読書近況。(2015)  15,05,12

   肩の凝らない髷物の時代小説をしばらく読んで、池波正太郎、藤沢周平、山本周五郎を
  あらかた読み終えた後、歴史物に集中してきた。特に江戸末期から明治維新にかけての
  激動を中心に主に敗者の立場から考察してきた。戊辰戦争の真相と会津藩の悲劇、薩長
  の政権奪取の真相など世に言われている史実とは異なる裏の真実にかなり迫ったと思っ
  ている。

   その後日清・日露戦争前後の明治政府の戦費調達、国際環境と政策形成に関心が移り、
  次第に当時の諸外国、特にロシア・イギリス・ドイツの外交政策の権謀術数に興味をそそら
  れてきた。西園寺公望、伊東博文、桂太郎、小村寿太郎、高橋是清などの業績と功罪にも
  興味を持った。日清戦争終結の下関条約締結の立役者・陸奥宗光、日露戦争終結のポー
  ツマス条約締結の立役者・小村寿太郎の外交手腕と見識に明治人の胆力の一端を垣間
  見た。

   これが契機で次第に外交交渉の歴史に興味が移り、51年沖縄を切り捨てて独立を得た
  サンフランシスコ講和条約の経緯、同年の日米安保条約で将来の日露の領土紛争の火
  種を残すため、放棄した千島列島に含まれる北方四島の定義を意図的に曖昧にしたアメ
  リカの極東戦略、72年沖縄返還時にニクソン大統領と佐藤首相が結んだ有事の際の核
  持ち込み密約の存在の有無、72年日中国交回復時に周恩来・角栄の間で交わされた尖
  閣諸島帰属についての棚上げ合意の有無、同じく78年日中平和条約締結時のケ小平副
  首相と園田外相の棚上げ合意の有無、など際どい外交交渉の機微に関心が移っていった。 

   外交交渉とは紛争を平和裏に解決する事であり、いたずらに自己主張をして紛争を拡
  大する事ではない。外交とは相手の立場を考慮しつつお互いにメンツのたつ50:50の妥
  結を目指すものだと優れた外交官は一様に述べている。石原慎太郎や安倍晋三の一方
  的な発言・行動は決して円満解決に至るものではなく日本の国益にかなうものではない。

   北方領土・竹島・尖閣諸島の帰属に関してのロシア・韓国・中国との軋轢の根源を知り、
  自分なりの知見を持つには、相手国の立場に立ってその主張を充分に理解しなければ
  自分勝手な一方的主張に陥る危険がある。歴史を学ぶ意味がそこにある。

   歴史とは過去と現在との対話である。とE・H・カーは述べている。現在を読み解くには
  過去を知らねばならない。

   過去は過去のゆえに問題となるのではなく、現在にとっての意味のゆえに問題になる。
  他方、現在というものの意味は、孤立した現在においてではなく、過去との関係を通じて
  明らかになるものだ。と清水幾太郎も述べている。

   歴史に興味を持ち知識欲が起きるのは、正に現代の日本の立ち位置に不安を感じる
  からに他ならない。

   最近読んだ領土問題に関する著作のうち印象に残る主なものは、東郷和彦と保坂正
  康の対話「日本の領土問題」、孫崎享と鈴木邦男の対談「戦前史の真相」、出色は孫崎
  享の次の5冊、「小説・外務省」「日米同盟の正体」「不愉快な現実」「日本の情報と外交」
  「これから世界はどうなる」 などである。

   なかでも「小説・外務省」と「戦前史の真相」は、元外務省官僚だった著者が外務省の
  体質の弊害を鋭く指摘していて、日本が対処すべき領土問題の処方箋を的確に提示し
  ている。「尖閣諸島帰属問題の棚上げ」という日中首脳の知恵を絞った合意の再確認、
  漁船衝突事件多発に関しては、97年に日中で結ばれている日中漁業協定の順守によ
  る円満解決。などの安倍政権への政策提案は正鵠を射ているといえよう。

   歴史の読み方、理解の仕方にも見識があり、なる程と頷ける視点である。近現代史に
  興味のある方には是非一読をお勧めしたい書物である。