Pirate family(仮) 1

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第3章 ライバル

ここ数日あいにくの雨。
でも、雨の日は水補給の大チャンス!
空いてる樽を甲板に並べて真水GETにいそしむ我らがトライアンカー号。
3番樽一杯になりました〜!
4番もです。
次々と一杯になっていく樽をせっせと交換していく。
真水は航海者にとっては貴重だ。
幸い、うちの船は私掠船のため、交易物資を乗せるときは拿捕した時のみであるため、倉庫の空きは大きい。
「船長!3時の方向に商船です。どうしやす!?」
見張り台にいる船員が標的を発見。
襲うか見逃すかの判断を船長に仰いでいる。
「ようし野郎共!仕事だ!樽を全部船倉にしまえ!ルビーは船長室へ退避」
大急ぎで樽を倉庫にしまい、各々持ち場に着く。
「僕も甲板で手伝いたいんだけど……」
と、船長にお願いするルビーだったが、
「ルビー、いつだったかの状況を思い出せ!部屋にいてくれることが最大の手伝いだ!!」
ばっさりと切り捨てられた……
確かに以前無理に甲板にいた所、流れ矢に当たって大怪我をし、
しばらく作業が出来なくなって船員の士気が大いに下がったことがあった。
(食事がパンと水だけに戻ったことによる士気低下であったが……)
あの事件以来、満場一致で部屋にこもれ!といわれるようになってしまっていた。
「む〜、しょうがない。じゃあ、僕はいつものごとく船長室で帳簿でもつけてるよ」
「おう!終わったら呼ぶからその準備もしておいてくれ」
はいはい。と答えながら扉を閉じる。
しばらくすると、大砲の轟音に始まり、剣戟の音、銃声、怒号、悲鳴。
戦闘の色々な音が聞こえてくる。



トライアンカー号に乗って3年の月日が流れていた。
その間、商船を襲った回数は数知れず。他の海賊に襲撃されることも数知れず。
海軍相手に大暴れしたことも数知れずではあったが、奇跡的にこちらが負けることは無かった。
「負けそうな相手からは全力逃走するからな」
とは船長であるギルスの言である。
確かに逃げる場面も多々あった。しかし、拿捕された経験はまだない。
そんなわけで、今回も大丈夫だろうと船長室でのんびりくつろいでいたルビーであったが、どうも様子がおかしい。
なんだろう?と思っていると扉がばん!と蹴り開けられ、
「おっと、もう一人いやがった。おとなしく出てきな」
見覚えの無い船員が片手にサーベルを持ちながらそう命令してくる。
「あらら、今回は負けかな?」
瞬時に状況を理解したルビーは、抵抗しても自分の能力では無駄と知っているのでおとなしく縛られる。
甲板に出るとトライアンカー号のクルーは全員縛られて一箇所に集められていた。
「船長……勝てない相手からは逃げるんじゃなかったわけ?」
「あ〜、まあ何だ。こいつにだけは背中を見せるわけにはいかねえんだ。許せ!」
船員たちもやれやれといった顔でおとなしく縛られている。
(え〜と、倉庫には食料と水しかないし、手持ちでもってきてる資金は船員の給料のみだし……金目のものは無いな)
被害額を想定して現在船に積まれている資産のリストと照らし合わせてみるが、たいしたものは無い。
強いて言うなら船長のもってる剣くらいだが、多分これは見逃してくれるだろう。
「相変わらず何にも持ってないな〜ギルス。倉庫にあるのは食い物と水だけじゃないか」
