格落ち損害について



実務上、一番問題となるのは、事故修理後実際には売却せずそのまま乗り続ける場合の財産的価値(交換価値)の目減りをめぐっての保険会社との攻防です。
いわゆる「みなし格落ち」(以下、格落ち又は評価損と呼ぶことにします)の問題です。 

現実の被害事故において、この格落ちを保険会社に請求しても、よほどの新車でもない限り、原則として拒否してきます。拒否するのは、事故によって発生した損害と認めないからです。
損害と認めない論理的理由は…。

ここで、代表的なものをご紹介しておきましょう。  

「最近の格落ち損害の要求は、ほとんど修理完了後の交換価値の下落を損害だと主張するケ-スです。この交換価値の下落が事実あったとしても、それを加害者側に要求することが妥当でしょうか。
なぜならば、仮に交換価値が下落していても、この事故車を新車ないし中古車に買い替える時でなければ、現実に損害が生じません。そして、交換が実際に行われた時でなければ、その下落分も判明しません。

百歩譲って車使用のサイクルが、通常2〜3年で代替するのであれば、交換価値が交換価値が下落したとする事故車も2〜3年後、価格下落損害が生ずる可能性が強いといえるでしょうが、車使用年限が長期化している現在では、この損害が顕在化するとはいい切れません。

つまり、加害者側から格落ち損害を賠償してもらっても、代替えしないで廃車まで乗ったとすると、実際には格落ち損害が生じなかったにもかかわらず、賠償金だけは受け取ったということになるのではないでしょうか。」(自動車保険ジャ-ナル刊・物損処理のポイント・久留米進著・193頁)。


「修理がされた以上原則として、原状回復がなされたと考えるべきであり、事故歴のみをもって客観的な価額の下落は肯定すべきではなく、

@肯定することは買い替えが正当でない場合にも買い替えを認めたのと同一の不当利得を被害者に与える結果となること(東京地判91年2月7日)、A事故後も当該車両を使用し続ける場合にはこの損害は何ら現実化しておらず、潜在的・抽象的な損害の域を出ないこと(大阪高判93年4月15日)

などを理由に、事故前から自動車を買い替える予定があり下取価格の合意ができていたような特別の事情がある場合を除いて、格落ち損害を認めないという見解が有力です。」(保険会社発行資料より)。


分かったような分からないような、なんかこむづかしい理屈を述べていますが、要するに、そのまま乗り続ける場合には、格落ち損害は、表面化・具体化しないから現実に発生した損害とは認められないという主張なわけです。

また、保険会社の事故担当者も、あるサイトで、評価損を損害と認めない理由を次のように述べています。

「大切な車が壊れて値打ちが下がり、次回下取り時の値段が下がる。これは紛れも無い事実でしょう。しかし、現在の日本の法律では、未来に起きるかも”しれない”損害賠償の義務は無いのです。
保険会社はその日本の法律に基づいて賠償をしているのです。

更に言わせていただくと、通常の示談交渉において、ほとんど大多数の方はこの賠償理論をご理解頂いて修理代の賠償で示談していただいております。評価損害などその他の損害賠償請求をする一部の方々に対しては、この日本の法律に基づいて示談して頂けるよう説明説得するのが保険会社の責務なのです。
その為に裁判までして争う必要があるのです。決して担当者個人の評価云々の問題ではありません。保険会社の担当者も人間ですから、仰る様に被害者に対して個人的な感情を持つ事もあります。
しかし、現在の日本の法律では、残念ながら特定の人に特定な賠償をする事は出来ないのです。」


しかしながら、これらの主張は明らかにおかしいと私は思っています。
まず、重要な判例をご紹介しておきましょう。(東京地裁・昭和61年4月25日判決)(交通民集第19巻2号568頁)

この東京地裁判決は、格落ちを、十分な修理がなされても、修理後の車の価格が事故前の価格より低い場合をいうと定義付けました。

そして、以下の4つのいずれかに該当すれば、「事故前の価格より低くなった」と認めてよいと判示しました。つまり、財産的損害が発生したということを認めていいよとしたわけです。

@修理技術上の限界から、車の性能・外観などが、明らかに事故前より低下していること。
A事故の衝撃のために、車体・各種部品に負担がかかり、修理直後には不具合がなくても、年月が経つにしたがい不具合の発生する可能性があること
B修理した後も、隠れた損傷があるかもしれないという懸念(心配)が残っていること。
C事故歴があるという理由で、縁起が悪いとして嫌われる。

特に、Cが重要ですね。これに該当すれば、間違いなく市場における商品としての交換価値が下がる。つまり、財産としての評価価値が下がるわけです。この場合には、修理したという証明さえすれば、それだけで評価落ちを立証したことになるわけですからね。

そして、具体的にどれだけの財産価値が落ちたのかは、修理終了後、
(財)日本自動車査定協会に「事故減価額証明書」を発行してもらうことによって証明することができます。

ですから、保険会社に対しては、この証明書をつけて事故による評価損(格落ち)請求をすれば事足りるはずです。
しかし、保険会社はこの請求をすんなりとは認めません。このような否定の論法をとるのです。
物が毀損された場合、修理してもなお価格の減少があれば、原則として、その減少分は損害として賠償しなければならないが(大正11年2月17日大審院判決以来の通説)、
「みなし格落ち」においては、修理すれば価格の減少すなわち損害は生じていないから支払わない。

