読書近況。    14,08,24  
    

   私の机の上には読みかけの本が数冊乱雑に重ねてある。気が向いたときに気が向い
  た本を選ぶので、ページが進まず読み終えるのがすこぶる遅い。しかしせいぜい1時間の
  就寝前の習慣なので一向に気にしない。読みかけ中が何冊にもなるので、どこまで読ん
  だか、それまでの粗筋は何だったか忘れてしまうことが多いが、その時はパラパラとペー
  ジを辿ってああそうかと思い出すのがまた楽しい。忘れっぽいのは歳だから仕方がない。

   今読みかけの本を紹介すると、大仏次郎の「天皇の世紀」(12分冊の1、2)、ドナルド・
  キーンの「明治天皇」(4分冊の1,2)、森田吉彦の「評伝・若泉敬」、広河隆一の「パレス
  ティナ」、内藤正典の「ヨーロッパとイスラーム」、宮田律の「中東イスラーム民族史」、中
  島岳志の「アジア主義」、角田房子の「閔妃暗殺」、佐高信の「筑紫哲也の流儀と思想」、
  その他数冊の囲碁の本である。
   先日書架を整理していたら、呉兢著、守屋洋訳の「貞観政要」が出てきた。懐かしい本
  なので読み返そうと机上にはまた1冊積み重なった。何冊か概要を紹介しよう。

  1、「貞観政要」
   貞観政要は、私がまだ若い時に当時のS会長に是非読んでみなさいと勧められた本で、
  唐代(7世紀初頭)に呉兢が編纂したとされる太宗の言行録である。経営者必見の本とも
  言われ、経営者の読む本の中でも静かなブームを巻き起こした1冊だったと聞く。

   古く平安時代には一条天皇や高倉天皇が学者から進講を受けているし、鎌倉時代には
  北条政子や日蓮が書写させている。江戸時代初期には徳川家康が活字版を発刊させて
  その普及に努めている。後に明治天皇も元田永孚の進講を受け深い関心を寄せたという。
  それほど人口に膾炙した本だから、為政者にとっては何物にも代えがたい教訓に満ちた
  教科書だったのだろう。

   なかでも有名な挿話は君道篇(巻1・君道第1)である。貞観10年、太宗が側近に尋ねた。
  「帝王の業、草創と守成といずれか難き。」 今の言葉でいえば「企業を創業するのと
  企業を守るのはどちらが難しいか。」となる。側近の房玄齢は創業が困難と答え、魏徴は
  守成が困難と答える。

   太宗は「玄齢は昔、私に従って天下を平定し、ながく艱難辛苦を嘗め、九死に一生を得
  た。よって創業の方が難しいと考えた。魏徴は私とともに天下を安定させ、これから勝手
  気ままな行動が始まれば、必ず滅亡に向かうと憂慮している。よって守成の方が難しいと
  考えた。そうして今、創業の難は過ぎ去った。これからは、まさに守成の難を君達とともに
  克服してゆきたい。」と結論を述べている。
   戦国大名にも国を統治する為政者にも企業経営者にも指針を与えてくれるのが「貞観
  政要」だという事が判る挿話である。見事なリーダーシップで見習うことが多い。

  2、「評伝・若泉敬」
   「核抜き、本土並み」を謳い文句に72年に沖縄返還が実現し、日本中が湧きかえり佐藤
  首相はノーベル平和賞の栄に浴した。しかしベトナム戦争で緊迫化する国際情勢にあって、
  アメリカが易々と無条件で沖縄を返還するはずがない。
  安保延長と非核3原則の拡大解釈、沖縄の基地の存続、有事の際の核兵器持ち込みの
  秘密協定、などが返還の条件だった。さらに難航していた日米繊維交渉の日本側の譲歩
  も条件に加わった。沖縄返還は日本の外交交渉の成功というよりも、したたかなアメリカ
  の極東戦略と外交の勝利という側面が強い。

   国際政治学者の若泉敬は佐藤首相の密使として沖縄返還の成立に向けてキッシンジャ
  ーと厳しい交渉を続け、沖縄返還には「有事の際の核持ち込みの密約」無しには実現で
  きないと判断して、密約を渋る首相を説き伏せ了解を得る。

   若泉は返還が実現できれば必ず次は基地の返還も実現可能と判断したが、沖縄返還
  後、政府は一向に基地の返還交渉に踏み切らない。佐藤首相は沖縄返還とノーベル平
  和賞という華やかな表舞台で満足し、基地撤廃という沖縄の痛みの解消には消極的な姿
  勢に終始する。傷心の若泉は沖縄に懺悔の旅をし、著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」
  を著して密約の存在を暴露する。故郷の鯖江市で日本の政治家と官僚を「愚者の天国」
  と批判し服毒自殺を遂げる。

