弁護士法72条と非弁行為について




太郎さんのレポ-ト


自動車保険約款・賠償責任条項は、保険会社が被保険者に代わって相手当事者と示談交渉を行う場合の要件をつぎのように規定している。
@被保険者(保険の補償を受けることができる人)が、対人事故・対物事故において事故相手から損害賠償請求を受けたこと
A被保険者が、保険会社の示談代行に同意していること

保険会社がこの示談代行サ-ビス付保険をまず人身事故について導入したのは、昭和49年3月に発売された家庭用自動車保険においてであったが、この制度導入に先立ち、日本弁護士連合会(日弁連)から、対人事故示談交渉サ-ビス付保険の発売は弁護士法72条に抵触するおそれがあるとの問題が提起された。

日弁連から保険会社に提出された「意見書」の内容はつぎの通りである。以下は、(株)保険毎日新聞社刊・「2005年版 自家用自動車総合保険の解説」からの引用である(以下「解説書」と呼称する)。

「弁護士法第72条は、弁護士以外の者が『報酬を得る目的で』、『業として』、『他人の』、『法律事務』を取り扱うことを禁止している。保険会社の示談代行の対象が「法律事務」であること、およびこれが『業として』行われることは明白である。したがって、問題は、『報酬を得る目的』と事務の『他人性』である。

『報酬を得る目的』については、約款では、保険会社の費用において行う旨を明記し、保険料以外には、費用、手数料、報酬等の支払いをいっさい受けないこととされているが、新保険としてこれを発売する以上、示談代行による利得の目的の存在を否定しえない。

次に事務の『他人性』については、保険会社は、被保険者の負担する損害賠償責任の額をてん補する関係にあり、示談内容について重大な利害関係を持つことは認めるが、それはあくまでも経済的な利害関係にすぎず、被害者と被保険者の法律関係を、当然には被害者と保険会社の法律関係とみることはできない。

以上の理由により、保険会社の示談代行は、弁護士法第72条に抵触する疑いが強い。

保険会社は、上記日弁連意見書に対して、昭和46年7月14日の最高裁大法廷判決(刑集25巻5号690頁)の趣旨を踏まえて次のような反論を行った。すなわち、「他人の法律事務」に「みだりに介入すること」になるか否か、つまり、実質的にみて社会に害悪をもたらすような行為か否かが弁護士法第72条違反の判断基準となるべきであって、形式的に同条に該当する行為のすべてが違法とされるわけではない。保険会社の行う示談代行はこの判断基準からみて非弁活動には該当せず適法行為である。」(解説書20頁〜21頁)



ちなみに、昭和46年の最高裁大法廷判決文の内容は、つぎのようなものである。
「ところで、同条(筆者注:弁護士法72条)制定の趣旨について考えると、弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行うことをその職務とするものであって、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。しかし、右のような弊害の防止のためには、私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであって、同条は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもって目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。このような立法趣旨に徹すると、同条本文は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として、同条本文所定の法律事務を取り扱いまたはこれらの周旋をすることを禁止する規定であると解するのが相当である。」

72条の立法趣旨について判示したこの判決文を読む限り、弁護士法72条違反となる非弁行為かどうかということは、みだりに他人の法律事件に介入することを業とする行為であったかどうかによって判断ざれることになるということです。

問題は、最高裁のいう「みだりに他人の法律事件に介入することを業とする行為」とはいかなる行為を意味するのかということである。判決文が、このような行為を放置すると当事者らの利益をそこね、結果として社会全体の利益を害することになるからであるとしていることから考えて、弁護士法72条は、当事者とは本来まったく関係のない第三者がみずからの利益追及のために無原則に介入してくる行為を排除したいという趣旨であると解すべきである。

であるならば、保険会社の反論は正当なものであったと思われる。
つまり、上記最高裁の判示内容からして、教えて!gooの一回答者も述べているように、「他人の法律事件」に「みだりに介入すること」なるのか否か、つまり実質的に見て社会に害悪をもたらすような行為か否かが弁護士法第72条違反の判断基準となるべきであって、形式的に同条に該当する行為が全て違法とされる訳ではなく、保険会社の行う示談交渉は、この判断基準からみて非弁行動には該当せず適法行為であるとする保険会社の見解は正しかったのではないのか。

