Sacred Love

 release date 2003/09/10




根元的、深遠な思念は聖なる愛に辿り着く・・・自らを振り返り現代人の愛と孤独を鮮明に描き出した大作

アルバム・レビュー : パラダイス&ランチ

スタジオ・アルバムとしては前作『Brand New Day』から約4年ぶりとなる新作である。
前作は新世紀を目前にリリースされ、とてもポジティブな内容でスティングは楽観的とも取れるほど希望に満ちていた。
彼のニュー・スタンダードと呼んでも差し支えない名曲「デザート・ローズ」の大ヒットなどにより、
ソロ活動が始まって以来最大のセールスを記録し、大規模な世界ツアーも記録的な観客動員数であった。
遡ること前々作『Mercury Falling』でソロ活動を始めてからの”セラピー”と称される音楽的な、
取り分け、精神的、哲学的に心のトラウマとなっている部分を東洋思想に傾倒しつつ、
ソウル、ゴスペルという手法を用いて高い次元で結晶化させ、見事に自己完結させていた。
これによりスティングのソロ活動第一期は完結したと言っても良いだろう。
それを踏まえて完成させた前作『Brand New Day』はスティングにとって正に第2のステージの始まりであり、
精神的開放感に満たされた躍動感に溢れてた快作であった。
『Brand New Day』を聴いた時の私の第一印象は次のような物であった。

スティングが非常に魅力的な作品を発表した。
ここ数作品では見られなかったほど多種多様なサウンドを取り入れて、
スティング・カラーに染め上げている。
しかしながら、散漫な印象を受けて戸惑いを隠せないスティング・ファンも多いだろうと思う。
あちこちの音楽に触手を伸ばしすぎの様にも見受けられる。
窓を開け放ち目を外に向けているだが・・・と。
しかし心配はご無用、この作品はスティングが新しい方向性を模索し始めた作品でもある。
彼の探求心がこれからどの様なサウンドを築き上げていくのか非常に興味をそそられる。
とりあえず、出足は非常に素晴らしい、彼のビビットな精神を強く感じることが出来る。


しかしながら、世界情勢は意気揚々と前進を続けるスティングの歩みを一点に止めることになる。
2001年9月11日に起こったアメリカの同時多発テロである。
当日はイタリアのトスカーナになる別荘に少数のファンを招いたプライベート・ライブの当日でもあったのだ。
この日の模様は2001年暮れにリリースされたライブ・アルバム『...all this time』に収録されている。
この事件が今作の製作動機となっているのは事実だろう。
一人の人間として、取り分け音楽を作り続ける一人のアーティストとしての無力感に包まれたそうだ・・・。
彼に限らず世界中のクリエイターたちが創造していく意味を、自分自身に問いかけた瞬間だった。

スティングの創作活動を振り帰ると、彼は創作のテーマを自己の内部に求めてきた傾向があり、
それを孤独な現代人になぞらえて、愛の不在を感じながらも愛の普遍を語り続けてきた孤高の詩人であった。
だが今作は心の内面を赤裸々にさらけ出し、一人の人間としての素顔さえも露わにしている。
きっと彼にとって相当の決心がいることであり、重圧感を感じたに違いない。
そう言った意味ではとても独白的な作品とも言えるが、
それにも増して特徴的なことは非常に宗教的な色彩の強い内容になっていることだ。
スティングが信仰心の厚い人間であることは良く知られている。彼自身も語っている。
個人がとても非力であると絶望感を感じる時、そして大いなる愛を求める時、
神という大いなる存在に願いをかけ、救いを求めるのであろう・・・。
これはとかく信仰心に縁のない日本人にとって容易に理解できる観念ではないだろう。
言い換えるならば、この作品は西洋の世界観をベースにしているとも言えるだろう。

