全損時の代替車購入諸費用等は、事故による損害として請求できるのか?
花子
今回は、保険実務上しばしば問題となる全損被害時の代替車購入諸費用について勉強していきたいと思います。
太郎さん、よろしくお願いします。
太郎
それでは、まず、全損時の代替車購入諸費用を事故による損害として保険会社に請求した場合、保険会社はどのような態度を示しているのか、ということから入っていきたいと思います。
この請求に対して、回答をしてきたあるJA事故担当者のつぎのFAX文面が、その代表的なものの一つではないかと思われますので、原文のままご紹介しておきたいと思います。
「○○様の廃車及び代替車購入に伴う諸費用につきましては、事故がなくても次の買換えの際にいずれ必要となるものですから、原則として賠償の対象にはなりません。ご了解ください。」
花子
つまり、事故時点での廃車・代替車購入諸費用は、加害者側が事故によって与えた損害ではないといっているわけですね。
太郎
結論からいうとそういうことになりますね。
このJAの考え方が法的にみて正しいかどうかは、後で検討することにして、まず、事故被害によって請求できる「損害」とはなんなのか。この原点から話をすすめていきたいと思います。
この原点は、民法709条ということになります。709条は次のように規定しています。
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
この条文から分かるとおり、「権利又は保護される利益を侵害」されたことによって生じた損害。これが請求のできる損害ということになるわけですね。
ところで、今回問題となるのは、全損。つまり所有する車が使い物にならなくなったという所有権に対する侵害についてです。
所有権が侵害されることによってどのような「損害」が発生したことになるのか。全損時、相手に請求することができる損害の賠償とは、まさにこの損害のことなのですね。
所有権とは、物に対する全面的な支配権のことで、早い話が、「煮て食おうと焼いて食おうと私の勝手」という権利なわけです。
民法上の規定でいうと、「自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利」(民法206条)。つまり、自己の支配下にある物を、自分の思いどおり自由自在に、「使ったり」「利用して利益を得たり」「処分したり」することができる権利が所有権だということになります。
被害事故により、所有車が修理ができない使用不能の状態となった(全損となった)ということは、まず、すくなくとも、車を自由に使えなくなったという事実が発生したことを意味しますから、所有権が侵害されたことによって、「所有自動車を自由に使用することができなくなった」という損害が発生したことになるのは明らかですね。
ということは、車を自由に使用していた以前の状態にまで回復してもらう。これが被った損害の回復ということになるはずです。
だから、事故前の、車を自由に使用していた状態に戻すまでにかかった諸費用(原状回復費用)が損害回復費用として請求できるという理屈になるわけです。
平成6年10月7日の東京地裁も、この理屈にのっとって「原状回復」を損害と認定する判決をだしています。
JA事故担当者がのたまわれた、「どうせいつかは必要となる費用だから」などという、田畑で農耕機を動かしているような悠長な感覚は通用するはずもなく、損害の「そ」の字も理解していない勝手な言い分だということがよくわかっていただけると思います。
ただ、JAだけを槍玉にあげるのは明らかに片手落ちであり、各保険会社は私の知る限り例外なくこの代替車購入諸費用を事故による損害と認めていないことを指摘しておかなければなりません。
花子
ということは、それなりの論理的根拠があるということでしょうか。
太郎
そのとおりです。
資料としては、「自動車保険ジャ-ナル」発行の書籍(「物損処理のポイント」久留米 進著)が、
「本件事故で全損となり、新車を購入した際に要した取得税、重量税、自動車保険切替損料などの代替車購入登録費用5万円余を請求する事案につき、いずれ使用期間を終了して代替する時には必ず出費するものであり、その出費時期が早まっただけであるから、本件事故とは相当因果関係がないとされた事例。」として、京都地方裁判所昭和58年3月30日判決を紹介しています。