しかしながら、保険会社は日弁連との全面的な対立関係の道を選ばず、妥協への道を選択したのである。
このとき、保険会社が日弁連に徹底抗戦して裁判所の判断を仰いでいれば、今日まで果てることなく綿々と続いている非弁行為の問題もすっきりと片がついていたわけである。

上掲「解説書」は次のように記している。

「日弁連と保険会社は、家庭用自動車保険における示談代行と弁護士法第72条との関係について協議を重ね、意見の調整をはかった。
その結果、被害者救済および弁護士法第72条の解釈をめぐる将来の紛争を回避するために、次の措置を講ずることで両者の意見調整が図られ、家庭用自動車保険における対人示談代行制度の合法性が確認されるにいたった。

(イ)保険会社の社員による示談代行
示談代行は社員が行うものとの枠組みをつくり、事務の「他人性」を払拭することとした。

(ロ)被害者直接請求権の導入
…特段の支障がない限り、原則として被害者が直接請求権を行使できるものとして、被害者救済の途を開くとともに、これによって、保険会社の当事者性を強く打ち出すこととした。

(ハ)省略

(ニ)「交通事故裁定委員会」の設立
…被害者(または被保険者)に不満が生じた場合に備えて、中立かつ独立の第三者機関である「交通事故裁定委員会」を設立することとした(昭和49年2月27日発足)。
この裁定委員会は、学識経験者および弁護士により構成され、被害者等の正当な利益の保護に資することを目的として、自動車保険に関し、保険会社、被保険者および自動車事故の被害者のうち二者以上を当事者とする民事紛争について、無料で和解の斡旋を行うこととしている。
裁定委員会はその後昭和53年3月に「財団法人 交通事故紛争処理センタ-」に改組され、現在では、高等裁判書が所在する8都市(東京、札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、高松、福岡)および金沢とさいたまに設置されている。

(ホ)省略
(以上解説書20頁)


この解説書は、日弁連と保険会社との間で、保険会社が上記の措置を講ずる条件で「家庭用自動車保険における対人示談代行制度の合法性が確認されるにいたった。」と述べているが、そもそも、日弁連・保険会社(財団法人日本損害保険協会)ともに一民間団体にすぎないもの同士が、国の制定した法律というものを勝手に合法と解釈する権限はないのであって、合法性の確認は、あくまでも司直の手によってのみなされるわけである。したがって、ここにいう「合法性の確認」とは、せいぜい、日弁連が保険会社の示談代行行為に対して告発をしないという取り決めを両者間で確認したというにすぎない。

以上のように、対人賠償における保険会社の示談代行については、弁護士法72条の法文解釈における法的決着をつけずあいまいにしたままの玉虫色的な妥協が両者間でなされ、その結果、以下に述べる対物賠償における保険会社の示談代行問題に尾を引くことになるのである。


対物事故の示談代行について、上記解説書は以下のように記述している。

「(1)保険会社が対人事故に加えて対物事故についても示談代行を行うという内容を有する『自家用自動車総合保険』の本格的な商品開発は昭和56年1月から開始されたが、、家庭用自動車保険発売当時の経緯に鑑み、約款等の骨格がほぼ固まった段階で、本商品の発売計画を日弁連に正式に伝え、対物事故の示談代行制度を本商品に織り込むことについて日弁連の了承を求めた。

対人事故の示談代行については、…すでに家庭用自動車保険創設時において、保険会社と日弁連との合意ができていたが、保険会社の社員が行う対人事故示談代行とは異なり、対物事故示談代行に関しては、その業務内容からみて、これを保険会社とは別法人に雇用される調査主任(以下『アジャスタ-』という)が行うことが適当であるとする保険会社の考え方に対し、日弁連は、第三者であるアジャスタ-が示談代行を行うことは非弁活動にあたるとして、保険会社に自家用自動車総合保険の発売の延期を申し入れるとともに、昭和56年6月8日には大蔵省(筆者注:現金融庁)に対しても本保険の商品認可をしないよう要望書を提出するにいたった。自家用自動車総合保険の早期発売を目指していた保険会社としては、この間も日弁連との折衝を続けたが、話し合いは平行線をたどったままであった。」(21頁)。

