伝七捕物帳について その2

戸田和光


 では、実際に陣出による伝七作品はどれくらいあるのか。

 まず、伝七の陣出本に収録された短編を調べてみる。昭和30年代には先述の4冊が刊行されているが、昭和40年以降に出版されたのは、以下の8冊になるようだ。刊行順にするべきかも知れないが、春陽文庫の3冊は並べた方が分かりやすいかと思うので、この順にしてみた。
 本の数はそれなりにあるが、これらの間でも数多く重複掲載されており、作品の数はもう少し減る。


著作リスト 昭和40年〜

タイトル著者 刊行年月出版社備考
伝七捕物帳1 陣出達朗 1968年2月 春陽堂書店
伝七捕物帳2 陣出達朗 1976年5月 春陽堂書店
伝七捕物帳3 陣出達朗 1976年6月 春陽堂書店
伝七捕物帳 陣出達朗 1968年3月 東京文芸社
伝七捕物手柄 黒門町夜話 陣出達朗 1975年3月 青樹社
美女夜叉 伝七捕物帳 陣出達朗 1975年8月 巨朋社
伝七捕物帳 十番手柄 陣出達朗 1973年11月 桃源社
闇を斬る十手 伝七捕物帳 陣出達朗 1979年3月 廣済堂出版

 で、これから作品の重複収録を確認していくのだが、実際の作品を読まないで検証していることを予めお断りしておく。(先にも記したが、陣出による伝七作品は、本に収録するにあたり、改題や大幅な改稿を伴うことが多く、簡単には同一作品かどうかが判断できない。従って、実は同一作品と呼べるものを見落としている可能性がある。ただ、今回は陣出作品を読むことが主目的ではないので、そこまで行う気はない)

 まず最初に、昭和30年代の4冊とこれらとの関係を確認しておこう。
 『黒門町伝七捕物百話 第6巻』は、ほぼそのまま『伝七捕物帳 十番手柄』に引き継がれた。一部作品は改題され、キャラクターまで書き換えられているが、作品としては元本に収録された8編はそのまま収録されており、それに「氷の姦」(「姦氷」と同一)と「江戸は春風」が加えられて、全10編となったものである。
 『女狐駕籠』は、代わるものがない。実際、同書に収められた「面影の女」は、その後採録されていないようだ。ただ、他の9編は、春陽文庫の3冊などに収録されている。
 『天下を狙う矢』も、同じく代わるものはない。やはり、「人形寺の怪」は、同書にしか収められていないようだ。しかし、その他の3編は、改題等はされているが、春陽文庫に収録されている。
 『女狐小判』は、元本の8編から、『黒門町伝七捕物百話 第6巻』と重複収録となっていた「雪の足跡」を除いた7編は、『伝七捕物手柄 黒門町夜話』にそのまま収められた。他に4編が加えられ、全11編となっている。各話の結末で、次の話の前振りを行なう趣向もそのまま踏襲されているから、分かりやすいだろう。
 結局、昭和30年代の本でしか読めないものが2編だけある、ということがここまでで確認できた。

 続いて、昭和40年以降の本の間で比較していく。
 その際に、重複判断の基準とすべきなのは、春陽文庫の3冊だろう。当然ながらこれらに作品の重複はないし、そもそも、第1巻の刊行がこの中で最も早かった訳だから、それが自然だと考える。(春陽文庫の3冊は、1の刊行だけが早く、2と3はそこから8年後の刊行だったようだ。ただ、編集方針が大きく違うようには見えないから、収録作品はほぼ同時に決められていたが、刊行する前にテレビドラマが終わってしまったため、タイミングを失して一時棚上げされていた、といったことがあったのかも知れない)

 まず単純なのが、最後に刊行された『闇を斬る十手 伝七捕物帳』で、収録作品こそ15編と多いが、その大半は春陽文庫と重複しており、それに入っていないものも『美女夜叉 伝七捕物帳』で読める。この本は、完全な再編集本という位置づけができるだろう。
 次に挙げられるのは『伝七捕物帳 十番手柄』で、10編のうち9編が春陽文庫と重なっている(1編はかなり加筆されていて、同一作とは呼びにくい気もするが……)。唯一重なっていないのが、先ほども出てきた「氷の姦」で、この短編は昭和40年代では、この本にしか収められていない。この本は、もともとが『黒門町伝七捕物百話 第6巻』だったから、春陽文庫を編む際にも、それが下敷きとなった結果――なのかも知れないけれど、結果的には、比較的希少性が低い本となったかも知れない。
 同様に、『伝七捕物手柄 黒門町夜話』も、昭和30年代の本が下敷きとなっているせいか春陽文庫と重複が多く、全11話中、8話が重なっている。更に、1編が『美女夜叉 伝七捕物帳』と重なっている。結果として、2話(「翼蛇」と「女の火矢」)だけがこの本でしか読めないことになる。
 で、残るのが『伝七捕物帳』(東京文芸社版)と『美女夜叉 伝七捕物帳』の2冊だ。ここまでの整理をした上で改めて見直すと、これらは他の本との重複がかなり少ないことが分かる。春陽文庫との重複はそれぞれ1編ずつしかなく(ただ、面白いのは『美女夜叉』で重複しているのは、その表題作なのだ)、また、この2冊間で1編が重複しているが、他は(これまで省いた本を除けば)重なりがない。