花子
なるほど。冒頭JAの見解は、これらの下級審判例を根拠としたものだったんですね。
太郎
他の保険会社も、この下級審判決と同じ論理を用いているものと思われます。
また、上記書籍は、事故担当者の模範応対例として次のように記載しています。「敵を知る」という意味では、法的見地からは低レベルの理論でも、なかなか興味ある内容となっていますから、ご紹介しておくことにします。
「今度の事故は、あなたにとってまさに晴天の霹靂(へきれき)、お気の毒と存じます。自賠責保険料は解約して契約しなおす形ですので、それほどの出費ではありませんが、取得税、重量税、登録手数料などは、つい先日支払ったばかりにもかかわらず、また支払いをお願いしなければならないことを心苦しく思います。
しかし、これは考えようなのですが、取得税などは、いずれこの車を買い替える時には支出する費用なんですね。その時期は、今度の事故がなければ1年後であったのかも知れませんし、3年後であったかも知れません。いずれの時期かは、代替えされて、今度と同じ取得税、重量税の出費を余儀なくされるのです。その時期が早まったのだと理解して頂けませんか。」(213頁)
この説明は、あたかも人を殺した人間が、どうせ人間は必ず死ぬんです。その時期が10年、20年。いや3、40年早くなったと理解して頂けませんか、と悲しみにくれる遺族に言っているようなもので、まさに、「盗人猛々しい」、いや盗人以上の強盗でもここまでは言わないと思いますよ。
花子
よく分かりました。
しかし、保険実務において買換え諸費用を拒否してくる保険会社に対し、どのような文面でこれらの費用を請求したらよいのでしょうか。
太郎
むずかしく考えることはありません。
以下のような書面を作成してまず相手の出方をみればいいと思います。
「今回の被害事故により当方の車は全損ということになりましたが、車の損害を賠償していただくだけでは、当方が被った損害はいまだ完全に回復しておらず、事故前と同じ状態つまり代替車を自由に走行させる状態までにしていただくことによって、はじめて全面的に損害が回復されたものと当方は考えております。ご承知のように、判例もこの理を肯定し『原状回復諸費用』を事故による損害と認めているところです(東京地裁、平成6年10月7日判決)。
従って、以下の各細目費用を原状回復諸費用として請求いたしますので、ご検討ください。ご検討いただいた結果、損害に該当せずとする細目費用がありましたら、その理由を明記の上書面で回答願います。」
花子
なるほど。でも、保険会社が上に述べたように、どうせいずれかの時期に支出を余儀なくされる費用であって、今回の事故との間に相当因果関係が存在しないから損害に該当しないと主張してくることは、目に見えていますよね。
その場合には、次にどのような手を打てばよいのでしょうか。
太郎
そうなれば、過去の判例デ-タを反論の根拠として保険会社に突きつけるほかありませんが、まず、その前提として、全損で代替車購入諸費用を認めなかった判例の提示を求めてみることですね。
この判例提示要求が決め手となります。どういうことかというと、「自動車・物損事故解決のしかた」(海道 野守著・成美堂出版)が指摘しているように、過去の判例25件を調査した結果(著者は、ここ12年8ケ月間の物損裁判例765件から車両購入諸費用に関しての判例を調べた結果、25件が抽出されたと述べている)、全損と裁判所が認めたうえで車両購入諸費用を認めなかった判例は1件も存在しないという事実(55頁)。
判例提示要求に保険会社がどのように反応してくるか分かりませんが、この事実を事故担当者に突きつけるのです。
この事実の指摘の前では、保険会社のいかなる詭弁も通用しないということになります。まさに上記著者(海道氏)が述べているように「水戸黄門の印籠」ということになるはずです。
花子
なるほど…。これで勇気が湧いてきました。
太郎
ところで、これまで何の説明もせずに「全損」という言葉を使ってきました。また、「全損」でなければ基本的には車の買換えは認められませんから、当然のごとく車買換え費用なども認められないことになります。
ですから、被害を受けた車が「全損」に該当するかどうかということは、とても重要だということになるわけですね。
まず、「全損」の代表的な一形態として、修理が物理的に不可能という状態があげられます。
