今日この頃である。秋は深まるにつれて何かと口が淋しくなる季節
  だ。油断すると馬肥ゆる秋になってしまう。用心!用心!