ミミズの戯言53、馬頭牛頭。 14,06,03

   とうの昔に忘れてしまった方言を突然思い出す瞬間がある。
  60年以上も昔、困ったことが続けざまに起きると、「めずごずだな〜。」とぼやいたものだった。
  語源などは知る由もない東北の片田舎の方言で、世間一般には通用しない表現だと思って
  いた。

   勿論何十年も忘れていたが、最近宮部みゆきのさる小説を読んでいたら、突然「馬頭牛頭」
  という文字が眼に飛び込んできた。浅学菲才を恥じるようだが、あるひらめきを感じて辞書で
  調べてみたら、やっぱりこの文字は「めずごず」と読み、私の田舎のボヤキ言葉の「めずごず」
  の事だったので驚いた。

   馬頭も牛頭もれっきとした仏教用語で、馬頭(めず)は馬頭人身、牛頭(ごず)は牛頭人身の
  獄卒をいい、地獄で手に鉄叉を持って罪人を突いたり焼いたりする最下級の冥卒だと知った。

   「めずごずだな〜」という嘆き言葉は、馬頭と牛頭が同時に、又は相前後してやってくる時、
  つまり、「一難去ってまた一難」や「四面楚歌」のような災難の時に使うボヤキ節という事にな
  ろうか。

  「前門の虎、後門の狼」とか 「泣きっ面にハチ」とか 「痛しかゆしのカサ頭」 などは、全国で
  通用する二重苦の表現だが、その時に使うかといえば少し場違いで使わない気がする。
 
   方言の意味や、どんな時に使うかを問われても、なかなか説明が難しい。ニュアンスが標準
  語では説明できないものである。まして死語に等しい方言は殊更難しい。

   いつになっても新しい発見は興奮を呼ぶ。かって藤沢周平の短編の題名に「祝い人」という
  のがあって、これを「ほいと」と読むこと、そして私の田舎では乞食のことをいう差別語の方言
  だと思っていたら、神々に仕える由緒ある古語だと知ったと書いたことがあるが、「馬頭牛頭」
  に出会ってその時と同じ感慨を覚えたものである。 (ミミズの戯言4)

   えてして方言にはこの他にも沢山のいわれのある言葉があって、掘り返されないまま埋もれ
  てしまっているに違いない。一億の民が標準語で統一され、意思疎通は便利になったが、反
  面その陰で無数の特色ある言葉が消えてしまっているに違いない。柳田国男が生きていたら
  どんなに嘆くだろう。各地の民俗学者の奮闘を期待したい。

   それにしても小説家という人種は偉いものだ。宮部みゆきも藤沢周平も
古い地方の方言
  と思しき言葉を掘り起こして自在に操る知識の引き出しを持っているのだから・・・。