なお、対物事故の示談代行は、アジャスタ-が適当であるとした保険会社の考え方は、

@年間150万件も発生している対物事故の実態からみて、これを弁護士・保険会社社員が関与して迅速に示談代行処理することは不可能。
A対物賠償事故における示談代行の中心となるものは、相手方の自動車損害額の算定と過失割合の認定であるが、だとするならば、自動車の構造等に関する専門的知識・技術的知識の専門家であるアジャスタ-に任せることが合理的…等をその理由として挙げている(解説書21頁)。

そして、保険会社は依然として難色を示す日弁連に対して、
「アジャスタ-による対物事故の対物事故の示談代行を認めないとすれば、一般の国民には、専門家による迅速、適切な紛争解決の道が事実上閉ざされる結果となり、合理性にかける」(解説書22頁)という、国民の基本的人権用擁護を最大の目的として掲げる日弁連のもっとも弱い点を好みにつきながら、その妥協点を図るべく努力を重ねた結果、アジャスタ-による対物示談代行が弁護士法に抵触しないようにするためには、どのような技術的方法をもちいたらよいのかという、両者妥協への道を探る方向に進んでいくことになった(同解説書)。

そして、以上のような経緯を経て、
「日弁連は昭和57年7げつ17日の理事会において、理事会内小委員会が作成した『対物賠償保険の事故処理に関する協定書(案)』にしたがう限り、アジャスタ-による対物事故の示談代行は合法である旨承認するにいたった。

この結論に基づき、昭和57年7月26日には、本協定書が正式に調印された。協定書は、その第1条において『保険会社は、弁護士に対して、対物賠償事故処理(以下事故処理という)を委任し、かつ、弁護士の下に、これを補助するため、必要な員数(弁護士1名につき、10名以内とする。但し、東京、横浜、名古屋、大阪については、各7名とする。)の物損事故調査員を配置する。』との枠組みを設けるとともに、第2条において対物事故の示談代行に対するアジャスタ-の関与の仕方を明確にしている。すなわち、『物損事故調査員は、弁護士の指示に従って、下記の事故処理の補助を行う。
 (1)事故の原因、態様および事故による損害額の調査その他弁護士が指示した事項
 (2)事故の相手方に対する示談案の提示

2.物損事故調査員は、前項の行為につき、そのつど経過を弁護士に報告しなければならない。

3.物損事故調査員は、第1項の行為の経過および結果を記載した文書を作成し、弁護士がこれに署(記)名・押印する。」

また、第3条において『事故処理については、すべて示談書(免責証書を含む)を作成することとし、弁護士はこれに署(記)名・押印する。』と規定している」(解説書22頁)。

「このように、保険会社と日弁連とは、保険会社が対物事故示談代行を弁護士に委任することによって非弁性を回避するとともに、弁護士が現実の示談代行を行うにあたっては、対物事故処理に精通している対物事故調査員(アジャスタ-)を補助者として利用するという形式をとることによって、弁護士法上の問題を現実的に解決したわけである。」(同22頁)。

「…なお、自家用自動車総合保険で対物事故示談代行を導入するに当たっては、家庭用自動車保険の対人示談代行制度導入時に中立かつ独立の第三者機関である『交通事故裁定委員会』を発足させたのと同じ趣旨から、財団法人交通事故処理センタ-または財団法人日弁連交通事故相談センタ-に対し対物事故に係る示談斡旋の申し出でを行うことができるようにしている。
また、自家用自動車総合保険においては対人事故と同様、対物事故についても、被害者直接請求権を導入したが、これによって、被害者救済の一層の前進にも寄与することが期待されている。」(同23頁)。

引用がだいぶ長くなりましたが、以上がこの解説書の記述のすべてです。
この資料は、ある意味においては、業界関係者の一部しか知り得ない日弁連と保険会社との示談代行をめぐってのこれまでの経緯を記した文献として価値の高いものと評価しうるといえます。
契約者側はもちろんのこと、ほとんどの代理店すらも知りえなかった業界情報といえるからです。

