道交法36条4項への問題提起



信号機のない交差点内での、相手側が一時停止をせずに進入したことによる衝突事故。
保険会社は例外なく、貴方にも、道交法36条4項違反(交差点安全進行義務違反)があります、といってきます。

まずは、この条文を見ておくことにしましょう。

@車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、
A当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等…に特に注意し、
Bできる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。

そして、これに違反すれば、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金ということになっています。

事故が起きれば、結果として、すべてこの条文に違反することになるのか。この問題に正面から取り組んだ文献にいまだ出会ったことはありません。
保険会社の考えは、この条文に違反したからこそ事故が起こったのだ、という考え方をとっていると理解してほぼ間違いないと思われます。

しかし、事故は相手があるもの。事故が起こったからといって、すべて結果主義でこの条文を安易に適用していいのだろうか、ということです。


まず、この条文違反には、刑罰が科せられることに注目してください。犯罪と刑罰とに関する法を刑法と呼んでいますが、この道交法36条4項は、その行為じたい反倫理性・反社会性を欠くか、あっても少ない行為が行政上の取締りの必要上から犯罪とされるものを対象とした刑法の一つであり、学問上は行政刑法と呼ばれているものです。

ところで、刑法には、一つの大原則があります。
「罪刑法定主義」。
社会生活におけるどのような行為が犯罪となるのか、またその犯罪となる行為に対してどのような刑罰が科せられるのかということをあらかじめ法律で定めておかなければならないとする、原則のことです。

この原則があることによって、国民は、なにが犯罪であり、なにをすれば刑罰を科せられるのかということをあらかじめ予測して社会生活を送れることになり、時の権力者の気まぐれによっていつ拘束されるかもしれないという不安から逃れることができるというわけです。
現行刑法典も憲法も、この罪刑法定主義については明文の規定は置いていませんが、憲法31条の規定
(何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命もしくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない)等から、この原則が明らかにされているということです。

そして、この原則は、その具体的な内容の一つとしてとして、「明確性の原則」を当然のごとく要請することになるわけです。犯罪と刑罰は法律によって単に規定されているだけでは足りず、明確に規定されていなければならないとする原則です。

これは、考えてみれば当然のことであり、犯罪と刑罰が法律で具体的に規定されていなければ、国民は行動の予測がつかず、権力者側の勝手な解釈によってどうにでもなるという不安がでてくるからです。ですから、あいまい不明確な刑罰法規は罪刑法定主義に反し憲法31条に違反するということになるわけです。

冒頭から、だいぶこむずかしいことを述べてきましたが、最初に返って、道交法36条4項の条文は、どのような行為が犯罪として処罰されるのかはたして明確に規定されているのか、ということです。ここが重要なんです。

この条文は、交差点に進入ないしは交差点内を通行する際には、
「できるだけ安全な速度と方法で進行しなければならない」と規定しています。

この規定ははたして明確な規定といえるかということです。「安全な速度と方法」って、実際の具体的事故の場面において、どのくらいの速度で、どんな方法をいうのか、これは立場の違いによってどうとでも解釈されることになるのではないのか、ということです。

36条4項の規定が抽象的で具体性がない以上、「明確性の原則」の趣旨からいって、この規定を適用する側は、具体的な事実を明示して、安全な速度と方法で進行しなかったということを説明しなければならない義務があるということです。

この義務を怠り、事故が起こったということは、36条4項の規定を守らなかったということだ、と一方的に決めつけてくるのは、明らかにこの「明確性の原則」に反することになると考えるべきです。このことは、道交法70条の「安全運転義務違反」にもそっくり当てはまることです。

ちなみに、この36条4項違反は反則行為であり、警察発行の資料によれば、反則切符作成においては違反態様を明記することを要求し、その具体例の一つとして、「対向右折車に注意しなかった」を挙げています。

以上述べてきたように、保険会社から、道交法36条4項違反を指摘されたときには、具体的な違反態様を明示するよう要求することです。
たまには大上段に構え、小手先だけで動いている事故担当者に対して、具体的違反態様の明示なき36条4項違反指摘は、罪刑法定主義の「明確性の原則」に反しひいては憲法31条の精神に違反する、と堂々とのたまわってあげることです。

理論武装に十分ではない保険会社事故担当者に対しては、いたけ高にどなるよりも理論で打破していく方法がもっとも効果があり、それが結果として、事故担当者の質を高めていくことにもなるのですから…。

もっとも、最近は、理論で行き詰ってくるとすぐ弁護士委任というケ-スが増えてきていますが、それに対応するには「弁護士費用特約」です。年間保険料わずか2,000円弱。いまでは、必要不可欠の特約です。
(平成18年5月20日)