Pirate family(仮) 1

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プロローグ 出会い

ザーン
ザザーン
ザーン
青い海、青い空、白い雲。
そして、まぶしいくらいに輝く太陽。
今日も良い天気なんだとわかる空を、少女は見上げていた。
「よう、目が覚めたか?」
隣に座る人物からそう声をかけられ少女はそちらを向く。
まったく聞き覚えの無い声。
そして、まったく見覚えのない人物。
少女はもっとよく思い出そうと記憶の海へともぐっていく。
しかし、思い当たる人物は存在しなかった。
それ以前に、少女のもぐった海には、何もなかった。
「えっと、貴方は?」
とりあえず、なぞの人物の正体を確認しておきたい。
そう思った少女は、誰もが聞くであろう一般的な質問をするのであった。
「俺の名は、そうだな。ギルスとでも名乗っておこうか」
明らかに偽名であった。
本名を語れない何か事情があるのだろうか?
とりあえず、その名前が記憶に引っかかることは無かった。
「で、そっちは?」
「僕は……」
こちらには、名を隠す必要はない。
しかし、少女は自分の名をすらっと口にすることが出来なかった。
「僕は……僕は……僕は一体誰?」
軽い頭痛を覚えて頭を抑えながらうずくまる。
自分は一体誰なのか?
世間一般で言う所の記憶喪失という状況に陥っていたようだ。
「記憶喪失か、はじめてみたが難儀な話だな。はっはっは」
ギルスと名乗った男は楽しそうに大笑いしていた。
少女からすれば笑い事ではないのだが、不思議とこの男になら笑われても悪い気がしなかった。
「いや、悪い悪い。まあ、こうして出会ったのも何かの縁だ。酒場で一杯くらい奢ってやらあ」
それって、ナンパですか?と少女は言いかけたが、断った所でいくあても無い。
(悪い人……とも思えないし、とりあえずついて行ってみようかな)
一応の警戒はしつつも、少女とギルスと名乗る男は連れ立って街の酒場に向かうのだった。



特に何かがおこるわけでもなく、無事に酒場にやってきた二人は店の奥にあるテーブルに腰を落ち着ける。
「さて、酒は飲めるんだろうな?まあ、飲めなくても飲ませるがな。マスター、ウィスキーをくれ」
酔い潰してどうこう……といった雰囲気は一切無く、純粋に酒が飲みたいだけのようだ。
店を見回すとわいわいと楽しそうに騒いでる集団が多数。
今日は何かのお祭りでもあったのだろうか?
「ああ、俺の船の船員だ。少し騒がしいかもしれんが、勘弁してやってくれ」
なにせ、長旅だったからな〜とギルスは語る。
どうやら、この男は船乗りのようだ。
しかも、俺の船ということは船長なのだろう。
と、話しているとテーブルの上にウィスキーが1本とグラスが二つ。
「酒は良いぞ〜。楽しい気分になれる。もしかしたらお前の記憶も戻るかもな。
 まあ、飲みすぎで記憶が飛んだ!って奴はよくみかけるがな〜。はっはっは」
ぱちりと片目をつぶるしぐさが妙にかっこいい。
促されるままに少女はグラスに注がれたウィスキーに口をつける。
喉が焼けるようではあるが、不思議といける。
「おお、いける口じゃねえか。どれ飲み比べといこうや!」
一気にグラスを空けた少女を見てこいつはやる!と認識したようだ。
「え?いや、奢ってもらえるのは一杯だけの約束でしたし、僕はこの辺で……」
「おっと、待ちな〜。それだけの勢いを見せられちゃ〜そのまま帰すわけにはいかんぜ?なあみんな!」
おう!
そうだそうだ!
勝負は受けなきゃな〜!