対人賠償示談代行において明確に黒白の決着をつけなかったつけが、対物示談代行においても尾を引いたことになったわけですが、はっきりといえることは、ともに公共全体の利益ではなく特定の利益確保を目指す民間団体同士である日弁連と保険会社とが互いの利害関係の調整を図った結果の妥協的産物が、対人代行であり対物代行であるということです。

そして、ここが重要なことなのですが、今日現時点においても、弁護士法72条違反となる非弁行為の法解釈はあいまいなままに放置されているにもかかわらず、「非弁行為」という言葉だけが勝手に一人歩きをしているという事実です。

国会の制定した弁護士法という法律を勝手に合法かいなかということを判断する権限は、民間団体である両者は互いに持ち合わせしていないわけで、これをさしおいて、日弁連という団体から合法というお墨付きをもらわなければならない法的必要性は、保険会社にはどこを探してもその合理的理由は見出しえないわけです。国の制定した法律は、あくまでも法解釈によって厳格にその意味内容が明らかにされるのであって、最終的な条文解釈は裁判所によってなされるのが法治国家の本来の姿なのです。

素直に、上記解説書の対物代行が両者間の合意において弁護士法に抵触することなく合法性を認定するにいたったとする経緯記述を読む限り、日弁連という巨大な弁護士集団組織が、あたかも自らが制定した弁護士法という法律を自らの都合の良い方向に勝手に解釈したという印象がぬぐえないわけですが、
そもそも弁護士法72条は「親告罪」(被害者その他一定の者の告訴・告発等がなければ起訴することができない犯罪)ではなく、捜査機関独自の判断で捜査に着手起訴できる犯罪であることを考えたとき、前述した通り、日弁連の合法性認定はせいぜい日弁連が捜査機関に保険会社の示談代行行為を弁護士法違反として告発しないというレベルの問題にすぎないということをはっきりと認識しなければならないわけです。

弁護士法の私有化。弁護士法72条はそもそも弁護士という特定職業集団の権益を擁護するために制定されたものではないはずです。究極的には、すべての法に共通する国民の基本的人権擁護に貢献・寄与するためのものであるはずです。

この点につき、「司法の病巣 弁護士法72条を切る」といういささか挑戦的なタイトル本を発表された「河野順一氏」(社会保険労務士・行政書士等多彩な職業を持つ)は、そのタイトル著書(共栄書房刊)のなかで次のように述べて、72条の問題点を鋭く追及している。

「弁護士法第72条によって非弁護士の訴訟代理等が禁止されているのは、国民を保護するためであった。当時は(筆者注:昭和24年)一般国民が訴訟に関与することも現代ほど多くはなかったし、実際に事件屋の暗躍が深刻な問題でもあったため、代理人選任の利便性よりも代理人規制による国民の保護が優先されたことは当然であろう。
しかしながら、同条の歴史的役割が終わった現在となっては、むしろ国民の利便性を犠牲にして弁護士の既得権益を保護する形になってしまっている。」(同書163頁)。

また、西田研志弁護士も、ご自身のホ-ムぺ-ジの中で次のように述べている。
「本条(筆者注:72条)は、弁護士の法律業務の独占を定めるものですが、全く実情に合っていません。この独占的既得権にあぐらをかいて、弁護士は国民のニ-ズに合った業務の革新を怠ってきたのです。」。


いま正直に言って、保険会社とは別法人組織に所属するアジャスタ-がいかなる形態の物損事故にかかわっているのか、社内内部規定を入手していないためにその詳細についてはまったく分かりません。
通常の物損事故については、保険会社社員である女性担当者(大手保険会社の場合)が担当しているケ-スが多く、アジャスタ-が関与する物損事故についてはあまり出会わないというのが実感だからです。推測するに、過失割合でもめる等窓口担当者では手に負えなくなった特定の物損事故に関してアジャスタ-が出てくるのではないかと思われます。

いずれにしても、アジャスタ-関与の物損事故に関しては、弁護士の監督の下に示談代行が行われ、最終的には弁護士が署(記)名・押印するという形をとっている以上、保険会社の顧問となっている弁護士は、無報酬で署(記)名・押印しているわけはなく、その見返りを保険会社から受け取っていることは間違いのない事実であるということです。