この場合には、「物理的全損」といって、 当然、他の車が代替車として必要となりますから、その購入費用等にかかった費用が損害として請求できるということは、容易に理解できるところです。
問題は、技術的には修理ができるという場合です。
このような場合であっても、修理自体が不能となる「全損」の一形態となりえる場合があることを、判例が認めています(最判昭49・4・15)。
かような形態の「全損」を経済的全損といい、具体的には、事故当時の時価額(中古市場で取得することができる価格)よりも、修理費の方が高くなるという場合です。
この場合に、加害者側が負担すべき損害補償額は、時価額というのが判例上確定したル-.ルですから、被害者側としては、時価額を上回る修理分を自己負担して修理するか、事故車と同等の車を買い換えるかの選択を迫られることになるわけです。
そして、買換えを選択したときには、そのかかった諸費用を損害として請求できることになるわけです。
以上をまとめると、全損被害によって車使用ができなくなった→そうすると、車の自由使用という所有権が侵害されたのだから、同種同等の車を新たに求めて事故前の、車を自由に利用ができた状態にまで戻すこと(原状回復)を所有権回復請求権として当然に加害者側に請求できる→そして、原状回復にかかった諸費用は所有権侵害による損害として、民法709条を具体的な根拠として請求することができる。こうなるわけです。
つまり、車の損害を賠償してもらっただけでは、被害者が被った損害はいまだ完全に回復しておらず事故前と同じ状態、つまり代替車を自由に乗り回せる状態にまで回復して、はじめて損害が全面的に回復されたことになる。
だから回復までにかかった「原状回復諸費用」を事故によって被った損害として請求することが法律上可能となる。この理を認めたものが上述の東京地方裁判所、平成6年10月7日判決であるということです。
花子
よく分かりました。
では、請求できる原状回復諸費用とは、具体的にはどのような費用をいうのでしょうか。
太郎
具体的には以下に述べるような諸費用を挙げることができると思います。
@自動車取得税(地方税法699条)
自動車を取得した時に取得価額(時価50万円以下は非課税)を基準として課税される税金。自家用自動車は5%(同法附則32条2項)、軽自動車は3%(同法699条の8)。
この税金は、全損事故車両を廃車しても返ってきません。新たに50万円以上の車を買換えたときには必ず支払わなければならない税金ですから、原状回復費用として事故による損害と認められます(名古屋地判平10年10月2日・東京地判平11年2月5日)。
A自動車重量税(自動車重量税法3条)
車検証の交付を受ける自動車や車両番号の指定を受ける軽自動車の所有者等に課せられる国税。この税金は、車の重量と車検証の有効期間によって違ってきますが、全損事故車両の車検証有効期間に未経過分があったとしても、この税金は返ってきません。
判例は、新たに自動車を買い替えたときに支払ったこの税金は損害として認めています(東京地判平6年10月7日・東京地判平11年2月5日)。
少し細かくなりますが、全損事故車両の未経過分の自動車重量税については、事故による損害と認めた判例もあることから、この分についても請求は可能ということになります(東京地判平13年4月19日)。
B車両検査費用・登録費用・車庫証明費用
これらはいずれも法定費用であり、あらたに自動車を購入したときには不可欠の費用ですから、損害として請求できます。
C登録手続代行費用・車庫証明手続代行料・納車費用等
これらの費用は、代替車購入の際に必要不可欠の費用ではなく、業者に依頼したときの費用であるため、損害と認められるのかという疑問が生じますが、判例は、これらの手続きは業者に依頼して行うのが実態であるから損害と認めています(東京地判平13年4月19日・大阪地判平13年12月19日)。
D消費税
中古車購入代金や業者に支払った手数料にかかる消費税は、買換車に伴って発生した出費ですから、損害として請求可能です。
E廃車手数料
この手続きも業者に依頼して行っているのが実態ですから、全損によって生じた損害であることを判例も肯定しています(大阪地判平13年7月5日他)。
F代車費用
保険会社は例外なくこういいいます。「あなたにも過失がある場合には代車は出せません」。