このアルバムを語る時は911に触れなければならないだろうが、
楽曲的にはあくまでもポップスであり、エンターテイメントである。
ポップスというオブラートに包まれた上質な音楽であることも語らなくては成るまい。
決して彼は社会の閉塞感ばかりを語っているわけではない。
冒頭の「インサイド」では、これまで自己の内面にため込んでいた心の核の部分を、
これまでにない位に赤裸々に吐露し、リスナーに動揺を与えるかも知れない・・・、
しかしアルバムの終盤まで耳を通すと”聖なる愛”を確信したポジティブな彼の存在を強く感じるだろう。
このアルバムは打ちのめされた個人が立ち上がり、
世界に、未来に、大いなる愛とその可能性を見出す迄の過程が描かれた一大叙事詩と言っても過言ではないだろう。

今作のサウンド面に触れると素晴らしいゲスト・ミュージシャンがレコーディングに参加しており、
上質な大人のサウンドに仕上がっていると言える。
ファースト・シングル「Send Your Love」にはフラメンコ界のギターの名手ヴィセンテ・アミーゴが参加して、
素晴らしいフラメンコ・ギターを披露している。
この楽曲がエキゾティックな雰囲気に満ち溢れているのは、フラメンコが情熱的な音楽だからだけではない。
スペイン音楽は北アフリカの音楽やアラブの音楽と密接なつながりが有り、
単一では無い多重色のタペストリーのような響きがあるからだろう。
冒頭部分のヴィセンテのギターの音色が印象的だが、
それに続くディスコ調のリズムとドミニク・ミラーの奏でるリフレインするギターのリフに圧倒されるだろう。
ディスコ・ミュージックとスティングはミス・マッチのようにも感じるだろうが、
リズムの持っている根元的な力強さとスティングのメッセージは互いに呼応しあって一体化し力強いの一言に尽きる!
個人的にはアルバムを締めくくる名曲「セイクレッド・ラブ」と並んで最もポジティブな楽曲だと感じる。

これに続く「Whenever I say Your Name」はヒップ・ホップ界のディーバとして知られるメアリーJブライジとのデュエットである。
おそらくはこのアルバムの最大の魅力であり話題を集めるのではないかと思う。
スティングは4年前のMTV Video Music Awards授賞式においてメアリーと「セット・ゼム・フリー」を共演して以来、
<彼女と自分が一緒に歌える曲を書きたいと思っていた>とインタビューで語っている。
彼女の声に宗教的なものを感じていると発言していたように、この曲は神への賛歌である。
この曲にグレゴリアン・チャント、ゴスペル、ミサ曲などの印象を受ける人が多数居るのではないだろうか?
正にスティング流のゴスペル・ソングと言っても差し支えないだろう。
メアリーの圧倒的な声量に刺激されてかスティングの歌い方も、本来の唱方とは違う感じを受ける。
これほど情熱的なハイトーン・ヴォーカルを披露するのは始めてのことのように感じる。
スティングのこれからの唱方に良い影響を与えたのではないだろうか?

これに続く「デッド・マンズ・ロープ」も名曲である。
この曲も前曲に続き宗教的な内容となっている。
”神の支え”について歌ってる。無力感に襲われながらも神の歩んだ道を準えていく・・・すなわち聖なる愛に向かってか?
楽曲中にポリスの代表曲「ウォーキング・イン・ユア・フットステップ」のセンテンスが登場するが、
全体を通して同曲のメロディーに近いものを感じる。
個人的にはスタンダード化して欲しい楽曲だ。
とても切ないメロディーに胸を締め付ける歌詞が乗った珠玉の名曲と言いきりたい!
ポップスの名曲とは素晴らしいメロディーと歌詞が出会った時に生まれるものだしねぇ〜好きです。

この楽曲に続く2曲「ネバー・カミング・ホーム」と「ストールン・カー」はいわゆるスティング節と呼ばれる名曲!