ふわりと目の前に現れた女性は片目に眼帯をしている見るからに海賊!といった女性だった。
「……ちっ!、相変わらず商船のふりがうまいじゃねえかイルよ!」
舌打ちをしつつ、あまり悔しそうには見えないギルス。
「ふ、それに毎度毎度引っかかってくれるお前も相変わらずだよ」
満面の笑みで見下ろしているイルと呼ばれた女性。
その女性がすらりと剣を抜き、全員の縄を切る。
おや?どういうことだろう……
「さて、今回も私の勝ちということで、修理費を請求させてもらうぞ?主計長は誰だい?」
ギルス他トライアンカー号のクルー全員の視線がルビーに集まる。
資産管理してるから僕なのね……とため息を一つ漏らす。
「おや?かわいいお嬢さんだね。海賊船には似つかわしくないが……ギルス?何処でさらってきたんだい?」
なぜか目をきらきらと輝かせてルビーを見つめるイル。
一体何事??と一歩下がってしまう。
「ロンドンの浜辺で……だな。ルビー。そいつはイルシーダ。私掠仲間……とでも言うのかな。とりあえず修理費を払ってやってくれ」
「ふむ、修理費の変わりにこの子でもいいぞ?いや、むしろこの子をくれ!!」
「ふ・ざ・け・る・な・!次は負けねえからな!!」
「よっぽどお気に入りのようだな。まあいいさ。さて、今回の修理費だが。ざっと……100万って所だな」
吹っかけすぎにも程がある……
これは、からかわれているのだろうか?
それとも、見積もりも出来ない子だと思われている??
さて、どうするかな。
「ルビー。お前の見積もりではいくらになる?」
どう答えようか迷っているとギルスが助け舟を出してくれる。
「そうだね〜。そちらの装甲はローズウッドですね?となると……大目に見積もって1万って所ですね。
 僕に交渉も任せてくれるなら6500までもっていけますけど?」
「って事らしいが?イルさんや。100万ってのはどっからでた数字なのかね〜?」
ジト目でイルシーダをにらみつけるギルス。
ばれた。という感じで冷や汗を浮かべながら、
「ず、ずいぶん優秀な子のようだね〜。じゃあ、とりあえず1万でいいよ。うん」
それくらいなら手持ちのお金で支払えるため、さっさと渡す。
「ふふふ、またおいで。いつでも相手になってあげるよ」
修理費を受け取った後イルシーダの船は颯爽と水平線の彼方に消えていくのであった。
それを見送ったうちの船の甲板上では、
「あの野郎!!毎回毎回修理費として10万とか20万とか持っていってたのはブラフだったのか!!」
毎回吹っかけられてたのに気づいた船長が一人切れていたのだった。
にしても……
「僕が来る前の主計長って……船長?」
「ええ、俺の船だ!俺が仕切る!!っていって……」
「にしては無知すぎない??」
「船の修理なんかも言われるままの金を支払ってましたから……」
だめじゃん……



初の拿捕を経験してから2週間。
ようやくサンティアゴの港に到着した。
今回はメインマストに被害を受けており、帆が一つ張れなかったため予定よりも5日遅い到着となってしまった。
その間、食料危機などの状況にはなったものの、他の海賊船に襲われることも無く、
また、他国の商船をみかけることも無く。無事に航海を行えたのは幸いだった。
船長自身は、商船が見つからなかったことが不満だったらしいが……
「ああ!くそ、飲まなきゃやってられん。いくぞ手前ら!今日は俺のおごりだ!!吐くまで飲むぞ!!」
おおぅ!!