どういう取り決めのもとにいかなる報酬が支払われているのか、知る余地とてありません。この問題についてそれとなくある社員に探りを入れたところ、一件の示談につきいくら支払うという形態はとっていないが、その詳細は企業秘密であり、しいてたとえていうならば、社員の給料がいくらかということを外部に公表しないことと同一レベルにあるのではないかという答えが返ってきました。

現実に保険料を支払っている契約者側がこの実態を知る権利はないのか、現時点では私にも判断がつきかねますが、すくなくとも、情報が入手できない以上、その是非・妥当性についての判断・論評自体ができないということは紛れもない事実であるということをここでは指摘するにとどめておきたいと思います。
    



花子
:太郎さん、大変ご苦労様でした。
非常に興味のある問題で、代理店である私も、示談代行についての保険会社と日弁連との交渉経緯の詳細について、はじめて知ることができました。
ところで、この資料を提供した(株)保険毎日新聞社の「自家用自動車総合保険の解説」という出版物の筆者はどのような人物なのですか。


太郎
:この点について、執筆者を明らかにしていない保険毎日新聞社に問い合わせをしたところ、この本を執筆した人間は当然に保険業界に関与する人物であるが、具体的には答えることはできない。その記述内容についてはすべて当社の責任のもとに発行しているという回答が返ってきました。


花子
:保険会社発行の資料を見ると、「お客様に賠償責任のないケ-スにつきましては、保険会社や代理店・扱者の皆様が相手方と示談交渉することは弁護士法により禁じられています。」と述べていますが、かたくなに日弁連との協定を守っているということでしょうか。


太郎
:もともと保険会社にとって、契約者側が賠償義務の存在を認めない事故については、保険金支払いの必要がないために相手との交渉余地はないわけですが、契約者へのサ-ビスという見地から、事故相手と交渉することは日弁連との協定外の示談代行ということになり、弁護士法72条違反の非弁行為になるという見解をとっているわけですね。


花子
:でも、ある大手保険会社は、事故で相手とトラブルになったとき、代理店や保険会社の専門スタッフが、お客様のご要望により弁護士と共にお客さまをバックアップするという「もらい事故アシスト」なる特約を新たに設けた保険を販売していますが、この特約に基づいて、会社事故担当者が事故相手と接触するのは非弁行為とはならないのでしょうか。


太郎
:この場合、代理店やスタッフが事故相手方と接触するのは、事故の事実関係や相手方の過失認識等を確認するだけの作業だけで示談代行をするわけではないので弁護士法違反とはならないという見解だと思われます。しかし、初期段階で無過失主張契約者に代わって相手と接触する行為は、示談代行行為の一部と評価される可能性があり、無過失主張の契約者に代わっての示談交渉は弁護士法違反となると自らが肯定した見解に矛盾することになるのではないかという批判は絶えずつきまとってくるものといわざるをえないと思われます。


花子
:そうすると、弁護士法72条の問題は、いまだに決着のついていない古くて新しい問題であるということがいえそうですね。


太郎
:そうですね。昭和49年3月に表面化した対人事故の示談代行が非弁行為に該当するかどうかという法的問題に司法的決着をつけなかったツケがいまだに尾を引いているということです。


花子
:太郎さんご自身は、この72条の問題点はどこにあるとお考えですか。


太郎
:そうですね。私が思うところ、別のところでもすでに述べましたが、弁護士法72条の条文解釈が徹底して行われておらず、たぶんに情緒的な分析しかなされておらず、非弁行為自体が独り歩きしているという印象がぬぐえないわけです。

たとえば、代理店の中にも、何の疑問も示すことなく、あたかも既定事実であるかのように、代理店の代理行為は弁護士法違反であると断定する方をよく見受けますが、その主張根拠についてはなにひとつ持ち合わせていないという方が圧倒的に多いわけです。まさしく非弁行為の独り歩きです。独り歩きしている非弁行為をみて既成事実と錯覚してしまうのではないでしょうか。


花子
:なるほど。同じ代理店でも、自らの理論構成に基づいてこの非弁行為の問題を具体的に表明している方はいるのでしょうか。同じ仲間としてぜひ知りたいものです。


太郎
:正直言って、そのような代理店はあまりいないと思われます。
ネット上で見つけた代理店の非弁行為に関する見解を述べたHP(サイト名「ファクトファインダ-」)を、ここでご紹介してみることにしましょう。

