この自転車に乗っていた子供の親は自車の自動車保険に「人身傷害補償特約」を付けていませんでした。
入っていれば、何の問題もなく加入保険会社からケガに対する補償を受け、相手とのわずらわしい交渉をすることもなく済んだ事案でした。

この特約は、車に乗っていなくても
車外での歩行中・自転車搭乗中などの自動車(原付バイク含む)事故による傷害を補償してくれるすぐれもの特約だからです。

A代理店の話によれば、この特約は必ず加入しておかなければならない特約だと確信しているといっていました。いざというとき、大きな経済的損失を受ける特約だからとの理由です。

まず、この事案ですが、
民法上、自分の行為によって他人に何らかの損害を与えるかもしれないという判断ができる能力(責任能力)がなければ、たとえ他人に損害を与えても賠償責任を負わないことになっています(民712条)。

その代わり、この場合には、親権者(両親)など、責任無能力者を監督しなければならない法律上の義務者に過失があれば、これらの監督義務者に賠償責任を問うことができることになっているのです(民714)。


民法712条

自分のしたことの善し悪しを判断する能力のない未成年者が他人に損害を加えた場合は、その損害を賠償しなくてもよい(口語民法-自由国民社以下同)




民法714条                                           @自分のしたことの善し悪しを判断する力のない未成年者や精神上の障害者が不法行為をしても賠償責任はないが、その代わり、親権者や後見人のように、法律上監督する義務のある者がいれば、その者が責任を負わなくてはならない。
ただし、
監督義務者が十分義務を尽くしたのに損害が発生したということを証明したときには、責任を負わなくてもよい。

A幼稚園長・小学校長・精神病院院長などのように、親権者や後見人に代わって監督する義務のある者にも同様の責任がある。



本事案に帰って検討するに、高校1年生の少年には、この責任能力の存在はまず否定できませんね。責任能力はあるということです。

だとするならば、民法714条にもとづいて、少年の両親には損害賠償請求はできなくりますね。
高校1年生の少年自身に不法行為責任を追及しなければならないということになりますが、はたして経済能力のない少年にその賠償責任を求めても現実的解決は図れるのか。
答えは明らかにノ-ということになりますね。

これでは損害を受けた側は救われない。では、どういう理屈をこねて、現実的解決をはかればよいのか。
裁判所は、いろいろ考えたわけです。


裁判所は、こういう論法をとったんですね。
まず、民714条の規定は、
責任無能力者に対する監督不行き届きの責任
については、過失がなかったことを監督義務者自らが証明しなければ免れない旨を明らかにしたものであって、責任無能力者に対する監督不行き届きの場合のみ、監督義務者が責任を追及されるのだという趣旨の規定ではない。

つまり、民714条の反対解釈として、責任能力を有する未成年者の監督義務者には、民709条の一般不法行為責任が成立しないことを明らかにした規定ではない。

だから、監督義務者の過失を被害者側が証明できさえすれば、責任能力者ある未成年者の親権者(両親)自身の監督責任を不法行為責任として追及できる。

最高裁は、次のように判示しています。
「未成年者が責任能力を有する場合であっても、
監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法714条の規定が右解釈の妨げとなるものではない」(昭和49年3月22日)

もっとも、少年の親が、自動車損害賠償保障法(自賠法)3条に規定する「運行供用者」(運行支配権・運行利益有する者。具体例:@加害車の所有者A加害者を運転していた運転者の雇主B加害車を運転していた者<オ-ナ-ドライバ-・無断借用ドライバ->)に該当すれば、文句なしに損害請求が可能となります。
たとえば、オ-トバイを親が買って少年にあてがっていたとか、親も使用しているといった事実があれば、親は「運行供用者」とみなされるということです。

そして、この「運行供用者」に該当すれば、
@自動車の運行に関して過失がなかったことA相手方に、故意・過失があったことB自動車に欠陥がなかったこと、という三つの点すべてを加害者側が証明しない限り責任を免れないことになっていますから、被害者側にとって、この自賠法にもとづく損害賠償請求はメリット大ということになるわけです。

しかし、少年がアルバイトなどしてバイクを買い使用管理しており、親はあずかり知らずというような場合には、親は「運行供用者」には該当せず、この場合には、民法709条にもとづく責任追及しかないということになります。

具体的には、どのような場合に責任能力ある未成年者の親権者たる両親に損害賠償を求めうるのか。
不法行為責任の立証はすべて被害者側にあることになりますから、実務的にはなかなか容易なことではないといえますね。
責任能力有する未成年者の行為により被害にあったのは、両親の監督義務違反によるものであるということを立証できるかどうかにかかっているわけですから、これはどう考えても素人にはちょっと荷が重過ぎるのではないでしょうか。

「弁護士費用等補償特約」
自動車事故で死傷したり、物を壊されたりしたとき、相手方との交渉を弁護士に依頼した場合や、事故の解決が訴訟に及んだ場合に必要となる弁護士費用の実費を被保険者1名につき300万円を限度に補償する特約です。○○海上の場合、
年間保険料1,950円。

せめて、この特約に入っていることを願うばかりです。
この特約は、自動車に乗っていなくても、歩行中や自転車に乗っている場合であっても、自動車事故(原付バイク含む)でありさえすれば、その補償を受けることのできるすぐれもの特約だからです。 

ちなみに、自転車に乗っていた少年のご両親は、現在通販自動車保険に加入中で、加入の理由は保険料の節約ということでした。当然のごとく、この特約にも加入していませんでした。

結局は、弁護士に依頼しての交渉。これしかないとアドバイスをさせていただきました。
契約内容を無視した安さ追及のみの保険は、結局は、いざというときに役に立たない高い買い物になる、ということです。

(平成16・6・29)

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