このタイトルだけがイタリア語である。曲も6/8拍子でシチリアーノ風である。スタソフによれば「中世の城。その前で吟遊詩人が歌っている」という。それらしい絵は3つある。

  


まずガルトマンがグリンカのオペラ「ルスランとリュドミラ」の舞台装置のために描いたデッサン「チェルノモールの城」(上左)で、城の前に人影が見られる。多くの場合これが本命視されているようだ。次に「ペリギューの風景」(上中)という題のフランスの古城で、人影はない。イタリアの古城を描いた作品は見つからなかったが、イタリアで描かれた「イタリアの道」(上右)という修道院と人影が見られる絵があった。吟遊詩人はむしろ曲を聞いた後にコメントを書いたスタソフのイメージで、「ペリギューの風景」が音楽の印象にもっとも近いと團氏は考えている。

サクソフォン愛好家としてどんな絵を想像していただろうか、自問自答してみる。

  1. 破れた城壁の重い扉を押してみるとコントラバスとファゴットの序奏が始まる。寒々とした月影が扉の向こうに見えるが、自分はその城壁の外にたたずんでいる。(自分のソロの出番ではあるが、むしろ)朗々としたバスバリトンの声が遠くに聞こえる(ようなイメージで主題を吹こうと思っている。コンサートホールの反響が自分の耳に届いたのが確認できた時は嬉しかったのを覚えている。城の中に入らないというイメージは、サクソフォン奏者の座る位置がバスクラの更に外側で、コントラバス・チェロとファゴットから遠いため、ステージ上ではテンポがずれ始めるのがとても恐いと思っていることの表われかもしれない。)城壁の内側には吹き渡る風のフルートと、すすり泣くコールアングレの重奏が聞こえる。夜が深まっていく。ヴィブラートなしでデクレシェンドしてピアノピアニシモまでロングトーンで、扉が静かに閉まる。
  2. シチリアーノだから、風というよりは波の寄せる様子かもしれない。
  3. 日本人としては、土井晩翠の「荒城の月」の詩も頭をよぎるが、「和風」であるはずがない。しかし「チェルノモールの城」の絵の左上はあの「丸に十の字」の島津家の紋章が入った旗が見えるし、その旗には漢字が書かれているではないか!こんなにぎやかな絵であの曲のイメージを持つに到るだろうか?私も「チェルノモールの城」を否定したい。
  4. イタリアの道は雰囲気が夜とは思えない。するとやはり「ペリギューの風景」なのだろうか。

そこでペリギューがどこにあって、どんな風景なのか調べてみた。フランス南西部に位置し、イギリス人に人気の地域だそうで、何と「シャトーに泊まる」などというWebページがあった。15世紀に建てられたSenechaux城である。

Dronne川から見たSenechaux城
城門
Senechaux城
Senechaux城

いかがだろうか?川面からそびえ立つ古い城であったことと思う、ホテルに改装されるまでは。城門の写真のアングルはガルトマンの絵に似ている。ようく絵を見ると左下に人影と言えそうな暗い部分がある。あるいはこれだけ木々が繁っているとスタソフが人影と思ったのは木立かもしれない。サクソフォン演奏家の皆さん、チェルノモールの城の絵よりはペリギューのSenechaux城こそ曲想に近いと思いませんか?