ある保険会社の事故担当者は、その理由について、「損害の拡大を防止するため」などとわけの分からんことをいっていましたが、いずれにしても、拒否する法的根拠はどこにもありません。
かりに、こちらに過失責任があっても、こちらの過失責任分を差し引いた代車費用を相手保険会社に請求すればいいだけの話です。
この費用も、全損によって生じた損害ですから、買換え車が手元に来るまでの代車費用を請求することができます。
G車両保管料
廃車処分が終わるまでの保管料を業者から請求されたときは、これも当然のことながら全損によって生じた損害です。
H原状回復費用と認めるのが相当と思われるその他の費用
以下の損害は、原状回復費用関係の損害ではないが、請求可能な損害です。
I車検費用残存分
全損廃車にしても、車検でかかった費用は返ってきません。
ですから、全損によって生じた損害ということができます。
具体的には、車検費用÷車検期間月数×未経過月数=損害請求額です。自賠責保険については、陸運局発行の「抹消登録」をもって保険会社の窓口に行けば、残余期間の保険料は返してくれますから、車検費用から自賠責保険料分は差し引くべきです。
Jその他の損害
その他、対物保険で請求しても応じてくれない損害があれば、全損による損害で請求できないかと検討してみることです(レッカ-代・タクシ-代・キャンセル代など)。
いずれにしても、これらの請求をする場合には、確たる根拠資料を提示しなければ相手にされません。
領収証・請求書などをしっかりと保管しておくことです。
なお、自動車税(地方税法145条1項)は、毎年4月1日付けで登録されている自動車の所有者に対して課せられる道府県税ですが、廃車となる車両については廃車月まで月割で支払い(同法150条2項)、廃車した日の翌月からの自動車税は返ってきます。
また、4月1日以降に納税義務が発生した者には、その発生した月の翌月から月割で課せられますが(同法150条1項)、新たに代替車を購入した際の自動車税を損害として請求することは、廃車の分との二重取りとなるため損害としては認められないということになります(大阪地判平13年12月19日他)。
つぎに、軽自動車税(地方税法442条の2)。これは、毎年4月1日付けで登録されている所有者に対して課税される市町村税ですが、この税金は還付制度がありません。ですから、途中で廃車にしても税金は返ってきませんが、途中で他の軽自動車に買い換えても課税されることはありませんから、全損による損害とはならないということになります。
<追記>(H18.8.18)
保険会社は、全損時の損害賠償についてどのように考えているのでしょうか。
いまここに、ある国内大手損保会社が代理店宛てに発行した資料があり、下記のような記載がなされています。
「修理不能ないし修理費が時価以上となる場合を『全損』と言いますが、原状回復の観点から、事故直前の交換価値すなわち事故車と同種同程度の車を再取得する価格(時価)を損害額として認定することになります。」
この文言を素直に読む限り、事故車に代わる代替車購入価格のみをもって損害額として、元通り車を走らせることができる状態になるまでに要した費用の総額を損害額として認定していないということです。
事実、保険金支払いの実務において、保険会社は代替車購入による原状回復までにかかった諸経費を事故による損害とは当然には認めず、時価額(市場流通価格)の支払いのみをもって賠償責任を果たしたことになるという立場をくずしていません。そして、被害者から請求があったときのみに、しぶしぶとこれを認めるという態度をとり続けているわけです。まさしく払いしぶりの実態が厳然とあるわけですね。
被害による原状回復は、事故車と同程度の車両を購入しただけでは、物理的には走れても法律上は走れません。種々の手続を踏まなければ実際に乗れる状態にはならないわけですから、法律上実際に乗れる状態に至ったときに初めて原状回復が果たされたということです。何も難しい理論ではありません。当たり前の話なんです。
参照文献
◆「民法<7>」有斐閣双書
◆「交通事故の法律相談」羽成守、溝辺克己著・青林書院
◆「自動車物損事故の解決のしかた」海道野守著・成美堂出版
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