2006.02.10…【心のスタンバイ】 [ 心を磨く ]


『…今の日本にいてはわからないかもしれませんが、そこではたくさんの鳥が鳴いていて、あぁ、浄土とはこういうことろなんだろうなぁ。。。そんな風に思えるのが今から向う祇園精舎です。

私はインドの旅での楽しみは目で観ることもそうですが、実は【音】だと思ってるんです。

朝起きると鳥の声がものすごくたくさん聴こえますし、夜はものすごい静か、そして昼間はこうして車に乗ってて聴こえると思いますが、このクラクションと人が叫ぶ音、自然と人間が同居しているのがインドの楽しみだと思います。

皆さんも目で見えるものだけではなくて、どうぞ【音】を楽しんでください…』



大谷和尚の言葉の通り、


インドの楽しみ方の1つに【音】があるのは間違いないと思います。



毎日、早朝に起きて出発する日々でしたが、いつも朝の小鳥のさえずりには心が癒されました。

また、日中のクラクションの音は、日本では考えられません!!!

ほとんどクラクションを鳴らしぱなしです!!


それから私が心奪われたのは、朝日と夕日。。。

なぜかインドの朝と夕方は特有のガスが出て、まるで濃霧の中に紛れ込んだような状態になるんです。。。

そんな中で朝日が昇ってくるのは、本当に日本では見ることのできない風景です。。。



大谷和尚がおっしゃいました言葉の中で、こんな言葉をいただいていました。


【どんな良いものが落ちていても、心のスタンバイが出来ていない人は拾えないんだよ!】


という言葉。。。


目に観えるもの、耳に聴こえてくるもの、いろんな情報があっても、心のスタンバイが出来てない者には、何も感じることが出来ないんだよ。。。


だから、皆さん!しっかり心のスタンバイを整えてね!!!


そんなメッセージだったのだと思います。。。


帰国して10日が過ぎても尚、私は何度も目を閉じてはインドへ意識を飛ばしています。。。



玄奘三蔵様が天竺より持ち帰ったと何度もバスの中で耳にした『唯識論』という学問。。。

一体、玄奘三蔵様が何度も死ぬ思いをしながらでも中国に持ち帰ったその学問とはどんなものか、聞かずにはおれず勇気を出して、帰国する前日私は大谷和尚に質問してみました。。。


私:『唯識論とよく聞きますが、いったいどんな学問なのですか?』

大谷:『あはは、唯識論ね、一言簡単にいうと。。。。山があるから登るのか、登りたいから山が観えるのか。。。その違いだよ。。。唯識論とは登りたいから山が観えるということだ。。。 』


何とも難しい回答でした。。。


一言、簡単に言うとって、、、わかったようでわからないようで、、、そんな感じでした。。。


今、勝手な理解かも知れませんが、私が思うのは、

【 すべての物は、その現象が目で観えるには、それに対する意識が前提として存在している。。。】ということでしょうか。。。


心のスイッチが入っていなければ、どんなに良いものが落ちていても、拾えない、気づけない。。。



バスの中での最初の大谷和尚の言葉が、実は唯識論のヒントに繋がっていたのではないかなぁ。。。と1人考えています。。。

日記の過去ログの目次に戻る。