都会の片隅のワン・シーンを切り取って、一定の距離感を保ちつつクールに突き放して描写する感じが彼らしい。
「ネバー・カミング・ホーム」はL.Aのダンス・トラック・メーカーとして知られるB.Tとスティングがリズムを交換しながら作り上げた、
いわゆるダンス・ビート物でスティングのクラブ・シーンなどへの関心の強さを感じ取れる、やはりスティングは貪欲だ。
コンテンポラリーなスタイルをも取り入れて、ミュージック・シーンのメイン・ストリームを押さえている。
加えてこの楽曲ではドミニク・ミラーの素晴らしいギター・リフが適所に盛り込まれると同時に、
間奏部においてジェイソン・リベロが素晴らしいピアノ・ソロを見ている。
切ない歌詞に共感を思える人が多いのではないだろうか?
とうに青春時代を過ぎてしまった私も胸を締め付けられる思いだ。

そして隠れた名曲と呼ぶべきかな?
「ストールン・カー」の切ないメロディーは珠玉と言っても良いだろう。
前作『Brand New Day』に収録されていた楽曲「トゥモロー・ウィール・シー」をふと思い出したりした。
この曲も「ネバー・カミング・ホーム」同様にメロディーと歌詞が一体となった名曲のパターンだ。
「トゥモロー・ウィール・シー」ではストリートに立つ男娼の行動を、
一定の距離感を保って同情するでもなく、賞賛するでもなく、ある一つの現実としてクールに歌っていたが、
この曲では車泥棒をモチーフにして、道を踏み外した男の情けない妄想を歌っている・・・、
結局の所、自分を愛すること、女性を愛するって事は、
他の社会的、経済的に満たされている人の生活を手に入れる事じゃなくて、
自分らしく自分の道を生きるって事なんでしょうね。
女々しさを感じる内容だが胸が締め付けられるのはメロディーが素晴らしいからか?それとも自分が女々しいからか?
いずれにしても質の高い楽曲としてスティングのスタンダード曲になって欲しいと心から思う。

続く2曲「ファアゲット・アバウト・フューチャー」「ディス・ワー」は間接的、直接的に911に題材をとった楽曲だ。
過去に捕らわれながら生きている男女を歌っている「ファアゲット・アバウト・フューチャー」は、
スティングの発言を借りると過去の歴史に捕らわれて紛争を続ける国々を指しているらしい。
宗教がもたらした悪しき一面、そして世界中の多くの人が危惧している歴史的な病理だ。
暗喩されているため直接的なメッセージ性はないが、ヒップ的な表現を用いている点はクールと言っても良いかな?
この楽曲を耳にした時は前作『Brand New Day』に収録されていた「ビック・ライ・スモール・ワールド」を思い出した。
楽曲的にはコンテンポラリーなアプローチを持ち込んだ遊び心感じる、
ライブなどでアレンジメントを変えて表現したら面白い事になりそうだ。
クリス・ボッチ、ジェイソン・リベロ、ジェフ・ヤングなどがセンスの良いアドリブを決めてくれそうな予感がする。

そして「ディス・ウォー」は、このアルバムで唯一直接的な言葉で戦争行為を非難した楽曲。
これまでも人権問題や国家間の軍事行為などを取り上げ続けているスティングではあるが、
リアル・タイムで経験したテロ行為、そして正にこれから始まろうとしている戦争をオン・タイムで歌ったのは初めてだ。
そう言った意味に於いて、このアルバムは正に社会が今現在抱えている問題を生々しく歌った物であり、
ポップスというスタイルをとっているものの、現代の混沌とした状況を描き出した鏡のような楽曲だ。
このアルバムの持っている独特の重量感というか質感はポップスと現実感の絶妙なバランスに依るものか?
ここまでの流れを聞いてくると『Sacred Love』の懐の深さというか、内包量の多さに驚きを隠せない。
話は反れてしまったが・・・、
個人的にはスティングのシャウトが聴きたかった!
胸中の思いをハイ・トーンで吐き出すことで、よりリアリティーのある楽曲になったのではないかとフッと思った。

続く「ブック・オブ・マイ・ライブ」はアヌーシュカ・シャンカールの幻想的なシタールをフューチャーした名曲。
彼女はインド音楽を世界に紹介した高名なシタール奏者ラヴィ・シャンカールの娘で、ノラ・ジョーンズの異母姉妹だ。
アルバムのリリース前から気に成るタイトルの楽曲だった。
私的な解釈ではスティングのこれまでの作品群の中で語られてきたこと、
つまりは両親の死であったり、夫婦間のことであったり、子供達のことであったりするわけだが、
それらが適切な表現が為されていたが、真実であったか偽りはなかったかを振り返っているように感じる。
すなわちそれは彼の人生そのものを振り返っていると言っても過言ではないだろう。

