白昼夢 その1
「1000人殺しました」と、私は言った。裁判所の被告席で。裁判長は今まで見たことも無い程太った男で、機嫌のいい、陽気な顔をしている。
「1000人」と、言って裁判長はいきなり笑いだした。腹の底からの陽気な笑い。
「いや、まあ、1000人とは全く」
言葉を続けようとするのだが、笑いがこみ上げてきてどうにもならないらしい。
ハンカチを取り出して涙を拭いている。やっと息をついて私に向かって話しかけた。
「勿論、死刑だよ」そう言って、また笑いだした。
「全く、死刑以外にはあり得ない」
ぜいぜい言いながら、私の顔を見て、また爆笑する。
「細かい事はこっちでやっておくからね」と言って、なんとか私の方を見た。
「君はもう事務的な事はやらなくていい。署名とか、拇印とか」
そう言って裁判長はまた笑いだした。
「1000人!」
勿論、その後私は死刑になった。今はうすぼんやりと明るいフワフワした場所にいる。
現世での出来事はあらかた忘れてしまった。でも、その裁判官の思い出は今でも暖かく心の中に残っている。
白昼夢 その2
赤い靴 改題
「私は普通の黒い靴で十分です」と、私は母に言った。
母は聞き入れてくれなかった。
「赤い靴がいいわ。私が子供の頃は到底履かせてもらえなかった」
親に逆らうなんてとんでもない、と言われ、私に選択の余地は無かった。
その靴しかなかったので、私は教会に赤い靴を履いて行った。すると、赤い靴が勝手に踊りだす。脱ぐこともできない。
私が周囲に休めない、眠れない辛さを訴えても人々は赤い靴を誉めるばかり。私は疲れ果ててボロボロになった。
抵抗するのにも疲れて靴が踊るままに森の奥へ入っていくと、そこには誰も近寄らない死刑執行人の小屋があった。
「お願いですから、この靴を足首ごと切り落として下さい」
「こんな綺麗な赤い靴を履きながら、切り落とせなどと何というわがままな娘」
そう言って死刑執行人は口をゆがめた。
「しかし、人を不幸にするのが私の役目だ」
執行人は鎌を私の足に振り下ろし、私は痛さのあまり悲鳴をあげた。
激しい痛みを堪えながら靴を見てみると、赤い靴は、そのまま踊りながら小屋を出ていった。
私は心底ぞっとしたが、死刑執行人はもったいない事を、と舌打ちをした。
その後、私は義足と松葉杖を使えば、大して不自由無く
暮らせるまでに回復した。これぞ紛れもなく大いなる神の恵み。私は心から感謝している。
白昼夢 その3
私はある小さな村の教会に牧師としてやってきた。素朴な村人達は、しばらくすると私に自分達のささやかな悩みを話してくれるようになった。
自分の畑でとれた野菜を分けてくれたり、教会の掃除を自主的に引き受けてくれる人もでてきた。私は善良な人々と知り合いになる事ができた事を嬉しく思って、感謝を捧げた。
ある日、村長が教会にわざわざ私を訪ねてきた。
「牧師さんに頼みたい事があるのです」
年老いた村長は私に向かって頷いた。
「村から少し離れた洞窟の中に女が一人住んでいるのです。村の者達は誰もその洞窟に近づきたがらない。必ずしも暴力的というのでは無いが、気味の悪い女でしてな」
村長は嘆かわしいと言いたげに首を横に振った。
「しかし、長い間放っておくのも気になりまして。申し訳ありませんが様子を見てきてもらえないでしょうか」
私は、承知しましたと答えた。明日、見に行ってきましょう。
私は村長に教えられた洞窟を訪ねてみた。洞窟の外に立って声をかけると、女が一人洞窟から出てきた。不思議そうにこちらを見ている。
「私は、新しくこの村にやってきた牧師だ。村長からあなたの様子を見に行って欲しいと頼まれた」
女は頷いた。髪には白髪が混じり、姿勢も悪いが、私には普通の村人に見えた。
「何か困ったり、病気をしたりしていないかね」
私が尋ねると、女は困ったようにこちらを見つめた。
「もしかして、口がきけないのか?」
女は首を横に振った。
私は困惑してしまった。どのように会話を続ければよいのかわからない。女も困った様子でこちらを見ている。
「何か共通の話題でもあればいいのだがね」
私が冗談混じりにそう言うと、女はしばらく足下の砂を見ていたが、顔をあげると洞窟の中に入って行った。
女は蝋燭を1本持ってきた。太い立派な蝋燭だった。乳白色で金色の模様が入っている。模様の様子からすると、元は今の倍くらいの長さがあったようだ。
女はマッチで蝋燭に火をつけた。そして私を手招きすると、蝋燭の火に手をかざしてみせた。そして私をじっとみている。私は真似をして蝋燭におそるおそる手をかざした。
・・・いきなり女が私の手を掴み、蝋燭の火に近づけた。私は悲鳴を上げて、女の手を振り払った。
「何をするんだね、熱いじゃないか」
私が怒鳴ると、女は頷いた。そして自分の左手を蝋燭の火に近づけた。
5秒、10秒、15秒・・・。私は我慢できなくなって女の手を掴んで蝋燭から遠ざけた。