でも、この否定論法がいかに市場流通の現実とかけ離れたものであるかは、明らかです。市場流通は、需要と供給から成り立っています。

中古車市場においては、買い手側は、事故歴があるというだけで買うのを手控えることは明らかです。ですから、売り手側である業者も事故歴車は、仕入れ時当然にその分の評価損を考慮に入れるわけですね。
事故歴車は、事故修理という事実があるだけで明らかに財産価値(交換価値)は減少するわけで、この財産的目減り分は当然に財産的損害に他ならないのです。

そもそも、事故による評価損という問題は、所有権の侵害によって損害が発生したかどうかの問題に他ならないのです(民法709条)。

保険会社は、転売等によって損害が具体化・表面化しない以上損害は発生したことにはならないという理論を主張するわけですね。つまりは、そのような場合でないと所有権の侵害による損害は発生していないと言っているわけです。
はたしてそうでしょうか。

所有権とは、物に対する完全支配権。民法の規定でいうと、「自由に其所有物の使用、収益及び処分を為す権利」(民法206条)。

ということは、事故による評価損が発生したということは、「処分利益」(処分=売却する際の商品価額)が目減りしたということですから、事故によって所有権が侵害された結果損害が発生したといえると思います。
処分利益の目減りは実際に処分する時点でのみ具体化するのではなく、処分以前の段階でも具体化するわけです。

なぜなら、所有者はいつどの時点で処分をしようと自由なわけで、いま処分をしようとしたら、事故前よりもこれくらい評価が下がったということはいつでもいえますからね。ですから、事故修理の時点で処分利益という財産価値は下がっているといえるわけです。
そして、それを侵害された方が立証できる以上、709条の賠償請求可能な「損害」が具体的に発生したといえるのではないか、私はそう考えているのです。

ところで、車を修理すれば常に格落ち損害が発生するか、というと、理論上はともかく実務的にはそうとはいえません。
判例の傾向からみて、次のような場合には格落ち損害は認められていないようです。
   @修理費が小さいとき(新車価格の5%以下)
   A車が古いとき(10年以上経過した車)

ある保険会社事故担当者は、
   「格落ち請求は、新車・初度登録3ケ月以内の車に限って認めている]
といい、初度登録11ケ月の車の格落ち請求を、「聞いたことがない」といって拒否してきましたが、これはあくまでも、その保険会社の社内基準であって請求側には何の関係もない話です。
判例では、9年たった車の格落ち請求を認めたものもあります。

ちなみに、上記の請求事案は、「紛争処理センタ-」に持ち込み、修理費のほぼ30%を格落ち損害として勝ち取りました。
判例でも、一番多いのが修理費の30%を格落ち損害として認める立場です。

ところで、軽自動車の格落ち損害の問題ですが、現時点では、紛争処理センタ-に持ち込んでも、担当弁護士はきわめて消極的です。
事実、修理費35万円・初度登録平成11年車の格落ち請求をセンタ-に持ち込んだところ、その請求を放棄させられました。

その理由については、担当弁護士は「軽の格落ち請求は難しい」と述べるにとどまり、その難しい理由を明らかにしませんでしたが…。
しかし、軽乗用車の格落ち・評価損を認めた判例(昭47・8・25東京地裁判決-修理費のほぼ3割程度を認める)も存在することから、「難しい」とする合理的理由は見当たらないことになります。
  

この辺のところが、現時点のセンタ-の問題点あるいは限界点といえそうですね。
軽自動車であっても、乗用車同様、事故による財産的評価損は発生しているわけですから。

以上述べてきたように、事故修理による財産的価値(交換価値)の減少は、疑いもなく事故によって受けた所有権侵害による損害であるということを認識して、相手保険会社と交渉にあたるべきです。 (平成16年9月7日 )

                                  
                                        
◆参照文献
    「自動車・物損事故解決のしかた」(海道 野守著・成美堂出版)

追記(平成16・10・20)

事故発生の際、相手方からの要求に対してどのように対応すべきかという、ある大手保険会社が代理店向けに作成した対応マニュアル集を偶然に入手しましたが、その中にこのようなものがあり、思わず笑ってしまいました。

「事故車になったら評価が下がる。修理費だけではダメだ。評価損を支払え」という事故相手方の主張に、代理店としてどう反論すべきか。
マニュアルには、こう答えろと書いてありました。

「確かに市場では事故車として評価を下げられると思いますが、加害者としては修理に要する費用で足りるとするのが賠償の考え方ですのでご理解下さい。」

「市場では事故車として評価が下がる」。つまりは、財産的交換価値は下がる(財産的目減りはある)ということは認めておきながら(これを財産的損害というんです)、
加害者が与えた損害は、あくまでも原状回復費用(修理費)だけですよ、と相手に答えれば事足りるといっているわけですね。

基本的には、事故による評価損は事故によって生じた損害である、というのは、現時点において多数の判例が認めた事実であるにもかかわらず、営利会社として、保険金支払いの抑制を前提とする保険会社の認識はいまだこの段階にあるということです。

それにしても、代理店というものを、このマニュアルを盲目的に信じる程度のレベルとして捉えている保険会社の認識に、笑いの後には怒りすら覚えてきたものでした。

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