交通事故に正当防衛・緊急避難は成立するのか。



この問題について触れた文献は見たことがないですね。不思議なくらいに…。

「通常であれば不法行為を構成するような行為でありながら、特別の事情があるために不法行為が成立しないとされる場合」(内田貴・民法U372頁)にあたるのが、この正当防衛・緊急避難なわけです。

あまり法律に縁のない方でも、この正当防衛・緊急避難という言葉自体はたいていの人が聞き知っていると思います。
この正当防衛・緊急避難はどちらかといえば、刑事責任の分野で登場してくる場合が多いのですが、民事責任の分野でも登場してくるわけです。
刑事責任の分野で、正当防衛・緊急避難が認められれば犯罪が不成立となり、反社会的行為ではないということになります。民事責任の分野でこれが認められれば不法行為とはならない適法行為ということになり損害賠償責任はないということになるわけです。


まず、正当防衛の条文から見ていくことにしましょう。民法720条1項です。
@他人の不法行為に対し
A自己又は第三者の権利を防衛するため
B已むことを得ずして加害行為を為したる者は損害賠償の責に任ぜず

この条文規定から明らかになることは、刑法の正当防衛要件と大きく異なる点があるということです。
正当防衛のために加害行為を加える相手方は、刑法においてはあくまでも加害者だけであるのに対して、民法の正当防衛は、加害者だけに限られず第三者に対する加害行為も認められるということです。

片側一車線の道路を進行中、いきなり反対車線から加害車両が飛び込んできたので、これとの衝突を避けるために、道路沿いの民家に飛び込みその家を損壊した。刑法では緊急避難ということになりますが、民法では正当防衛が成立するということになります。

次に、緊急避難の条文です。民法720条2項です。
@前項の規定は他人の物より生じたる急迫の危難を避くる為め
A其物を毀損したる場合に之を準用す

この条文規定から明らかなように、民法の緊急避難は、あくまでも物からの侵害のみで、その侵害物を毀損する場合のみに成立するということです。人からの侵害に対しての緊急避難は成立しないということです。

道路進行中、いきなり路地からネコが飛び出してきた。ネコとの衝突を避けるために他の物(電柱など)に衝突すればネコとの衝突は避けれたかもしれない。しかしそれでは、みずからの身体や車に損傷が生ずることになる。だからやむを得ずにひき殺した。たとえそのネコが高価なネコであっても緊急避難が成立することになります。

ただこの場合、ネコとの衝突を避けるために、他人の家に飛び込んだということになると、正当防衛はもちろんのこと(なぜなら、ネコは物であり、ネコの不法行為というものはありえないからです)、緊急避難も成立せず(ネコ以外の毀損は不可)、不法行為となるということです。

このように、理論上は、交通事故においても正当防衛・緊急避難は成立しますが、実務的にはその適用は非常に難しいと思われます。その最大の難関は立証の問題です。立証責任は、正当防衛・緊急避難を主張する側にありますから、上の例のように、反対車線に飛び込んできた車を特定又は確保しておかない限り無理ということになります。

裏通り進行中、いきなり路外出入り口から車が目前に飛び込んできた。これとの衝突を避ける為に民家に飛び込んだ。このような事故態様は日常的によく見かけられるものです。

実際の事故においては、正当防衛適用事故態様はかなりあると思われます。が、そのネックとなるのは、やはり立証の問題。正当防衛を主張する前提として、まずみずからの運転行為は過失のない適法行為であったことを立証しなければならず、立証の壁。これを乗り越えることが容易ではないがために、実務的にはあまり正当防衛による無過失主張が見かけられないのではないかと推測されます。(平成17年6月11日)

                             

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