車の所有権移転時期と他車運転危険補償特約の本質




太郎
まず、車の所有権は、いつの時点でAさんからBさんに移るのかを検討することからはじめましょう。
そこで、花子さんに質問です。いつ所有権はBさんに移るんですか?

花子
改まって聞かれると困るんですが…。やはり正式には、車検証の所有者蘭にBさんの名前が記載されたときではないでしょうか…?

太郎
そうすると、BさんがAさんに車の代金を支払ったとしても、陸運局で所有者変更の手続を取るまでは、依然として所有権はAさんにあるということになり、Aさんがその車を他人に売ったとしてもBさんはなんの文句も言えないということになるのでは…?

花子
あっ、そうか! やっぱり、陸運局まで所有権は移転しないという結論はおかしいということになりますね。

太郎
民法は、所有権の移転時期について大原則となる規定を設けています。民法176条がそれです。
そこには、次のように規定されています。
「物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみに因りて其効力を生ず」。
そして、『口語民法』(自由国民社刊)は、この堅苦しい民法の条文規定を分かりやすい言葉でこう表現し直しています。

「所有権以外の物権を設けること(物権の設定)や物権の持ち主が物権を他人に移すこと(物権の移転)は、当事者の意思表示だけでできる。」
「物権」とは、一定の物を直接支配して利益を受ける排他的権利である、とどの民法解説書も一様に説明がなされており、物権の代表格は、物を全面的に支配することができる権利である所有権ということになりますが、この所有権は、176条の規定により、双方の意思表示が合致した時点(「譲ります-ありがとう。もらいます。」「いくらで売ります-OK!買いましょう」)、つまり譲渡・売買契約が成立した時点で、所有権がAからBに移転するということになるわけです。

花子
所有権はそんなにいとも簡単に移ってしまうんですか。知らぬとはいえ、驚きました。
そうすると、物の売買などでは、代金をもらう前にめったやたらに物を引き渡したら、後でトラブルになる可能性がでてくるのではないのですか…?

太郎
そう思うでしょうが、実際には、トラブルになるケ-スは少ないんです。
なぜかというと、財産的価値の高い物(動産)について売買契約をする多くの場合、購入代金を支払ったときに所有権が移転するなど所有権移転時期について当事者間で特別の約束をする場合が多いからなんです。このような特約を付ければ、その特約の方が176条の一般規定よりも法律的には優先保護されるんです。つまり、176条は、当事者間で所有権の移転時期について特別の約束(特約)をしなかった場合に適用されるんだということなんです。

花子
なるほど。そうすると、今回のような中古車売買業者との間で売買契約が成立し、契約書を作成したが所有権移転時期についての特約を付けなかった場合には、契約書作成の段階で双方の意思の合致(合意)が確認されることになり所有権は業者に移転したことになるんですね。
でも、当事者間で売買契約が成立したとしても、その場にいなかった第三者にはクルマの所有権がAからBに移ったなどということは一切分からないですよね。

太郎
その疑問はもっともなことです。
そこで法律は、不動産の「登記」制度と同じように財産的価値の高い動産についても公示制度を採用したわけです。クルマでいえば、「車検証」登録制度がそれにあたるわけです。そして、車検証の所有者蘭に記載されている人が、そのクルマの所有者だろうと第三者にはいちおう推定されるまでの信用力を与えることにする一方において、当事者間においても、車検証の所有者蘭に変更登録しておかなければ、自分に所有権があるということを事情を知らない第三者には法律的に主張することはできないということにしたわけです。この考え方は、不動産の登記制度とまったく同じです。

花子
当事者間においては、契約書だけで所有権が移転したことを主張することができるが、事情を知らない第三者には車検証に所有者変更登録をしておかなければ、所有権が自分に移ったことを主張できないということなんですね。

太郎
そういうことですね。
特別の約束がなければ、売買契約書を作成した段階で所有権は業者に移転する。このことを前提として、他車運転危険補償特約の問題に移っていくことにしましょう。花子さん。この特約の具体的内容を言ってみてください。

花子
はい。いま手元にある保険会社発行の資料によりますと、この特約の内容は次のように説明されています。
「記名被保険者・配偶者・同居の親族・別居の未婚の子が臨時に他人の自動車を運転する場合に、被保険自動車の契約条件で補償する特約です。他人の自動車の保険に優先して適用することができます。」


太郎
「2005年版・自家用自動車総合保険の解説」(保険毎日新聞社刊)は、次のように解説しています。
『この特約の本旨は、臨時に他の自動車を使用する場合の危険を担保することにあるから、被保険自動車以外に記名被保険者自身、その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が自らの使用に供するために取得し、自由に支配している自動車は、それぞれの負担において保険に付すべきであって、この特約による担保からは当然除外される。
  

したがって、他人名義であっても、常時自らも使用する自動車である場合は、名義のいかんにかかわらず、他の自動車としては扱われない。…「常時使用する自動車」に該当するか否かを決定するに当たっては、使用頻度等によって、画一的に行うべきではなく、その自動車に対する事実上の支配関係、その自動車の持主と被保険自動車の所有者等の関係等も考慮に入れたうえで、個別に判定すべきである。』(213頁)

花子
この解説書によると、売買業者に譲渡して他人所有の自動車になったとしても、車を業者に引き渡すまでは依然としてその車を事実上支配してている状況下にあるから、この特約を行使できる「他の自動車」(他車)に該当しないということですね。

太郎
そう理解して間違いないですね。

花子
そうすると、車両入替え当日までに売買した車を業者に引渡すか、入替え手続きを終えた翌日以降は、業者に引き取りに来てもらうか、あるいは任意保険に加入しているクルマを持っている友人に業者のところにもっていってもらうかなどしなければ、万一の事故には保険的補償がないということになるわけですね。
                                                                                 (平成21年7月24日)