少女が一気にグラスを空けるところを周りもしっかりと見ていたようである。
これは、断れる雰囲気ではないと悟った少女であった。
「わ、わかりました。でわ、この勝負お引き受けします」
「よし!酒代は負けたほうが持つって事で。勝負だ!!」
「ちょ!ちょっと待ってください。僕お金ないんですけど……」
「勝てば良いんだよ。勝てば!もっとも、俺は負けないがな。は〜っはっはっは」
まずいことになった……
少女は少しあせる。
文無しで酒場で飲んでたなんてばれたら妹に殺される……
鬼の形相でにらみつけてくる妹の姿を思い出しかけた所でふと我に返る少女。
(妹が……いるのか)
ふと脳裏に一人の少女と一人の男性の姿が思い出された。
(そっか、兄さんと妹がいたんだった。確かルー兄さんとメルだったっけ)
そこまで思い出した所で、ぱあっと閃いたかのように記憶が浮かんできた。
何か一つをきっかけにそれに関連する記憶が戻るという話はどうやら本当なんだな〜と
こんな時だが、実感してしまった。
「そうか、僕は……僕の名はルビーダイス。イングランドの交易商人……」
と、そこまで言ってからはっと目の前を見ると、ギルスがぶっつぶれていた。
「え?えっと、ギルスさ〜ん。大丈夫ですか〜??」
「だ、大丈夫かだと?見ればわかるだろう……」
苦しそうに声をだすギルス。
更に見るとテーブルの周りには15〜6人程の男たちも倒れていた。
テーブルの周りには無数のウィスキーのビン。
少女はよく状況が掴めないまま、マスターに話を聞きにカウンターへ移動した。
「え〜っと、僕は一体何をしたんです?」
すると、マスターが妙なものを見る目つきをしながら、
「お前さん、覚えてないのか?あいつら全員と飲み比べして全員ぶっつぶしたってのに……」
どうやら、この少女、底なしのようである。
「あ、あはは……と、とりあえずどうしましょう……」
困ったようにほほをかく少女であった。
「まあ、ほっとけばそのうち目を覚ますだろうよ。酒代はあいつらからもらうからお前さんは帰ってもいいぜ?」
帰ってもと言われても、何処へ帰ればいいのか……これといってあてもない。
自宅の場所などの記憶はまだ戻っていないようである。
少し考え込んだ後、
「マスター、僕をここで働かせくれませんか?料理の腕なら多少は自信が……」
「あいにく人手は足りてるんだ。すまんな」
「そうですか……」
本格的に困った。
とりあえず何か仕事して稼がないと明日の食事にすら困ってしまう。
戻った記憶の中には取引をして儲けている姿もあるが、あいにく元手になるお金がない。
う〜んう〜んと悩んでいると、
「仕事がしたいなら俺の船に乗るか?」
早くも復活したギルスがそう声をかけてきた。
だが、完全ではないようでまだ顔色が少し青い。
「飲み比べで負けたのは初めてだ。気に入ったぜお前。いくあてが無いなら俺の船に来い」
「良いんですか?他の船員さんに聞かなくても?」
「俺の船の船員を俺が決めるのに何の不自由があるんだ?気にすんな。第一こいつらに異論があるとは俺には思えねえしな」
異論?ねえですぜ。
つ、次はまけねえ!
船長……酔い覚ましもってないっすか?
うげぇ……気持ちわりい
丁度一人募集してたんだし、丁度良いっすよ。
野郎ばっかりだったし、かわいい子は大歓迎ですぜ!
「と、言うわけだ。前回の旅で一人減っちまってたからな丁度いいってわけだ」
なるほど、ここまで言われては断る理由もない。
それに、ギルスという男に引かれている自分もいるわけで。
「それでは、これからお世話になりますね。船長」
「おう、よろしくな。よし、お前ら出港準備だ!次はカリブまでいくぜ」
おう〜!
