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第一夜

骸骨が何体か下がっている。皆ヘッドホンをつけている。
「これは罰で」と、案内人が言う。
ヘッドホンで大音量の音を聞かされているのだという。
聞いただけで背筋がぞっとし、私は早くその部屋をでようとした。すると、思いがけなく足音が大きく響き、私はぎょっとした。骸骨に聞こえるような気がしたのだ。
しかし、ヘッドホンで大きな音を流されつづけている者達に聞こえる筈がない。
私がそう思ったのを見透かしたように案内人は付け加えた。
「いえ、返って小さい音の方が聞こえる事もあるようです」
思わず骸骨の方を見てしまうと、骸骨がこちらの動きに反応してカサカサ動くのがわかり、私は心の底から恐怖した。


第二夜

狭いアパートで育った私には広い畳敷きの部屋は珍しかった。奥の襖を開けると、次の部屋があり、またその部屋の襖をあけると、やはり畳敷きの部屋があって、そこで部屋は終わっていた。廊下から薄い光がさして部屋がぼんやりと照らされている。奥の壁に着物が一枚下がっていた。
「ここがお嬢様の寝室になります」
そう言われて私は少し得意な気分になった。眠くなったので敷いてあった布団に入る。寒いだろう、と誰かが壁にさがった着物を布団の上からかけてくれた。
「昔、ここで・・・・・・」
ここで、何だろう、と思って何気なく上にかけてある着物を見てみると、赤い血の染みのようなものに気がついた。
ぎょっとして部屋をでようとするが、なかなか出られない。着物が体にからみつく。
必死で廊下までたどり着いた所で目が覚めた。


第三夜

ぼんやりと広い寺の境内で何か行事をしている。
「御輿の中から、高位の坊様が出てきて一年の無事を祈ります」
白い髭の茶色い小柄な老僧が到底聞き取れない程の小声で何かお祈りをするのだろう。
退屈な気がしたが、私は少し待ってみる事にした。
境内が混んできて皆が注視する中、本堂に祀られた御輿のすだれがゆっくりと開く。
・・・出てきたのは狂い女だった。御輿から飛び出し、見物人が悲鳴をあげて逃げまどう。裂けた口に振り乱した長い髪で時にはゆっくりと、時には恐ろしい早さで走り回る。
私は狂い女の注意を引かないようにゆっくりと後ずさりをした。誰かに危うくぶつかりそうになり、慌ててすみませんと会釈をする。
相手は、構わない、とにたりと笑った。私は相手が人間でない事に気がついた。辺りをあらためて見回すと、境内はそのような人間でないものの姿でいっぱいだった。


第四夜

家の人形は勿論動く。もし私がその人形に視線を向けたなら。
私はその禁忌を破らないように今まで細心の注意を払ってきたのだが、一体、何を間違えたのだろう?
帰ると、食卓の上にその人形が移動していた。まともに見てしまい、私は縮みあがると同時に、最悪の事が起こってしまって少し安心したようだった。しかし、目が離せない。私の体はそのまま凍り付いた。


第五夜

 コンクリートの防波堤の上を歩いている。薄曇りの日で暖かく、私はとても気分がいい。
何かしなければならない事があったのだが、思い出す気にもなれない。とても平和な気分で歩いている。
大きな波が来るが、今の所、防波堤を越えてはこない。私は頼もしく防波堤を眺めた。


第六夜

 学校の前を通りかかった。小さな砂場の真ん中から大きな木が生えている。


第七夜

 山の中腹にケンタウロスの石像が立っている。遠目にも巨大に見えるという事はかなりの大きさなのだろう。
私が感心して眺めていると石像がいきなり動き出した。
私は必死で視線を逸らし、見つからないように祈った。
石像はあっという間にこちらに来てしまい、巨大な馬の足しかもう見えない。


第八夜

 世界が終わってしまった。私の心は恐怖で満たされている。気温は暖かく、空は雲ひとつ無く晴れ渡って真っ青だ。私は丘の上の桃色の木に近づく。人工的な物だ。桃色の木の巨大な葉には、もう滅びて久しい動物達の像がくるまれていた。
 私は一歩下がりそのオブジェの銘板を読んだ。
”今は亡き忘れ去られし者達の歌”


第九夜

 奥の戸を開けると、そこは納戸で、古い人形が何体も横になっていた。窓から差し込む光で浮き上がった埃がはっきりと浮き上がって見える。


第十夜

 暖かいけれど今にも雨が降りそうな暗い日。私は今にも笑い出しそうになる程、上機嫌だった。複雑に入り組んだ駅を簡単に抜けて、駅前の小さな本屋に入る。いつもはこんな事はできない。でも薄暗い書棚には残念な事に好みの本が無かった。今まで来た事のない地区なのに・・・。私は恨みがましく書棚を眺めている。

第十一夜

 金属の大きなたらいに入れられて大きな錦鯉がじっとしている。涼しげな清潔なたらいに清潔な水。
 私はしばらくその錦鯉とたらいに見とれていた。でも、眺めている内に鯉の大きさがたらいの大きさぎりぎりである事に気がついた。よく見てみると、水の量も少ない。鯉はまだ平気そうだけれども、見ている私はだんだんと息苦しくなってきた。
 気がつくと鯉がたらいから出てしまってバシャバシャと跳ねている。私は急いでつるつる滑る鯉を捕まえて近くの湖へと急いだ。鯉の呼吸が苦しそうなのが気になってしょうがない。

第十二夜

 大きなお寺だった。境内はとても広くて開放感にあふれている。ちょうど桜の季節で、薄桃色の綺麗な桜が咲いていた。境内にいる参拝客はくつろいだ表情で和やかに会話を交わしている。
 入り口の赤い鳥居の柱に寄りかかって女の子が一人座り込んでいた。手には小さな仏像を持っている。
「あら、信心深いのね」
 参拝客の一人が曖昧な笑みを浮かべてそう言った。その女の子が無表情にみつめ返したので、その参拝客は気まずくなってそのまま急いでお寺の方に言ってしまった。
 女の子はその参拝客が行ってしまった後、仏像を頭からかじって食べ始めた。鉄でできた仏像にもかかわらず。

第十三夜

 私はアパートの二階から通りを眺めていた。狂い女が下の通りを脇目もふらず走っていく。

第十四夜
 
 私が瞬きをすると、エレベーターで下に体が運ばれるような感覚があって周りの景色が一変した。びっくりしてまた瞬きをすると、また景色が一変した。周りをみると、地下の広い空間にいるらしい。そこがどこかよく見る前にまた私は瞬きをしてしまった。今度はどこか知らない住宅街に居る。もう暗くなるのにどうしよう? 私は躊躇したあげく目の前にある家のチャイムを押すことにした。
 玄関前にヤツデの木がある。友達の家にある木とそっくりだ。

第十五夜

 白いコンクリートで固められた道の真ん中に幅の狭い水路が作られ、水が流れている。
 その水路にはアジのような魚がひしめきあっていた。私が驚いて見ていると、その魚達は突然起きあがって尾鰭で道路を歩き始めた。道が歩く魚でたちまち溢れかえる。
 私は魚達の邪魔をしないように後ろに下がった。魚達が倒れてしまわないかどうか気になってしょうがない。コンクリートはざらざらしているし、魚が倒れてコンクリートの上に倒れたら、目が傷つかないだろうか。


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