その2.酒酔い運転と酒気帯び運転とはどこが違うの?
まずは、法律の専門家である弁護士の説明を見てみましょう。
「(酒酔い運転とは)道交法上では、アルコ-ル濃度が、呼気1リットル当たり0.75ミリグラム以上、または血液1ミリリットル当たり、1.5ミリグラム以上を含有する状態を指す。つまり、それ未満であれば、酒酔いではなく、酒気帯びとみなされ…(る)」 (「交通事故法入門」光文社発行・1997年2月5日初版本・p190より)
司法試験という超難関国家試験を突破してきた弁護士先生がこう堂々とおっしゃれば誰だって信じますがナ。でもこの弁護士の説明、現行法上の規定からは明らかに間違っています。
飲酒に関する道路交通法の規定をみておきましょう。法65条1項には、次のように規定されています。「何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない」。
早い話一滴でも体内にアルコ-ルが入った状態で車を運転すれば、この条文違反になるということです。では、この条文に違反したらすべて処罰される…?。実はそうなっていないから話がややこしくなるのです。
道路交通法は、次のいずれかに該当する場合のみを処罰するぞよ、という規定の仕方をしたのです。
つまり、65条1項の規定に違反した者が、つまり酒気を帯びて運転した者が、
@アルコ-ルの量に関係なく酒に酔った状態であったとき。言い換えると、アルコ-ルの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であったとき⇒「酒酔い運転」として処罰する。(道交法117条の2・1項1号)
A道路交通施行令で定めた数値以上のアルコ-ルを体内に保有していたとき⇒正常な運転ができてもすべて「酒気帯び運転」として処罰する。(道交法117条の4 ・1項2号)
つまり、「酒酔い運転」には、弁護士の言うような数値の具体的基準は、いまだ現行法上規定されていないのです。このことがどのようなことを意味するかというと、酒酔い運転かどうかは、現場における取締り警察官の判断如何にかかっているということです。
警察官が、現場で、運転者の動向等を客観的に観察したとき、アルコ-ルの影響で、蛇行運転していた・まっすくに歩けない・直立できない・ろれつがまわらない等の具体的状況から正常な運転ができないと判断したときは、酒酔い運転として検挙されることになるのです。
このように、理論上は、アルコ-ルの分量にかかわらず、警察官が運転者の動向から正常な運転ができないと判断すれば酒酔い運転として検挙可能なのですが、警察官の恣意的判断を排除して客観性を担保するため、実務上は、少なくとも酒気帯び運転の数値を上回るある一定の数値を重要な判断材料にしていることは事実です。
以上のように、現行法上、酒酔い運転の具体的数値が法定されていないことから、警察官の恣意的判断にゆだねられるおそれがある、という点が最大の問題点といえると思います。
しかしながら一方において、蛇行運転している車があり、酒の影響でろれつの回らない悪態をついているような明らかに酒酔い運転と認められる無法者を現認したような場合には、信念を持ってアルコ-ル検出以前の段階で酒酔い運転として直ちに現行犯逮捕するという気概を持った警察官がいてほしいという声もあることは事実です。(逮捕すると「現行犯人逮捕手続き書」の作成をしなければなりませんが、これを苦手とする若い警察官は多い)
そういう気概を持った警察官になるためには、仕事に対する正義感とたゆまぬ法令の研鑽が不可欠であるが、第一線の警察官は、実務に直結する法令の研鑽を仕事上課せられた職責とは捉えていない者がすくなからずおり、昇任試験のために勉強するのだという意識が強いため、法令知識を基礎とする実務能力においてかなりの個人差が生じている、といのうが現実の姿です。
私は、昇任試験を個々の警察官の実務能力判定試験としての性格をも合わせ持たせるべきだと考えています。一定の点数に達しない者はなんらかのペナルティ-を課し一定期間での改善を義務付ける制度を取り入れれば、実務能力は格段に向上するものと考えるからです。(警察OBとしての提言)
平成14年6月1日から実施された法改正による酒酔い運転・酒気帯び運転の罰則強化についてみておきましょう。
★酒酔い運転⇒3年以下の懲役又は50万円以下の罰金。違反点数25点。
★酒気帯び運転⇒1年以下の懲役又は30万円の罰金。
