藤原正彦               11,02,08

   10年ほど前、息子の書架から藤原正彦の著書「若き数学者のアメリカ」を取り出して読んで興味が沸き、
  彼の著書を幾冊か買い求めて読んだものだ。数学者としてアメリカやイギリスの大学研究室で過ごした生
  活体験、父(新田次郎)母(藤原てい)との思い出、祖国日本への深い憂慮、などが独特の視点、ユーモア
  あふれる筆致で書かれている。エッセイは強烈な自己主張に溢れており、反発する向きもあろうかと思う
  が共感の持てることも多い。その後5年ほどして「国家の品格」が大ベストセラーになり一躍彼は有名にな
  った。

   自己主張は相変わらずで、「論理より情緒」「英語より国語」「民主主義より武士道」と一貫して説いてい
  た。祖国愛(ナショナリズムというよりパトリオティズムがふさわしい)と「日本人の情緒」の大切さを強く説く
  論調は右翼まがいに間違えられそうだが、背骨のピンとした久し振りの硬派の主張には頷けることが多い。
  小学校における英語教育の批判は徹底していて「一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数。あとは
  十以下」というくらい極端に国語教育を推奨している。異論もあろうが「英語をしゃべることが国際人では
  ない。日本を深く知る事が国際人たる資格で、そのほうが外国人から尊敬される。」と述べるくだりはわが
  意を得たりの心地がする。

   勿論英会話不要論とはいわないが今の青少年にはその前に人として習得すべきことがあまりにも多い。
  現代史を教えない歴史教育や、知育・徳育・体育のバランスを欠いた偏向教育など制度面の弊害を改め
  る行政の課題が大きいが、豊かな知性と品性は家庭や地域で補いうる事も多いと自覚すべきであろう。
  「日本人の基本に返れ」と主張する藤原正彦の思想形成には、その多くが父(新田次郎)と母(藤原てい)
  の影響だったのではないかと思われる節が多々散見される。

   彼の思想の根源には儒教の精神が漲っているように見える。五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を
  拡充して五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持する、と言うのが儒教の教えだが、今更古臭
  い思想だとと切って捨てるべきではない。むしろ今こそ温故知新、古い皮袋に新しい酒を盛り込む傾聴
  に値する思想と言えるだろう。
   五常(仁、義、礼、智、信)を一言で言えば、@、仁は人を思いやること。A、義は利欲に囚われず成す
  べき事を成すこと。B、礼は人間関係を尊ぶこと。C、智は学問に励むこと。D、信は約束を守り誠実で
  あること。である。この五常の徳性を現代版に脚色して再び脚光を与える教育の必要性を、藤原正彦は
  主張しているように私には見えた。


  今年は海の吉村昭、山の新田次郎、この2人の小説を読み切る予定なので藤原正彦も同時掲載にした。

          蔵書リスト

         その1       その2
   1、若き数学者のアメリカ     5、数学者の休憩時間
   2、数学者の言葉では     6、父の威厳・数学者の意地
   3、父の旅、私の旅     7、天才の栄光と挫折、数学者列伝
   4、遥かなるケンブリッジ −数学者のイギリスー     8、国家の品格