...all this time

  2001年発表



アメリカで起こった同時多発テロの影響ばかりに終始してはいけない傑作ライブ・アルバム!

アルバム・レビュー : パラダイス&ランチ

ティングの最新ライブ・アルバムである。
大手メディア、有名音楽雑誌、CDのカヴァー・スリーブ、松下佳男氏のCDレビューに於いても、
ライブ当日に起こったアメリカ同時多発テロの影響を強く語っている。
確かにBS2で放送されたトスカーニ・ライブの映像を見る限りでは、
スティング、バンド・メンバー、観客達がテロ行為に憤り、狼狽を感じながらも、
音楽の持っている根元的な力強さ、素晴らしさに辿り着く歴史的とも言えるドキュメンタリーだった。
しかしながら、当日のライブ会場を包んでいた特異な雰囲気をこのCDに求めるのは違うと思う。
ライブの全貌に目を通してコンサート会場に足を運んだ200人のファン達と同じ空間を肌で感じたければ、
来年1月に発売が予定されているDVD『...all this time』をご覧になるのが良いだろう。
今回のCDは当日のスティングのMCをほぼ100パーセントと言って良いほどカットして、
テロを連想させる要素は可能な限り削ぎ落とされている。
唯一悲しい事件の影響を色濃く残しているのは冒頭に「Fragile」が演奏されている点だけだろう。

このライブCDはスティングが当初予定していた、
気心の知れたバンド・メンバーに、新たに優れたミュージシャンを数人招き入れ、
少数のファン達と共に楽しむプライベート・ライブの性格を全面に出した作品として捉えた方が良いのでは?
これまでのヒット曲にニュー・アレンジメントを施して楽曲に新たな命の息吹を注ぎ込む・・・。
優れたジャズ・ミュージシャンを招き入れたのはスティングが幼少時代から愛していた、
ジャズ・ミュージックが彼を、バンドのメンバーを、観客を優しく包み込むと考えたのであろう。
この作品はスーパー・スター=スティングのライブ・アルバムと言うよりは、
ジャズをこよなく愛する中年男ゴードン・マシュー・サムナーの作品であると言って差し支えないだろう。
ゴードン・マシュー・サムナーが手掛けたスティングへのトリビュート・アルバムと言っても良いかな?

素晴らしいニュー・アレンジメントを心行くまで楽しませる事がスティングの狙いとも言えるだろう。
私がこの作品に耳を通して一番初めに感じた事は、
素晴らしい楽曲はアレンジメントを施して全く違った感覚の作品に作り替えても、
楽曲そのものが持っている力強さ、瑞々しさは相も変わらず生き続けている!って事だ。
それに加えて、月日を重ねて楽曲を聴き続けていると、それまで気が付かなかった新たな魅力、
それまでは感じ取る事の出来なかった楽曲の奥深さを発見する物である。
このアルバムを聴くと楽曲の持っているとても味わい深い側面、
今までヴェールに隠されていた側面を見出す事が出来る様に思えるのである。
真新しさに戸惑わずにニュー・アレンジメントをじっくりと楽しもうではないか!

今回のライブには2年間に渡るBNDツアーを一緒にやってきたメンバー達に加えて、
ジャズ界からベースの鬼才と呼ばれているクリスチャン・マクブライド、トランペットのクラーク・エリー、
チェロのジャキス・モレレンバウン、パーカッションのマルコス・スザーノ等が参加している。
彼らの参加が楽曲のアレンジメントに大きく寄与している事は明らかであろう。
スティングが提示したアレンジメントの格子をベースにしていると思われるが、
演奏のディテールに関しては彼らのアイディアを尊重したのではないだろうか?
彼らの紡ぎ出す多彩で味わい深い演奏をバックにスティングが歌に徹している。
演奏全体を包み込んでいるジャジーなグルーブ感に身を任せていると、
楽曲に新たな生命の息吹が注ぎ込まれた事を実感する。

