時を映す鏡

最近、街を歩く若者が直線裁ちのスーツをかっこよく着こなしているのをよく見かける。なぜかそれは青年の持つ精悍さを引き立てるようでとても新鮮だ。これまでの、洋服は体の形に合わせて立体的に裁断したものだという常識をくつがえされた感がある。直線裁ちと言えば、もともと和服がそうであった。洋服は折りたたんでしまうとシワになることが多くやっかいだ。しかし、きものは畳みやすくしまいやすくできている。畳んだきものは畳紙(たとう)にくるみ、幅もぴったりにしつらえられた和だんすの抽斗にしまう。また、とりだせばそのまますぐ着ることができる。平らに折り畳むことができる一方で幅と厚みと丸みのある人の体を巧妙に包み込む。若者の着る直線裁ちの洋服はやはりハンガーにかけてしまうのだろうか。


平面からさまざまな立体の形を作る例として、昔から親しまれてきた折り紙がある。誰もが幼い頃に夢中になった思い出があるはずだ。シンプルな四角い形の紙を折り込むといろいろなものに変化する。とりわけその妙味は折り上がった平らな紙にフーッと息を吹き込むときにある。折り畳まれた紙は適度にふくらみ丸みを帯びて、器の形や動物の形に生まれ変わる。小さな一枚の紙が複雑に変形し、一見何になるのか分からないものが、ふくらむことで見慣れた何かの形となる。折り紙にはさまざまな形を自在に生み出す無限の可能性が秘められている。折り紙が江戸時代に一般化され芸術にまで高められた由縁がそこにある。


日頃手にする食品にも包みは欠かせない。幼いころ道端で新聞紙の袋に包まれた香ばしいかおりの焼芋を買ったことが懐かしい。紙袋を通して焼芋はあまりに熱く、何度も手の中で持ちかえながら家まで駆け出したものだ。また、魚河岸では油紙の袋のお世話になった。店員が折り畳んだ袋を片手に持ち、勢いよくパッと空中ではたくとみごとに袋の口が開く。水も滴る新鮮な魚介類を手ぎわよく包むその工夫にはいつも感心させられた。魚介類の形にふくらんだ包みはつるつるした手触りで、冷たくそして柔らかく手に独特の感触を伝えていた。ますます増えるポリ袋は水を滴らせることもなく、持ち手もついて便利だがどこか味気なくなってしまったようである。


日本の風土が生んだ和風の住居には、暖簾(のれん)や御簾(みす)、戸、障子、襖などさまざまな間仕切りが用意されていた。そして季節の変化や人の集まりなどに対応しさまざまに間仕切りを使い分ける工夫がなされていた。戸、障子を取り払い限られた空間を広く使ったり、御簾で視線を遮りながらも夏には涼しい風を通したり、また冬には障子越しに明りを入れながら暖をとるなど、目的に合わせて空間をしつらえながら快適でバラエティに豊む暮らしを実現した。


こうした空間の包み方の知恵は住居だけにとどまらない。奈良、平安の時代に建立された大寺院には、壮大なスケールの工夫がうかがえる。寺の作りは、塀や壁、回廊を十重二十重に巡らして本尊の安置される本堂を包み込むように建てられている。入り口から内裏へと深く歩を進めるにつれ、俗界から少しづつ切り離され、ぐんぐん本尊に近づくという興奮をみごとに作りあげていた。幾重にも廻された塀は、聖域を俗界から隔て切り取るという結界の美をも生みだした。結界が適切であればあるほど周囲から際立つ寺院になるという。見事な空間の包み方である。

衣・食・住の他にも遊びのなかに包みの例がある。古くからのわらべうたに紙袋の出てくる歌がある。「山寺の和尚さんは、鞠は蹴りたし鞠はなし。猫を紙袋へへしこんで、ポンと蹴りゃニャンと啼く。ニャンポンそこにか、わしゃここに。さらば一貫貸しました。」と軽妙なテンポで歌われるあの歌だ。押し込められた猫は災難だ。つきたい鞠が見つからないままに身近な紙袋を鞠に見立てた和尚さん。和尚さんを楽しませたそれは、いったいどんな紙袋であったことだろう。

人はさまざまなものを包み、またさまざまなものに包まれて生きている。ものばかりでなく自らの体も包む。人は家に包まれて住まい、家は日々の暮らしを包む。それはこれからも変わらない。さまざまな包みのひとつひとつに長年かかって培われてきた知恵と技術が結晶し、時には芸術にまで高められてきた。

紙袋ひとつにもそうした粋が込められている。日々の暮らしに密着し、彩りを添える紙袋。それは時を経るにつれ、ますます不可欠のものとなってきた。たかが紙袋、されど、なかなか侮れないものがある。紙袋の選び方や用い方ひとつがその人となりを顕わし物語る。紙袋には各人各様の生きざまを周囲に際立たせる魔力がひそんでいるのである。

街にあふれる紙袋。それは思い思いに携えられ、街を横切り、埋め尽くしながら時代を作る。紙袋が時代の風景を作るエレメントとなった今、それはものを包むにとどまらず、自らをパフォマンスしたいと願う人々の夢をかなえる道具となった。ペーパーバッグ、それは常に新しい暮らしの風景を映し続ける"時の鏡"なのである。



スーパーバッグ株式会社/S.P.C.NEWS vol.5 1988 包装の歴史に寄稿

今世紀、美の結晶はシンプルな中に求められてきた。21世紀はどんなだろう?



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