ずさんな実況見分調書


Aさんは、検察庁から取り寄せた「実況見分調書」をみて自分の目を疑いました。あろうことか、衝突場所が全く違っていたからです。

この事故はある冬の夜起きました。

Aさんの自宅近くの裏通り、信号機のない交差点を直進しようとした際、左方交差道路から、一時停止を無視して交差点内に進入してきた相手車との衝突を避ける為に、とっさにハンドルを右に切り反対車線側の空き地に飛び込んだところ、相手車も空き地に飛び込んできて、Aさんの車の左側面に激突、Aさんは腰を強打し直ちに救急車で病院に搬送されるという人身事故となったわけです。

その後、相手保険会社との交渉に入り、10:90の過失割合を提示されましたが、Aさんはこれを拒否し100ゼロを主張したために交渉は長引くことになったわけです。
そこで、Aさんはこれを打開するために、検察庁から実況見分調書を取り寄せた結果、衝突場所は、空き地内ではなく交差点内になっていたというわけです。

なぜこんなことになってしまったのか。Aさんは、実況見分調書を作成した警察官に抗議したところ、その警察官は、「相手側が立ち会って実施した見分であり問題はない」の一点張りで、自ら作成した調書のずさんさを認め謝罪する態度は微塵も認められなかったために、県警本部に抗議の文書を送ったところ、突然警察署から連絡が入り、調書作成の警察官ともう一人の警察官が立ち会って再度実況見分を実施することになり、Aさんの言い分に基づく調書が作成されたというわけです。

この事実には、多くの問題点が散在しているわけですが、もっとも重要な点は、事故現場取り扱い警察官に、
現場を通しての事故事実の究明という、最も根源的な認識が欠けているのではないかということです。
多発する事故処理のために、たんなる流れ作業の中の一つくらいの位置づけでなされたのではないか、そう推測されても仕方のない実況見分調書だったわけです。

そもそも、
「実況見分」って何なの。
小難しい言葉を使って説明すれば、「捜査機関が、五官(視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚)の作用によって、犯罪現場その他犯罪に関係のある場所、身体または物についての存在及び状態を実験・認識して犯罪事実を調べる任意の捜査方法」であり、その結果を記録した書面が「実況見分調書」というわけです。
ちなみに、この捜査方法を、裁判官の発する令状に基づいて強制的に行えば「検証」ということになるわけです。

犯罪捜査規範(国家公安委員会規則)第104条は、実況見分について、つぎのように規定しています。

@犯罪の現場その他の場所、身体または物について事実発見のため必要があるときは、実況見分を行わなければならない。

A実況見分は、居住者、管理者その他関係者の立会いを得て行い、その結果を実況見分調書に正確に記載しておかなければならない。

B実況見分調書には、できる限り、図面および写真を添付しなければならない


これらの規定から考えて、上記の警察官は、メクラの捜査をしたわけであり、事故現場の衝突による散乱物を認識すれば、衝突場所はどの地点か容易に認定できたはず、でもそれをしなかった。交差点での事故の衝突地点は交差点内という事前の思い込みがそうさせたということです。「事実発見」には程遠いずさんな捜査だったというわけです。
このずさんな捜査結果によって、事故当事者の一方が民事の面において不利益を被ることになる。これは、やはり問題があるということです。

事故担当専門職としての仕事ができない警察官の実態。このことを鋭く指摘しているのが、交通事故鑑定人である、駒沢幹也氏です。かれは、つぎのように述べています。

「…今の警察の交通事故捜査は、情けないほどいい加減です。たとえば、スリップ痕には種類があり、そこから車の動きが分かるということを、どのくらいの数の警察官が知っているのでしょうか。…実況見分のときに撮影する事故現場の証拠写真も、…本来『キズをよむこと』を目的として撮影しなければならないのに、それがまったく徹底されていません。

交通事故というものは、れっきとした物理現象なのに、彼らはそれを物理現象として解析する方法をほとんど教わっていないからです。…少しでもいい、物理現象の解析には何が大切で、残された証拠のどこに目を付けて調べればよいのかという知識をつかんでいれば、事故捜査や実況見分調書のまとめ方は、まったく変わると思います。

実際に、
今の実況見分調書というのは、ほとんど当事者の言葉によって作られています。たしかに現場見取り図には、スリップ痕や車の停止位置、落下物など、客観的な情報も入っていますが、事故の直前に時速何キロで走っていて、どの地点で相手を発見したとか、どの地点でブレ-キをかけたとか、どのあたりでぶつかったか、といった情報は、すべて当事者が記憶に基づいて話していることにすぎません。事故を経験したことがある人なら、おそらく分かるはずです。本当は事故の瞬間のことなどほとんど分からないのに、警察官に質問されるまま、細かい数字まで答えざるをえないという状況を。」(宝島社刊、ザ・交通事故。「衝突事故 実況見分調書を疑え!」より)



なお、余談になりますが、事故の相手方(加害者)は、事故直後に被害者側に述べた事故状況を後日保険会社を通じてほとんど例外なく覆す傾向にあります。少しでも、自己に有利にという自己防衛の心理が働くためでしょうか。

そのために備えるため、ぜひ隠し録音しておくことをお勧めします。
多くの保険会社は、契約者側の一方的な事故状況を全面的に押し出してきて交渉に臨んできます。
車両保険金支払いの際には、激しく追及してくる
損傷痕跡と契約者の説明する事故状況との整合性。
過失割合交渉においては、なぜかこの整合性をどこかにおいてきて、契約者側の自己に有利な一方的な言い分を全面に押し出しての交渉傾向が強いんですね。

多くの事故において、被害者側が憤慨するのは、正しい事故事実に基づく互いの過失割合認定がなされないからなのです。
「加害者は自己防衛本能によりウソをつく傾向が強い」。このためには、録音がもっとも効果があると私は思っています。ぜひ、車内に一台備え付けておいてください。
いい忘れていました、カメラもです。できれば、チョ-クも1本。

最後に、上記駒沢氏のつぎの言葉を記しておきます。

「警察が、公平・公正に事実を見極め、処置してくれるはずだというような他力依存は、ほとんどの場合に必ずといってよいほど、後日に悔いを残します。警察は遺族にさえ、どんな事故だったのか、相手はどう説明したのかということすら教えてくれません。『警察は警察、自分は自分』と割り切り、万が一の場合に備え、自力で対抗できる手段を必ず確保しておかなければなりません」(上掲本18頁) (平成18年5月4日)