 ――で、これを計算すると、本になった陣出による伝七作品は、春陽文庫3冊の30編に加え、『美女夜叉 伝七捕物帳』などの10編、上記で数えてきた5編の、計45編となる。イメージ的には、まあ妥当な数字かも知れない。

 これらを私なりに整理したのが、以下になる。

陣出版伝七 単行本収録作リスト

タイトル別題など主な収録書
仇討ち蝉 鼓の怪 春陽1
歩く纏 悲願の纏 春陽1
怨みの松茸 松茸騒動 春陽1
黒猫の謎 謎の黒猫 春陽1
地獄で極楽 変化女房 春陽1
花水後日 紅梅提灯 春陽1
女狐が来る きつね駕籠、女狐駕籠 春陽1
夜叉牡丹 美女夜叉、天下を狙う矢 春陽1
帯解け盗賊 春陽2
勘太親分さま 竹さんは馬鹿じゃなかろうか、バカじゃなかろうか 春陽2
消えた花嫁 花嫁地獄 春陽2
たたる笛 春陽2
月の懸かる場所 月の懸る場所 春陽2
花のはははは げらげら狂想曲、笑いの狂想曲 春陽2
美女観音 春陽2
変身 春陽2
やまぶき女房 花妖 春陽2
緑陰茶話 江戸は春風 春陽2
笑いざる 猫魔屋敷 春陽2
おれが殺された 獅子っ鼻の竹が殺された、勘太が殺された 春陽3
おんな蜘蛛 春陽3
奇跡男 春陽3
外道用心棒 色道用心 春陽3
人形懸想 春陽3
飛脚幽霊 幽霊飛脚 春陽3
藤次郎の悲願 月の中の女 春陽3
ほくろ違い ほくろにご注意 春陽3
女狐小判 きつね小判 春陽3
雪の足跡 雪男 江戸にあらわる! 春陽3
ろうそく娘 蝋燭娘 春陽3
影法師就縛 東京文芸社
十万坪から 東京文芸社
猫の迷惑 霞の扇 東京文芸社
秘密金座 東京文芸社
笑い猿 東京文芸社
生きている幽霊 幽霊が殺された 美女夜叉
江戸の鬼 美女夜叉
恵方殺し 恵方の鬼 美女夜叉
菊人形の怪 決闘菊人形 美女夜叉
ふとん執念 蒲団の怪 美女夜叉
面影の女 女狐駕籠
人形寺の怪 天下を狙う矢
氷の姦 姦氷 十番手柄
翼蛇 黒門町夜話
女の火矢 黒門町夜話

 さて――。本来であれば、この後は、陣出による伝七作品の初出を整理して書誌リストを試作する――という段取りになるのだけれど、ここまでにも書いて来た通り、陣出作品の初出特定は極めて困難である。ただでさえ、倶楽部雑誌への掲載が多いため掲載情報の入手が容易でない上に、初出か再録かの判断も極めて困難である。更に、車坂新吉ものを単行本収録にあたって(?)伝七ものにしたとしか思えない作品もあって、何をもって初出とするかも難しそうだ。
 ここでは、京都新聞に載ったがその後単行本に収められていないように思われる作品が6編、昭和30年代に雑誌掲載され単行本に載っていない作品が1編、昭和40年代に雑誌掲載され単行本に載っていない作品が2編、それぞれあることを記しておくに止めたい(実際に、昭和40年代に雑誌発表された作品は確かにあるようだ。その作品の存在が、京都新聞以降に陣出が伝七ものを書き続けた、という説を生んだのかも知れない。ただ、繰り返しになるが、それらの方が例外で、それ以外の多くは京都新聞連載中に書かれた可能性の方が高い、と私は考えている)。

(以下、「その3」に続く)


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