   「評伝・若泉敬」は沖縄返還交渉にあたった経緯に触れ、さらに国際政治学者としての
  業績を詳しく紹介している。我が国が核兵器を持たない国として国際政治の場でいかに
  して大国としての発言力を持ち存在感を示せるか。核を持つ国々とのパワーバランス、
  中国共産党の核兵器を保有する脅威、南シナ海への覇権主義がいずれアジア諸国の
  脅威になると喝破している。


  3、「筑紫哲也の流儀と思想」
   私より2歳年上の筑紫は大分県生まれのカントリーボーイ。朝日新聞政治部記者を経
  てジャーナリストとして「朝日ジャーナル」編集長、のちにTBSの人気テレビキャスターと
  なり、「多事争論」で辛口だが心温まる批評で人気を得た。73歳で亡くなるまでの彼の流
  儀と思想を紹介した読み易い書き下ろしの本である。少々週刊誌っぽい薄っぺらなとこ
  ろが気になるが、そのつもりで読めばよいだけの話。

   朝日新聞の政治部長で論説副主幹だった私の心の師(故I・H先輩)の引き合わせで
  1度面談したことがあり、人懐っこいシャイな人柄が印象に残っている筑紫さんだが、
  安倍晋三内閣になって改憲のボルテージが上がってきた時、こんな感想を漏らしていた。
  「今どき護憲などというのは時代遅れのたわごとだという流れが出てきた。朝日も毎日も
  あっさり「時代の流れ」と書く。人間の歴史の中には、すごく悪い時代に入っていく流れだ
  ってある訳で、時代の流れだという事で全肯定しちゃったら、自分の判断や決定は無く
  なってしまう。」 反骨のジャーナリスト筑紫哲也の面目躍如たる一面である。

  4、「天皇の世紀」
   大仏次郎が朝日新聞に連載し途中で絶筆になった歴史物。幕末ペリーの来航で揺れ
  る時代、嘉永5年に孝明天皇の第3皇子として生まれた明治天皇は15歳という若さで
  即位し、薩長や岩倉具視などに利用されて討幕の錦旗と詔勅を与える。鳥羽伏見の戦
  いから会津征討、奥羽越列藩同盟の結成と会津戦争、最後は北越戦争の攻防で河井
  継之助が重傷を負うところで連載は病気休載となっている。

   その膨大な幕末の一大絵巻を丹念に調査分析して史実にまとめた大佛次郎畢生の
  力作で、読み応え十分の文庫本12冊である。読み始めて1年になるがまだ2冊目とい
  う遅さだが、宮中の古いしきたりなど今日では貴重な文献なので丹念に読んでいく事に
  している。

  5、「明治天皇」
   ドナルド・キーンが明治天皇の出生から崩御まで、激動の時代を生きた天皇の歴史
  を丹念に記録した文庫本4冊の労作である。鎖国から文明開化への転換を決断し、
  列国と並ぶ立憲国家の天皇として諸外国からは「現代世界の偉大なる君主」と讃えら
  れた。御所の古いしきたりを敢然として廃止した見識は、当時の宮中の公家達を震撼
  させたらしい。

   因みに孝明天皇までの歴代天皇は、御所から外へは一歩も出た事がなく世情に暗
  かった。病の治療は祈祷が中心のため早死が多く、、また読書は史書五経に限られ、
  外部の情報は遮断されて一切耳に入ることはなかったなど、御所の閉鎖性が細かく
  記されている。これ等の旧弊を明治天皇は次々に改めていく。
   まだ1冊目なので詳しく紹介できないが、「天皇の世紀」と並行して読み比べれば、
  かなり納得できることが多かろうと楽しみである。

  6、「中東イスラーム関係著書3冊」
   中東は今激動の渦中にある。パレスティナ、シリア、イラク、イスラム国、そしてウクラ
  イナ。民族の攻防が続く歴史的背景を知ることなくして、中東は語れない。
   年1回の葉山サロンで釣りと昔話に興じる幼友達のM君は、外国生活が長いこともあ
  って教養が深く、旧約聖書に精通しているから、イスラムの宗教の起源や民族の興亡
  に大変詳しい。彼の足元にも及ばないが、触発されて数ある著書の中からこの数冊を
  読み漁っている。

  7、その他の書物の紹介と読書感は、長くなるので後日改めて記載する。