まず、このサイトは、

「私に過失がない事故で、保険会社が動いてくれないので代理店に相談してみたところ、代わりに示談交渉をしてくれると言ってくれました。私よりも法律にも明るいし、その方が私は助かるのですが、任せてしまっても問題はないでしょうか。」
という問題設定をした後、つぎのように解説しています(以下原文のまま引用)。


「保険会社が動いてくれないとなると、頼みの綱は代理店ということになりますね。契約者として、これは当然の選択でしょう。しかし、問題が全くないかというと、実はそうでもないので代理店としても対応はケース・バイ・ケース。
 
様々な事情で代理店が契約者に代わって示談交渉を代行することが俄かに行われているようですが、本来は好ましいことではありません。その最大の理由(あくまで建前)としては、社団法人日本損害保険協会の会員会社となっている損保会社に属する代理店は、同協会と日弁連(日本弁護士連合会)との間で取り交わされた協定により、示談交渉を代行してはならないとされているからです。これは法律のように強制力はありませんが、弁護士が行う法律事務の範囲と明確にすみわける目的があります。

もうひとつは弁護士法との兼ね合いがあります。具体的には弁護士法72条および73条に規定する弁護士以外の者が行う法律事務(非弁行為)の禁止に抵触する可能性が高いことが挙げられます。

それはそうと、一般に「非弁行為」という言葉が独り歩きしてしまって、どうやら保険代理店の間でも「非弁行為はいけない=代理店が示談交渉を代行してはいけない」と呪文のように唱えている人がいますが、これについてはちょっと待ってください。話を整理する必要があります。

もともとは示談屋とか整理屋といわれる、無資格(弁護士資格を持たない)でありながら依頼者から金品を取って第三者の争いに介入する輩の存在が大きな問題なので、こやつらを取り締まることを意図して引き合いに出されるのが弁護士法72条、73条というわけです。「非弁行為」という言葉は、何も利害関係人に関わる人、または正当な理由があって関わっている人の委任関係を無闇に牽制するために生まれた言葉ではありません。かといって、代理店が契約者に代わって示談交渉を行うことが認められているということでもないのです。

非常にややこしいのですが、少し私の考えなども交えながら説明しましょう。とりあえず、問題となる弁護士法72条、73条との関係を見ていきます。

■弁護士法72条との関係

弁護士法72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)では、弁護士でない者が報酬を得る目的で示談交渉に介入したり、法律事務を行うことを禁じています。この報酬に関する部分を違法性の争点とすれば、代理店が保険募集によって得ている手数料は本来「報酬」にはあたらないのですが、同法が弁護士業務の独占保護を趣旨とすることに鑑みれば、代理店が法律事件の解決のために行おうとする業務は付加価値的事務にとどまらず、契約関係をより強固にして保険募集を有利することから、代理店手数料の増収に貢献することを強く期待できると解釈されます。

これは、報酬を得る目的がなくても手数料収入の増加に反映させる業務として反復性または継続性が認められれば、代理店手数料に法律事務を遂行するだけの十分な原資が含まれていることを推定させるもので、弁護士法72条に言う報酬を得る目的に抵触すると考えられます。簡単に言ってしまえば、「うちは示談交渉まで面倒見ますよ」といって募集しようものなら、報酬を得る目的があると見なされて法に抵触することになる、とでもいいましょうか。

この「抵触」の定義も実は難しいのですが、一般に我々の感覚で捉えれば「程度の問題」のことで、度を越した(行き過ぎた)行為だと思って大体間違いありません。示談屋や整理屋に対してはズバリ「違法」という言葉が出てきますから、この辺のニュアンスの違いはお分かりいただけるでしょうか?