さっきまで潰れていたのになんとも元気な男たちである。
「あ、嬢ちゃん。船長を頼むな。俺たちは出港準備をしてるから。船の場所とかは船長に聞いてくれ」
「はい、わかりました。あ、僕の名前はルビーダイスです。これからよろしくお願いしますね」
了解。と片手を上げて船員達は船へと向かって行った。
「さて、ルビーダイスってのかお前。名前が出てきたってことは記憶が戻ったのか?」
「ええ、でも戻ったのは一部だけです。自分の名前と兄妹のこと位です。なぜ、あの場所にいたのかとかはさっぱりですよ」
ふ〜とため息をつくルビーダイス。
実際の所、兄妹関連だけでもかなりの記憶が戻っているのだが、
あの場所にいたことや、ここ数日間の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
「まあ、おいおい思い出すだろうよ。所で、お前は何が出来るんだ?」
雇う前に聞くべきじゃないのだろうか……とは思ったが口に出すのは控えた。
実際、思い出したばかりの事で、自分でも多少違和感があるのだ。
「とりあえず、交易商人だったので取引とか倉庫整理なんかは出来ますね。料理もなんか得意みたいですよ」
「みたいってのはなんだよ?」
「ほら、記憶飛んでたし。実際まだ試してないから」
「あ〜なるほどな。どれ、なんか一つ作ってみろ。マスター厨房貸してくれ」
嫌そうな顔をするマスターだが、そこは顔なじみらしいギルスの頼みという事で
渋々厨房へ案内してくれた。
厨房に入ると、妙に懐かしい気分に包まれた。
やはり、以前は料理が好きだったようだと再認識する。
「さて……エダムチーズグラタンとパピヨットどっちがお好きですかね〜」
さらっと料理名が口から飛び出す。
頭の中にレシピもしっかりと浮かんでいるので、これは確定だろう。
「あ、シタビラメもありますね。マスター、ワインある?あ、ある?じゃあ、ヒラメのワイン蒸しもいけますね
 おお、タラもあるじゃないですか。同じではあるけどタラのワイン蒸しでもいいですね」
だんだんと気分がうきうきしてきた。
材料を見るとそれに適したレシピが次から次と浮かんでくる。
「エビ、カキがあるのね。じゃあ、乳と塩を混ぜてよくふってバターを作って、さっと混ぜたら魚介のグリルの完成〜♪」
次々とレシピが浮かんでは手が勝手に動く。
その動きを見ていたマスターが慌ててとめに入るほどであった。
「……すげ〜。一体何人分作る気だったんだ?おまえ」
あっけに取られるギルス。
それもそのはず、料理が出てくるのをテーブルで待っていた所、次から次へと料理が出てくる。
その数、ざっと10数種類。
一人でなんかとても食べきれない量である。
「あ、あはは……なんか止まらなくなっちゃって。申し訳ありません」
ひたすら謝るルビーダイス。
「しかも、味も逸品だぞこれ。すげ〜うめえよ。マスター、レシピ教わってここで出したらどうだ?」
「すでに聞いた。エダムチーズグラタンとか、この店の名物になりそうだよ。あと、ヒラメのワイン蒸しもな。酒の肴にもってこいだ」
店の材料をしこたま使われたマスターではあったが、得るものも大きかったようで苦笑いである。
「よし、料理長と倉庫整理を任せた!!さあ、行くぞルビーダイス。カリブまでは大体30日位だ
 必要な材料を部下たちに指示しとけよ」
「ちょ、ちょっとまった!今までの料理長の許可とかは!?」
「心配するな、うちの船にそんな上等なやつはいねえよ。持ち回りでパンと水だしてただけだ。たまにチーズもあったかな?」
……この人の船の船員は苦労してたんだな〜
と、ちょっと同情するルビーダイスであった。
料理長に任命されたルビーは航海日数を考慮して何を仕入れるべきかを考え始める。
「次の航海は30日位か……なるべく日持ちのする材料を仕入れないと。マスター、良い仕入先教えてくれます?」
ああ、と一つうなずいたマスターが教えてくれたのは交易所の店主だった。
手馴れた感じで注文をし、何とはなしに値切り交渉をして、無事に市価の6割程に落とし込んだ所ではっと気づく。
(自分は現在文無しじゃないか!)
まずい!これは非常にまずい!!
ここで、一旦お金を取りに戻ったらせっかくここまで値切ったのが無駄になる。
次に戻ってきた時に同じ値段まで下げれる自信はない。
ツケ……にする場合、値切った値にプラスαの値段が加算される可能性は大だ。
せっかく安くしたのに、もったいない。
また、ここで考え込んでいると店主の気が変わってしまう。
1.現金取引。2.下がった所で即決。
この二つが値切り交渉のポイントだ。
さて、どうするか……と少し考えた辺りで救いの神が訪れる。
ちなみに、ここまで約0.2秒である。
「ルビーダイスさん。船長に言われてお手伝いにきましたよ。どれ運べばいいっすか?」
船長ナイス!!
