官僚たちの夏。 09,02,09
城山三郎の著作の書評を掲載したら、今津先生から掲示板に貴重な感想が送られてきた。小説「官僚たちの夏」
の主人公である風越信吾のモデルは、通産省のドンといわれた佐橋滋だが、官僚らしからぬ言動と出処進退の潔
さ、加えて旧制八高・東大の先輩ということで、先生がかねがね敬服してきた人物とのことである。まだ読んでいな
い読者のために、この著作「官僚たちの夏」を少し詳しく紹介してみよう。
時代は高度成長政策が開始された60年代初め。諸外国からの資本・貿易自由化の要請に対して、未成熟な国
内産業政策をどのように展開すべきか、国家主導の護送船団方式か、積極的な市場開放方式かで、政界、財界、
実業界が揺れにゆれた時代である。この時代背景の中で、通産省という巨大複雑な官僚機構の内側における政
財界との政策対立と、昇進をめぐる官僚人事の暗闘を鋭く描いた城山三郎の力作である。特に1962年(昭和37年)
、官民協調方式を柱とする通産省渾身の法案「特定産業振興臨時措置法」(通称;特振法)が、「スポンサーなき
法案」のために政財界の強い反対にあって、ついに審議未了・廃案となるくだりは息を呑む迫真の筆致である。
作品に登場する人物はほぼ全てが実在の人物で、モデルは錚々たるキャリアばかりである。時の首相、通産大
臣もそれと判る名前で登場するので、思い描きながら読むと又楽しい。池内通産大臣・のち首相(池田勇人)、須
藤通産大臣・のち首相(佐藤栄作)、古畑通産大臣(福田一)、九鬼通産大臣・のち首相(三木武夫)などが続々と
登場する。なかでも、風越次官の歯に衣着せぬ言動で「風越大臣、九鬼次官」と新聞記者連に揶揄されている挿
話などは、現実に「佐橋大臣、三木次官」と揶揄された事実どおりなので、多分三木番だったA新聞社政治部記者
の今津先生はこのあたりの沢山の懐かしい思い出や逸話をお持ちのことだろう。
「ミスター通産省」こと佐橋滋は高度成長期の官僚主導型の典型的トップ官僚として高い評価がある一方、官僚
らしからぬ大胆さでも有名で、特に気に入った部下の面倒見のよさは格別だったらしい。しかし気に入らないもの
は冷遇するなど、その後の通産省の派閥闘争の原因にもなったと低い評価をする向きもある。
この小説を読むと、「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない。」という官僚のしたたか
な固い信念が、物語を通しての一貫した主張だということが判る。国家の経済政策が政財界の思惑や利害ばかり
に左右されているかどうかは別にして、明治新政府が強力な官僚機構を整備して以来、官僚支配が日本の国家
政策の常に中心にあったことは間違いない。政治家が官僚に勝ったためしはほとんどなかった。官僚は政治家を
常に翻弄し、政治家の「声」を利用して「意のままに」意図する政策を実現してきた。政治家もまた政策立案に官僚
を利用し両者の蜜月関係が続いた。そのあたりは、知人の元警察大学校長、現横浜桐蔭大学法学部、金子仁洋
教授の著書「官僚支配」「政官攻防史」などに詳しい。いま官僚の人事権をめぐって人事院の政府に対する抵抗が
凄まじい。権力や縄張りが侵食される時の官僚の防御本能は凄まじいものがある。官僚の生活権を守る砦といわ
れる人事院が、旧来の権益をどこまで守れるか、どこまで抵抗できるか、「官」と「政」の攻防の結末は興味深々た
るものがある。このような視点で読むのもこの本の魅力の1つである。
主な登場人物とモデル。
登場人物・風越信吾。・・・モデル佐橋滋。1935年商工省入省。岸信介、椎名悦三郎から連なる統制派大物商工
官僚。「ミスター通産省」といわれ、強いリーダーシップと明晰な行動、前例にとらわれない大胆さ、親
分肌の後輩の指導、事務次官退官後、政界財界にも残らず潔く引退した事など、従来の官僚像とは
異なる爽快なイメージが高く評価されている。城山三郎は非常に高い評価を与えている。
・鹿野。・・・モデル三宅幸夫。43年商工省入省。佐橋の八高後輩。統制経済志向の佐橋に重用される
が次官候補から外れた。小説では風越〜鹿野のコンビが縦糸となってストーリーが展開されている。
・牧順三。・・・モデル両角良彦。41年商工省入省。フランスで学んだ経験を生かし佐橋事務次官と共に
「特振法」の法案づくりに奔走。田中内閣時代の通産事務次官。「資源派のドン」。ナポレオン研究者
としても知られる。
・玉木。・・モデル今井善衛。37年商工省入省。福田一通産大臣の通産人事への異例の介入により同
期の佐橋を押しのけて事務次官に就任。「統制派」の佐橋に対して「国際派」として早期の市場の自
由化を唱えた。
・片山泰介。・・・モデル山下秀明。43年商工省入省。佐藤栄作通産大臣秘書官などを経て田中通産大
臣時代の事務次官。東大きっての秀才と謳われた国際派の合理的官僚。秘書官時代から大臣に華
麗なゴルフを披露したり、ヨットやテニスに興じたり、従来の官僚らしからぬ官僚であった。
。鮎川。・・・モデル川原英之。41年商工省入省。合理的官僚像のモデルの片山(山下秀明)と対極に
ある佐橋滋派の猛進型官僚。佐橋滋に将来を嘱望された通産省期待の星だったが、過労がたたり
大臣官房長時代49歳の若さで死去。
<余談> 池内通産大臣の秘書官庭野は、秘書官とは<無定量・無際限>に働くものと教えられ、その猛烈さ
を、「秘書官エレジー」なるズンドコ節の替え歌で嘆いていた。 「赤坂新橋聞こえはよいが、知ってい
るのはおかみの顔と、電話番号と道順ばかり、ほんに秘書官つらいもの」
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