@アルコ-ル保有量0.25以上の場合は違反点数13点
Aアルコ-ル保有量0..15以上0.25未満の場合は違反点数6点。
この数字で、まだピンとこない人のためには、次のように具体的に述べれば、その処罰強化のものすごさが実感していただけると思います。
@酒酔い運転・酒気帯び運転で検挙されれば、ビ-ル一本ないしは数本が50万円または30万円に大化けする高いビ-ル代となる。
A酒酔い運転で検挙されれば、即免許取消し・2年間免許取得不可。
B酒気帯び呼気1リットル(普通の風船を一杯にふくらませた状態)0.15ミリグラムという体内アルコ-ル保有量は、人によっては、ビ-ル一本以下でも検出される可能性があるということ。0.15以上の酒気帯び運転で検挙されると、即30日の免許停止となる。0.25以上の酒気帯びなら、即免許90日間の停止となる。
最後に、任意保険と飲酒運転との関係について触れておきたいと思います。
いま手元にある保険会社発行の自動車保険約款の「搭乗者傷害条項」第4条1項2号には、搭乗者傷害保険を支払わない場合の一つとして、次のように規定されている。「…道路交通法第65条第1項に定める酒気帯び運転で被保険自動車を運転している場合に、その本人に生じた傷害」
この規定は搭乗者傷害保険だけではなく、人身傷害補償特約・自損事故傷害特約・車両保険にも同様の規定があるから、結局、酒気帯び運転をしたときは、搭乗者保険・人身傷害補償保険・自損事故傷害保険・車両保険の保険金は支払われないことになります。
約款に規定する、上記保険が支払われない「道交法65条1項に定める酒気帯び運転」とは、道交法上処罰される、いわゆる、「酒気帯び運転」だけでなく、アルコ-ルが体内に保有されたすべての運転を意味するという保険会社の見解に従えば、極端な話たとえ少しでもアルコ-ルが入った状態で車を運転し、その事実を保険会社が立証しさえすれば、保険金の支払いを拒絶されることになります。
ちなみに改定前の約款は次のように規定されていました。
「被保険者が…酒に酔って…正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している場合に、その本人について生じた損害」。
この約款の解釈については、冒頭に紹介させていただいた「交通事故法入門」著者弁護士は、
「ここでいう『酒に酔って』とは、道路交通法第117条の2に規定する『酒酔い』運転と同義であるとされている。」(p190)。と述べ、『酒気帯び運転』については保険金は支払われる旨明らかにしている。(同ペ-ジ)。もっとも、保険会社は改定前の約款解釈においても、「酒酔い運転」のみが免責とは認めていませんでしたが…。
しかし、この弁護士の見解については私も賛成です。なぜなら、酒気帯び運転で警察に検挙されたということは、警察が『正常な運転ができた』と認定したからにほかならず、約款のいう「正常な運転ができないおそれがある状態」での運転とはいえないと考えるのが自然な解釈だと考えるからです。
保険会社はこの約款の改定について、「約款の趣旨事態が変わっているものではありません。」と述べているが、これは素直に解釈すれば大幅な改定といわざるを得ないのではないのかな。
従来のいわゆる「酒酔い運転」のみが免責(保険金の支払い拒否)と解釈される余地を多分に残していた約款規定を、「酒気帯び運転」と免責範囲を明確に明示したという点で…。
私の個人的な考えですが、約款規定の「道路交通法第65条第1項に定める酒気帯び運転で被保険自動車を運転している場合」には保険金を支払わないという文言の解釈をめぐっては、利害関係が絡んでくる現実の場面においては、必ず裁判に発展する可能性が高いと見ています。
つまり約款に規定する『酒気帯び運転』とは、
@アルコ-ルを保有したすべての運転を意味するのか(広義の酒気帯び運転)
A政令で定める一定値以上のアルコ-ルを保有した『酒気帯び運転』を意味するのか(狭義の酒気帯び運転)
の争いです。
理由は、酒気帯び運転の立証は保険会社にありますが、@は立証の困難性を伴います。これに対してAは検挙の事実があれば立証が比較的容易という側面がその根底にあるからです。この決着を決めるのは、最終的には裁判所ということになります。
でも、「飲んだら乗るな」。「乗るなら飲むな」。これにつきます。
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