ポリス時代の楽曲に施されたアレンジメントをじっくりと聞き込むと、
スティングもポリスから随分と遠く離れた所に来てしまったなぁと言う感慨に捕らわれてしまう。
ポリス時代の「高校教師」「ロクサーヌ」「見つめていたい」などの名曲は、
スティングのプライベートな経験を元に作られた楽曲である。
当時の彼は楽曲に登場する人物に自分を重ね合わせて、
売春婦に夢中になってしまい狼狽するばかりの若造、生徒に迫られて狼狽する新米教師、
そして愛の痛手を感じつつも赤裸々に胸の内を綴ったラブ・ソング等々、
青臭くて尖った若造として一人称で歌い上げていた様に思うのだが、
このライブでは若い頃に思いを馳せるかの様に三人称で歌っている。
本当にスティングはポリスから随分と遠い所に来たものだと深々と感じながらも、
すっと心に入り込んでくるのはやはり、
名曲は姿形を変えても変わらない普遍的な価値を持ち続けると言う事なのだろう。

一方、ソロ活動を初めてからの楽曲も更に味わい深いものに姿を変えている。
個人的には「All This Time」「The Hounds Of Winter」「Brand New Day」が秀逸の様に感じる。
これらの楽曲は元々私のフェイバリット・ソングであるが、
これまでのコンサート・ツアーで披露されたヴァージョンよりも歌物に徹している点が非常に味わい深い。
今回のアレンジメントの最大の特徴はジャジーなテイストなどではなくて、
スティングのヴォーカルにより自由度を持たせている点だとも言えよう。
4ビートやそれに準じるジャズ・テイストなテンポが、
スティングの深いブレスでの歌唱にフィットしているとも言えるのだろうが・・・。
字余り的な歌詞で勢い余って歌っているかの様だった「Brand New Day」などは、
ブルージーなアレンジを施してスローなリズムに変える事によって、
スティングが一言一言に魂を込めているかの様に歌う事に徹しきっているではないか!

いずれにしても今回のライブはあくまでもプライベート・ライブである。
これまでのソロ・キャリアの中で最もジャズに接近した作品と言っても良いのだが、
数年後に発売されるだろう新譜ではどんな事をやらかしてくれるのか非常に楽しみだ。
『ブルー・タートルの夢』『ブリング・オン・ザ・ナイト』といった流れのリリースで、
スティングもジャズ一辺倒に走っていくのかと思っていたところに、
名作『ナッシング・ライク・ザ・サン』を発表してファンの思惑を良い意味で裏切った彼の事だ、
きっと又凄い事をやってくれるに違いない!
最新オリジナル・アルバム『Brand New Day』が発表された時の私のレビューはこうだ。

スティングが非常に魅力的な作品を発表した。
ここ数作品では見られなかったほどいろいろなサウンドを取り入れて、
スティング・カラーに染め上げている。
しかしながら、散漫な印象を受けて戸惑いを隠せないスティング・ファンも多いだろうと思う。
あちこちの音楽に触手を伸ばしすぎの様にも見受けられる。
窓を開け放ち目を外に向けているだが・・・。
しかし心配はご無用、この作品はスティングが新しい方向性を模索し始めた作品でもある。
彼の探求心がこれからどの様なサウンドを築き上げていくのか非常に興味をそそられる。
とりあえず、出足は非常に素晴らしい、彼のビビットな精神を強く感じることが出来る。


良い意味でファンを裏切ってくれる新譜を心待ちにしながら、
暫くの間はこのライブ・アルバムを堪能したいと思う。
この作品は全ての音楽ファンにお勧めする!!


収録曲

・ fragile
・ a thousand years
・ perfect love... gone wrong
・ all this time
・ seven days
・ the hounds of winter
・ mad about you
・ don't stand so close to me
・ when we dance
・ dienda
・ roxanne
・ (if you love somebody) set them free
・ brand new day
・ fields of gold
・ moon over bourbon street
・ shape of my heart
・ if i ever lose my faith in you
・ every breath you take

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