大宴会決定っと。
帳簿に1行書き加えながら貸切飲み放題分の雑費を計算し、船員の一人に渡しておく。
どうせ、潰れた船長が払うわけがないからね。
不測の事態も考慮してかなり多めに渡してあるし、大丈夫でしょう。
「ルビーも行くぞ!もたもたすんな!!」
「船の修理の手配に、食料、水の手配。船長変わりにやってくれる?」
思いっきり嫌そうな顔をしたギルスは、苦笑いを浮かべつつ、
「ま、任せた!終わったら酒場にこいな。今日こそは負けねえぞ!」
毎度毎度飲み比べをするのはどうかと思うが……
「了解。なるべく早めに済ませて向かいますよ」
待ってるぜ!と勢いよく飛び出していくギルスと船員達。
これは、宿泊代ももっていったほうがよさそうだな。
と、帳簿に更に1行追加し多めに金貨を取り出すルビーであった。
「さて、僕もお仕事しますかね」
まずは船の修理依頼かな
と、ルビーは船大工のもとへ向かっててくてくと歩き出した。
だんだんと工房が近づいてくると、徐々にもめている様な声が聞こえてくる。
工房の前まで来る頃には確実にもめているとわかる言い合いが聞こえてきた。
「6500!これでいけるんでしょ!これで治しなさいよ」
「だ〜か〜ら〜、そんな安いわけねえだろうが!一昨日きやがれ!」
どこかで聞いた声だな〜と思いつつ、ルビーはそっと工房の中を覗き込んだ。
そこには、2週間前に洋上でであった一人の海賊が船大工とにらみあいを展開していた。
「あれ?確か……イルシーダさん。だったかな?あ、すみません。あの二人なにしてるんです?」
近くにいた船大工の人に事情を聞くと、
 三日前に港に入った船の修理を依頼にきたんだが、こちらの見積もりを見もしないで
 6500で治せと言い張っているらしい。三日間ずっと寝ずに延々とやりあってるらしく
 いい加減勘弁してもらいたいのだが……
ということらしい。
三日も粘る客も客なら、三日も相手してる船大工もすごい。
「あれ?でも実際あの船の修理なら6500でできますよね?」
「え?ああ、まあ、うちの利益がちょっとしか出ないけど、出来ないことはないね〜」
ただ、最初からその値段でやれ!といわれてしまっては俺達にもプライドがね〜
どうやら交渉もせずに頭ごなしに利益なしで治せと言い張ったらしい。
(そりゃだめでしょう)
とりあえずルビーは自分に関係ない話だなとあっさり関心をなくしたようだ。
「僕も船の修理依頼できたんだけど、どうします?この状況」
「ああ、私が承りますよ。船はどれです?」
「えと、船はこれで、状況は……」
先客がおおもめしているため、こちらが無理な値引き交渉をすることも出来ず
結局提示された額から1割ほど下げただけにとどまった。
(3割まではいけるとおもってたのにな〜。まいっか)
今回は顔つなぎとして割り切ろう。
次回以降に良い関係を持てるように。
商売人にとっては1度の利益も大事だが、その後の利益を生むための継続的な関係というのが非常に重要。
そのためなら、1度の取引が赤字になっても問題はない。
お互いに良い関係になっておけば、後の取引で赤字をカバーできる黒字を作り出せる事も可能になるからである。
最初からもめてしまうと次以降の取引時に割高で吹っかけられてしまうことだってありえるのだ。
「さて、次は食料と水の手配っと……そういえば次は何処に行くつもりなんだろう」
目的地を聞いていなかった……
これでは、何日間の航海になるのかわからない。
酒場に行って聞く必要があるのだが、おそらくすでに出来上がっており
聞きに言った瞬間に飲み比べ勝負!となるだろう。
これは困った……と道端にしばし立ちすくんでいると、
「おやおや、かわいいお嬢さん。また会ったね〜」
と、先ほど工房でもめていたイルシーダが声をかけてきた。
どうやら修理依頼の揉め事は解決したらしい。
それがいい方向での解決なのか、悪い方向なのかは知らないが……。
「道の真ん中でぼ〜っとしてると危ないわよ?さて、こうして会ったのも何かの縁だし一杯おごるわ」