「何をしているんだね。気でも違ったのか。熱くないのね」
私が聞くと、女はこう答えた。
「熱いのを、我慢しなければ」
そう言ってまた手を火にかざそうとしたので、私はその蝋燭に砂を投げつけ火を消した。そして、そのまま村に引き返した。
私はすぐに村長に会いに行った。
「村長さん、あの女は一体どうしたんです」
私は一部始終を話してからそう聞いた。
「あの女の両親は、子供に”お前は我慢が足りない”と言って、蝋燭の火を我慢させていたそうです。
我慢強くって聞き分けのできる子供だったんですが、それが裏目に出たんでしょうな。今に至っても蝋燭の火を我慢しているという訳です」
私はそれを聞いて腹が立った。
「周囲はそれを放っておいたんですか」
「周りは具体的な事は知らなかったのです。それに、子供は厳しくしつけていると言っておいた方が周囲の受けはいいものですから」
村長はそう言った。
「そういえば、雪の日に夏の服を着せて外に出したりもしていましたが、周囲は大して気にしなかったです。確かその方が体が強くなると言う事を言っていたので」
「しかし、村長さん、あなたは今、御存じじゃないですか。あの人の両親があなたに話したのですか」
村長は首を横に振った。
「村の女共が、あの女が一人でいるのを気にしましてね。可哀想に思って時々話かけに行きました。その頃はあの女もまだ村に住んでいましたのですがね。あの女はその女達にも蝋燭の火を我慢させようとしたそうです。まあ、他に人への接し方を知らなかったんでしょうな。それで詳しい事を両親に聞いてわかった訳です。話を聞きにいった女達には幸い怪我は無かったのですが、困るのであの女には村の外に住んでもらっています」
村長はそう言って、首を横に振った。
「では、まあ、元気に暮らしているのですね。あの女も頭の中から蝋燭の事を何とか追い出している時にはまんざら役立たずという訳ではありません。そうでなければ、行き倒れている事でしょう。様子を見に行っていただいてよかった」
村長はそう言うと、すみませんが他に用がありますので、と言って席を立った。
村人に聞いてみると、その蝋燭の件は皆知っていた。しかしもう終わってしまった話で、誰も気にしている者はいなかった。
私はせめて女から蝋燭を取り上げて捨ててしまおうと試みているが、今に至ってもその試みは成功していない。
白昼夢 その4
養老の滝 改題
本当に大した話ではないのです。昔、ある所に親孝行な息子が父親と住んでいました。母親はどうしたのかよくわかりませんが、きっと早くに亡くなってしまったのでしょう。
父親は頑張って息子の面倒を見て、できる範囲で仕事も教えました。生活が大変だったので、できる事は手伝ってもらうより外無かったのです。
息子は遊んでいていいよって言われた時には頑張って遊び、手伝ってくれと言われた時には頑張って手伝いました。利発な息子だったのです。
ある日、父親がケガをしてしまいました。これでは仕事ができません。息子は、まだ小さかったのですが一生懸命仕事をし、家事をしました。
小さい頃から仕事を手伝っていたからでしょうか。息子が頑張ったら何とかなってしまいました。生活はとても苦しくなりましたが、それでも我慢すれば何とか暮らしていけたのです。
父親はと言えばそれまで頑張ってきた分の反動が出てしまいました。ケガが治ってもなかなか仕事に戻る気になりません。息子に申し訳ないと思いつつ、床から離れられなくなってしまいました。
そんなある日、息子が山に入って柴刈をした帰り道、足を滑らせていつもの道から外れてしまいました。道に迷い、うろうろしていると、水音が聞こえてきます。
「こんな所に滝があったかな」
息子が不思議に思って音のする方に言ってみると、まあ、綺麗な小さな滝がありました。空気はしんとして、辺りには靄がかかっています。まるで神様でも住んでいるかのようです。
息子はおそるおそる滝に近づきました。喉が乾いていたので手で水をすくって一口飲みました。変わった匂いがしているのはわかっていましたが、とても喉が乾いていたのです。それに、決して嫌な匂いではありませんでした。
一口飲むと元気がもりもりとわいてきました。
「何て不思議な、美味しいお水なんだろう。お父さんにも持っていってあげよう」
息子は道に迷っている間にすっかり空になったひょうたんにその不思議な水を詰めました。
滝のそばに細い踏み分け道があったので、息子はその道を辿っていきました。霞がとても濃かったので、下だけ見て一生懸命歩きました。そして、ふと気がつくと村のすぐそばにいたのです。
息子は父親に話をして、ひょうたんの中の水を飲んでもらいました。飲んだ父親はびっくりしました。ひょうたんの中身はとても美味しいお酒だったからです。
”そういえば、お酒もしばらく飲んでいなかったな”と、父親は思いました。