それから「セイクレッド・ラブ」である。アルバム終盤を飾るべき秀作だ。
アルバム冒頭の妙な重圧感や質感はこの楽曲が奏でられることで力強い希望へと変化する。
前作『Brand New Day』からのファースト・シングル「ブランド・ニュー・デイ」とは、
楽曲の製作動機、題材が異なっているが21世紀のスティングの顕著な特徴は、
自己内部で完結せずに、彼の知性、愛情が外へと向かい拡散している点である。
この曲を聴くと、スティングが語りかける聖なる愛について考えずにはいられない。
そして不思議と満たされた気持ちになってしまうのである。
数年後に次の作品が登場するだろうが、
今作のように社会情勢に心を和ずらされたりしないニュートラルな状態で取り組めると嬉しいと思う。

そして「センド・ユア・ラブ」のDAVE AUDE EDIT VERSIONの登場だ。
今作にはボーナス・トラックが多数収録されているわけだが、
私的にはアルバム本編を「インサイド」から「セイクレッド・ラブ」までと感じていた。
しかし、この楽曲までが本編である。
スティングはアルバムにリミックスを収録したいと発言していたが、その真意は分からない・・・。
アルバムの特徴の一つと言える「センド・ユア・ラブ」「ネヴァー・カミング・ホーム」等に見られる、
ディスコ調の楽曲がアルバム全体にメリハリをつけているのだが、
本編最後に収録されたこのリミックスはスティング版のトランス・タイプの仕上がりになっている。
それはやはりリズム本来の持っている根元的な力強さと恍惚感を、
ディスコ・ミュージックが端的に現していることを示しているのだろう。
これらの楽曲が、これまでスティングの歌に関心を示さなかった層にもアピールすることになるだろう。
楽曲の素晴らしさが第一、メッセージの部分は後からじわじわと感じてくる。

ボーナス・トラックの中でスタジオ収録の新曲は「ライク・ア・ビューティフル・フラワー」である。
メディアで紹介された記事によると、スティービー・ワンダーの作ったキャッチーなメロディーと、
シェイクスピアのソネット「君を夏の日に例えようか」から抜粋した歌詞を組み合わせた楽曲らしい。
いわゆるスティング節の楽曲で秀逸な作品だ。彼のチャーミングな魅力が良く表れている。
アルバムのリリース直前まで本編収録の「ストールン・カー」とソング・オーダーを悩んだそうであるが、
本編の醸し出している世界観とは相容れない印象を受けるので、
ボーナス・トラック扱いとしたのは成功であろう。私個人としてはとても好きな楽曲である。
この手の伸びやかで質感のある楽曲が、この時期に録音されたことは喜ぶことである。
スティングがポジティブな精神状態であることを垣間見ることが出来るからである。

その他、「シェイプ・オブ・マイ・ハート」のライブ音源(ライブ・アルバム『...all this time』より)と、
「バーボン・ストリートの月」のコーネリアス・ミックスがボーナス・トラックとして収録されている。

このアルバムのレビュー記事を書こうか止めようか随分と悩んだ。
あれこれ語ってもしょうがない様に感じたからです。
前述のように、スティングは自分の殻を破り、赤裸々に語っている。
そのメッセージは聴く人全てにダイレクトに伝わるだろうと、アルバムを聴き始めた当初から感じていたからです。
長々と書いてしまったが、多くの人の耳にこのアルバムの楽曲が届くことを心から願っている。

最後まで私の戯言に付き合ってくれた奇特な方には感謝します。
でわ、でわ〜ん。


収録曲

.inside
.send your love
.whenever i say your name
.dead man's rope
.never coming home
.stolen car
.forget about the future
.this war
.the book of my life
.sacred love
.send your love (dave aude remix)

.shape of my heart (live)
.like a beautiful smile
.moon over bourbon street (cornelius mix)

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