「え?あのちょっと〜。僕はまだ仕事が残ってるんですってば〜〜」
がし!とルビーの腕をつかみ、有無を言わせぬ勢いでずるずると酒場へ連れて行かれるのであった。
この感じだと悪い方向での解決だったっぽいな〜〜〜><



「まだまだ!次もってこ〜い!!」
酒場に連行されてしまったルビーであったが、飲み比べ勝負の方はイルシーダとギルスの一騎打ちになっていた。
イルシーダの姿を見つけたギルスが勝負勝負!!と持ちかけ、面白い、受けてたつ!!とイルシーダが受けたためである。
なかなかの名勝負でお互いに一歩も引かないまま、ラム酒のビンがどんどんと空になっていく。
多めに見積もっていた予算もとっくに超えており、追加予算の計上が必要なほどだ。
「やれやれ、修理も予定外だったし、ここも予定外……赤字だよ。とほほ(T-T)」
巻き込まれないようにカウンターに座り、マスターと差し向かいで飲んでいるルビーはそっと涙を流すのであった。
「所でマスター。ラム酒の在庫はまだあるの?」
「地下貯蔵庫から今出してきてますが、そろそろ厳しいですね」
「そうだよね。よし、じゃあ二人とも潰すか。マスターこれをあの二人に持っていってくれる?」
と、ルビーが取り出したのはウォッカであった。
自分用にと船においておいたのを先ほど持ってきてもらったのである。
あれだけの量を飲んだ後にこれだけ強い酒をぐっといけば、ばたっと行くだろうという考えである。
しばらく後、二人とも急に動かなくなった所を見ると作戦は無事に成功したようであった。
「この勝負は引き分けだね」
お互いの船長が潰れたこともあり、今回の宴会はお開きという形でルビーが綺麗にまとめるのだった。
「しかし、予想通り皆潰れたのね……マスター、これ今夜の宿泊代ってことで。店の管理は僕がやっておくから上がってくれていいよ」
飲み代と宿泊代として少し大目に渡す。
でわ、後はよろしくお願いしますね。とマスターも店を閉めて帰ってしまった。
「やれやれ。皆飲みすぎですよ〜っと」
船員のいびきの大合唱を聞きながら一人手酌でコップにウォッカを注ぐ。
「う〜ん……頭が痛い。み、水ないかい?」
頭痛に顔をゆがめつつ、目を覚ましたイルシーダがふらふらとカウンターにやってくる。
丁度持っていたグラスには今さっきウォッカを注いでしまったので、別のグラスに水を注いで渡してやると一気に飲み干していった。
「ふぅ〜、ありがとね。えっと……ルビーだったっけ?」
隣失礼するよといいつつ、カウンターに腰を下ろす。
「あんたずいぶん優秀なんだね。この間ナッソーに行った時に噂で聞いたよ」
ナッソーとは海賊島と呼ばれる島にある海賊が集まる街である。
そんな島で噂になるとは……
「別に僕は優秀ってわけじゃないですよ。元々交易商人だったから慣れてるだけです」
ごくっとグラスに残っていたウォッカを飲み干す。
喉が焼けていく感じが強いこの酒が最近のお気に入りだった。
「ずいぶんと謙遜するね。気に入ったよ。私の船にこないかい?」
いきなりの話にグラスを持つ手が止まる。
「私はかわいい子が大好きでね」
「僕にその気はないですから……」
そそっと少し距離を開けるルビー。
「それに、今の状況に不満もないですから。せっかくですがお断りします」
「残念。まあ、気が向いたらいつでも声かけて頂戴。いつだって大歓迎だから」
すっと、立ち上がりドアの方へ歩き出すイルシーダ。
「そうそう、ギルスに伝えておいてくれるかい?次は私が勝つ!ってね☆」
少しふらつきながらイルシーダは帰っていった。
……自分の船の船員を置いて……
「この人たち、どうするんだろう……というか、イルシーダさん達の飲み代も僕が払った形なんだけど……」
うまく逃げられたな〜と苦笑するルビーであった。
「あれが船長のライバル……なんだろうな〜きっと」
そして、自分にとっても……
「次こそは、払わせてあげますからね!」
変な誓いをするルビーであった。

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