<弁護士法72条要旨(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)>

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(中間省略)


■まとめ

契約者としては代理店が一手に引き受けて事件解決となれば大満足です。それでも、法律にはいろいろと厄介な規定がありますから、くれぐれも道理を欠いたごり押しで善意の代理店を法令違反者に仕立て上げるようなことだけは避けましょうね。何事も、代理店の説明には耳を傾けて、問題の解決策や連携方法については綿密に打ち合わせましょう。それが契約者の取るべき正しい行動だと思います。
」 http://wwbb.seesaa.net/article/11876181.html#more


花子
:なるほど…。なかなか説得力のある論理構成ですね。


太郎
:ネット上で検索する限り、この非弁行為の問題について、論理的に自らの意見表明をしている弁護士・司法書士・行政書士が見当たらない状況下で、この問題について自らの考えを明確に表明している点で評価できると思います。保険代理店であるこのHPの作成者は、日ごろの活動においてもきっと自らの信念に基づくお仕事をきっちりとなさっている方だと思います。ただ…。


花子
:ただ…、なんでしょうか。


太郎
:このHPの説明でも依然としてすっきりしない不完全燃焼感が拭い去れないのは、昭和46年に最高裁が判示した弁護士法72条の立法趣旨を踏まえた上での72条の条文解釈そのものがなされていないからではないのか、どうもそんな気がしてなりません。


花子
:それは、どういうことでしょうか…?


太郎
:すでに、ほけん村HPA-11で詳しく述べておきましたが、もう一度要約すれば次の通りです。
@弁護士法72条は、構成要件(犯罪定型)上、代理行為(実行行為)の際に「報酬を得る目的」が必要とされる目的犯である。したがって、報酬を得る目的がなければ72条違反は成立しない。
A目的犯である以上、代理行為の際にこの目的が行為者に存在しなければ、その行為は違法行為とはならない。報酬を得る目的は、あくまでも実行行為である代理行為の際に必要なのであって、報酬を得る目的の存在を無秩序に際限なく広げていくことは、罪刑法定主義に反することになるのではないか。
B最高裁の判示した立法趣旨から判断して、代理店が自らの契約者のために無報酬の代理行為として相手方と交渉するのは、可罰的違法性を欠くためにそもそも72条の構成要件(犯罪定型)そのものに該当しない適法行為ではないのか。

ちょっと、法律専門用語の羅列になってしまいましたが、このような法解釈上の基本的重要問題にふれた文献が存在しないという摩訶不思議、これが72条問題の実態なのです。


花子
:なるほど…。
ても、太郎さん。現在では年間保険料2千円弱という驚くほど安い保険料で「弁護士費用特約」をつけることができるようになったので、この問題はそんなに表面化してくることはないと思うんですが。


太郎
:確かにこの特約の存在は大きいと思います。
ただ、いまの現状では、弁護士という存在は一般ドライバ-にとってまだまだ身近な存在とはいえません。そういう意味で、交渉及び訴訟能力のあるしっかりとした弁護士を探し出すということはそんなに容易なことではないわけです。この意味で、契約者のためにイニシアチブを取り能力のある弁護士探しのアドバイスができる代理店の存在はいままで以上に重要となってくるはずです。
弁護士に依頼する段階まで、つまり、弁護士依頼案件かどうかの見極めをする必要上、契約者に代わって事故相手方と交渉するというステップはどうしても不可欠ということになり、この意味において、代理店の無報酬代理行為に関しての非弁行為の問題は依然として存在するということができると思います。


花子
:太郎さんがいつも言っているように、この特約の出現で、経済上の不安が払拭され、弁護士その者を契約者側が自由に取捨選択できるという状況変化がおきたという点で、画期的な特約ということができるわけですね。


太郎
:そうですね。従来、弁護士と依頼者とはいろんな意味で対等な関係にはなかったといっていいでしょう。依頼者を見下ろすような人間関係のもと、依頼者はひたすらお願いしてその上決して安くない依頼料を支払わなければならないという図式が成り立っていたといっても過言ではないでしょう。

でもこれからは大きく状況が変わってくるのです。弁護士相談料10万円。さらに弁護士依頼料300万円。すべて保険でまかなえる経済的状況下のもと、依頼者側は経済的不安がない状態で、精神的に弁護士と対等な立場で依頼交渉を行うことができるようになったということです。いやなら自らと波長の合う弁護士を探せばいいだけの話ですからね。依頼者が主導権を握った弁護士探し。これが可能となった点で画期的なわけです。


花子
:本日はありがとうございました (平成18年7月9日)