「あ、じゃあ、そこの箱を運んでください。それと、代金は○○ドゥカートなんですけど、あります?」
「ああ、支払いですね?って、この量でその値段ですか??そりゃすごいや。おい、船長から今すぐもらってこい」
荷物運びに来ていた船員が一人、大急ぎで船に走っていった。
それを見ていた店主がしまった!という顔になる。
相手が文無しなら、もう少し高値で売りつけられたのに!!という顔だった。
「へへ、ありがとうね。またよろしく〜♪」
「嬢ちゃん、良い腕してるね〜、参ったよ。これはおまけだ、もっていきな」
そういって差し出してきたものは何かの地図の断片だった。
よくわからないけど、まあもらえるものだしという事でルビーダイスは遠慮なく受け取る。
「ありがとう。そうそう、今度カリブに行くんだけどもっていく交易品としてはやっぱりウィスキーが妥当かしらね?」
交易のために持っていく積荷の検討をし始めるルビーダイス。
「カリブか、ならやっぱりウィスキーだろうな。後は、青銅とか、鉄材なんかの工業品ってのはどうだい?」
とりあえず、勧められる物件と船の倉庫の大きさを検討して積み込みの手配をし終わった所でルビーダイスは船へと戻ってきた。
せっせと倉庫に荷物を積む船員の手伝いをするためである。
だが、満場一致で邪魔!と言われてしまった。
(そ、そりゃ、他の人に比べれば非力だけどさ〜(T-T))
仕方ないので、甲板の隅で邪魔にならないように呆然と海を眺めている。
「よう、早くも大活躍だな!俺の目に狂いは無かったってことだ。うんうん」
「あ、船長。荷物搬入は手伝わなくていいの?」
「部下の仕事を奪っちゃ悪いだろ?俺は海に出てから進路決定したり、戦闘になった時に指揮したりすればいいんだよ」
各人の持ち場ってやつだな。
と、にこやかに笑いながらそう言う船長。
適材適所って言葉が思い出される。確かにその通りだ。
「所で、ルビー。ああ、長いから省略させてもらうな。普段の積荷より、妙に多いんだが?
 それに、なんか知らんが妙に安いんだが。どういうことだ?」
「普段ってのが僕にはわからないけどね。一応倉庫に入る分だけの量を買ってきたつもりだよ。
 値段に関してはうまく値切れたんでね。4割引きくらいになってるはずだよ」
普段に関しては、この船に乗るのが始めてのルビーにはよくわからないのは当然。
値切りにかんしては、交渉開始と同時にすらすらっと口から言葉が出て行ったとしか言いようが無い。
「まあ、安いのはいいことだし、文句は無いんだがな……
 資材と砲弾を積むスペースがまったく無いってのはどういうことなんだ?」
「え?必要なの??」
「お前……以前はどんな状態の船にのってたんだ?海賊対策のためにも欲しいだろうが!」
確かに言われてみればその通りだ。
このご時勢、積荷満載で武装しない商船なんて、カモでしかない。
襲ってくれといわんばかりだ。
しかし、普段どおりの感覚で出港準備を行ったということは、普段のルビーは武装をしていなかったということになる。
(何かが……何かがひっかかる……でも、やっぱりわからないな〜)
引っ掛かりを覚えつつも、ルビーは気にしないことにした。
「え〜っと、このまま売ったら赤字で損するしな〜……そうだ!
 羊毛をニットにして売ってこよう。ってことで少し時間くださいね船長〜」
言うが早いか、ルビーは倉庫から羊毛を取り出し、ものすごいスピードでニットを作成していく。
ニット作成が終わったかと思えば、交易所へ走りさっさと取引を済ませ戻ってくる。
結果的に黒字になったのは言うまでもなかった……
「ただいま船長。これで倉庫も空いたはずなんで十分つめるはずだよ」
1,2戦程度の資材と弾薬は積み込めそうなスペースが空いていた。
しかし……
「あのな、俺たちは私掠船なんだが……」
ギルスの船はイングランドに雇われている私掠船。つまりは海賊だったのだ。
他国の商船を襲い、物資を奪うのが目的である。
その船がすでに交易品で倉庫が一杯というのはなんとも間抜けな話である。
「先に言ってよ!!しょうがない……まず倉庫の物件を売るために交易しましょう。その後私掠って事で」
あっさりと海賊行為を肯定する交易商人。
そんなルビーをぽかんと見つめながら、
「俺、すげ〜拾い物したのかもしれんな〜」
と、一人つぶやくギルスであった。

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