”それに、好物もずいぶん食べていない”
贅沢は望まないものの、生活していく上でもうちょっと楽しみがあった方がいいな、と父親は思いました。
その日を境に父親は元のように働きだしました。
頑張った甲斐があって暮らし向きは前よりも少しよくなりました。たまには親子二人でお互いの苦労を労い、美味しいものを分けあって食べる事もあったことでしょう。
白昼夢 その5
鶴の恩返し 改題
昔々、ある所に貧しいけれど気の優しい若者が住んでいました。ある日、その若者が仕事から帰ってくると一人の美しい娘が家で若者を待っていました。
「お願いですから私をこの家に置いてください」
娘に頭を下げられ、無碍にもできなかった若者は娘の願い通り一緒に住む事にしました。
娘は掃除、洗濯、料理などの家事をきちんとこなし、若者はとても助かりました。
仕事を終えた後、一人で作りおきのご飯を食べるか、誰かが料理してくれたご飯を二人で一緒に食べるかは大きな違いです。若者は日々の生活に張りがでてきました。
娘は若者が聞いてきた村の噂話や、作物の出来、不出来の話を喜んでにこにこと聞いてくれました。若者はだんだんこの娘が好きになってきました。娘も若者の事が嫌いでは無い様子です。もう少しお金があればずっとこの家に居てくれるかもしれません。
家事をしなくてよくなったので、若者はその分余分に仕事をする事にしました。家への帰りは遅くなり、娘と交わす会話も少なくなりました。
娘は若者が疲れた様子で遅くに帰ってくるのを見て心配になりました。理由を聞いてもなかなか答えてくれなかったのですが、何とか”お金が必要なんだ”という返事を聞き出しました。
ところで、娘は鶴の化身でした。昔、怪我をして動けなくなっていた所を若者に助けてもらったので恩返しに来たのです。
娘は鶴の化身にしか織る事のできない特別な布を織って売る事にしました。鶴の羽を織り込んだそれは美しい布です。きっと高く売れる事でしょう。
娘は若者に頼み、道具を揃えてもらって布を織りました。トントン、パタリ。トン、パタリ。羽を織り込むのは重い負担だったのですが、娘は始めに世話になった時のように若者と楽しい時間が過ごせるのを楽しみに一生懸命織りました。
布が織りあがると、大変な値で売れました。若者は喜ぶというより驚いてしまいました。そして心の中でもっと自分もお金を稼がなければいけないなと思いました。
一方、娘は、これで若者も、無理してお金を稼ぐ必要がなくなり、早く家に帰って休めると思ってほっとしていました。
でも、若者はちっとも早く帰ってきませんでした。理由を聞いてもやっぱりお金が必要だというような返事しか返ってきません。
娘はもうどうすればよいのかわからなくなってひたすら布を織り続けました。トントン、パタリ。トン、パタリ。そしてある日、限界がきてしまいました。娘は機織り機からふらふらと立ち上がると、そのまま山の方に歩いて行きました。そして二度と帰って来ることはありませんでした。
白昼夢 その6
無題
妖精は電気仕掛けのメリーより少しだけ優秀な子守だ。でも放っておくと赤ちゃんと本気で喧嘩をはじめるので、様子を見て止めなければならない。
今日も赤ちゃんに捕まって振り回されている妖精を一人助け出すと、妖精はくしゃくしゃにされた羽を伸ばしながら苦情を言った。
「なんで、ああ見境がないのかな」
「さあね」
妖精はベビーベッドの柵に腰掛けて私に話しかけてきた。
「神様の命令だったから、この世の秘密を全部箱詰めしていろんな場所に隠したんだ。大変だったよ。隠す場所は木の天辺にある鳥の巣の中からもぐらのトンネルの底まで。それで全部終わったのがこの世の始まる10秒前」
妖精は欠伸を一つした。
「この世の秘密をしまった箱に一緒に希望もいれたって話があるみたいだけど、あんなの嘘っぱちさ。妖精族は頼まれた事はきちっとする。この世の秘密だけをちゃんと入れてある」
妖精は真面目な顔をしてみせた。
「僕達は話していたんだ。人間なんかマヌケだからこの世の秘密なんて一個もみつけられないんじゃないかって。でも、ちゃんと見つけられてしまっていてびっくりだよ」
妖精は肩をすくめた。
「この赤ちゃんには特別な秘密をあげたよ。神様が若いスフィンクスに守ってもらおうと思ってとっておいた秘密なんだ。でもそのスフィンクスがあまりに不作法に振る舞ったんで怒った神様がその秘密を人間にあげる秘密の中に入れてしまってね。当のスフィンクスは神様が別の秘密を考えつくまで100年間こんな顔をしていた」
妖精は頬をおもいっきりふくらませた。
「この世の秘密が全部みつかったらこの世は終わり。時の車が一巡りして、君達人間が僕達に秘密を用意する順番になったらとびきり難しいのを頼むよ。退屈ほど嫌なものはないからね」
私がとびきり難しいのを考える、と約束すると妖精は安心した様子で窓から飛び去っていった。