『トリック・オア・トリート!』
「今年もハロウィンの季節だね」
「そうだな」
小狼は級友、山崎の言葉に何気ない口調で返事を返した。
しかし、心の中では
(来たな!)
と思っている。
去年のハロウィンでは山崎の作り話を信じてなんとも間抜けな行動をとってしまった。
なので今年は山崎がどんなウソをついても騙されないようにハロウィンについて念入りに調べ上げておいたのだ。
どうやら小狼はわりと根にもつタイプらしい・・・
「ね、李くん。ハロウィンていうのは本当はね〜」
「キリスト教、特にカトリック系の聖人たちを祝う行事だな。聖人を祝う日All Hallowsの前夜祭、eveを縮めてHalloween(ハロウィン)だ」
「う・・・李くん、よく知ってるね。じゃあトリック・オア・トリートっていうのは・・・」
「ハロウィンの夜に子供たちがお化け、主にかぼちゃのお化け『ジャック・オー・ランタン』に扮して近所の家を回り歩く風習だ。直訳すると“お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ”だが、実際には子供にお菓子をあげるためのお祭りだ」
「・・・・・・」
(どうだ!ぐぅの根も出まい!勝った!)
沈黙する山崎を前に勝ち誇る小狼。
しか〜し。
「ひどいよ・・・李くん・・・」
山崎はいきなりぽろぽろと涙を流し始めた。
あの細い目のどこから?と思うほどの涙が溢れ出てくる。
「や、山崎?おい、なんで泣く?」
「李くんと僕の仲はそんなものだったの?僕は李くんのことを信じてたのに・・・李くんは僕のことを理解してくれてると思ってたのに・・・ヒドイよ!」
だ〜〜〜〜〜〜〜っ!
涙と共に走り去る山崎。
ぽつーんと取り残される小狼。
「山崎???ったく、なんなんだ?あいつ」
なんであんなことくらいで泣く?
一体、あいつは何を考えてるんだ?
・・・そこまで考えたところで小狼は山崎の真意に気がついた。
周りの女の子たちが小狼に黄色い視線を浴びせているのだ。
(ひそひそ・・・今のは痴話喧嘩ってやつ?)
(ひそひそ・・・やっぱり李くんと山崎くんって「そういう仲」なの?)
(ひそひそ・・・さくらちゃんと千春ちゃんはフェイク?二人とも本命は・・・きゃ〜〜〜)
(ひそひそ・・・ひそひそ・・・)
よく見たら今の教室には小狼以外は女の子しかいない。
女の子たちに自分と山崎が「そういう関係」だと思わせるための芝居をうたれたのだ。
(やられた・・・!)
と思ってももう遅い。
女の子たちは完全に「そういう目」で小狼を見ている。
奈緒子にいたっては熱心にメモまでとってる。
BL小説次回作のネタにでもするつもりだろう。
やはりこの二人の関係は山崎の方が一枚上手のようだ。
小狼が山崎を出し抜くにはまだまだ修行が必要なようである。
☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆
「あははは〜〜〜。そんなことがあったんだ」
「そう笑うな。情けなくなってくる」
「ごめんなさ〜い。でも、ふふっ。また奈緒子ちゃんの小説に書かれちゃうね」
「柳沢か。あいつもあいつで。まったく・・・」
小狼は自分の部屋でさくらに今日の顛末を話していた。
正直、間抜けな話なのでさくらには話したくなかったのだが、さくらは教室の外で泣きながら出てきた山崎を見てしまったらしい。
さくらの方から山崎と何があったのかを聞かれてしまった。
「それで山崎くん、あんな顔してたんだね」
「あんな顔って、どんな顔してたんだ?」
「涙を流してるのに顔は笑ってたの。なんか変な顔だな〜って思ったんだけど」
「あいつは涙も自由に出せるのか。どういう体をしてるんだ」
小狼はため息をついた。
多彩なウソに表情の読み取れないあの細目。おまけに涙まで自由自在らしい。
これで悪意が無いというのだから始末が悪い。
特殊な生い立ちのため人の悪意には極めて敏感な小狼だが、そのために悪意の無い山崎のウソに対しては無防備になってしまう。
ある意味、小狼の天敵と言える存在だろう。
「くそ。今年こそはあいつから1本とってやろうと思ってハロウィンについて調べたのに。無駄になったか」
「今年こそは、って去年も何かあったの?」
「あぁ、去年は・・・」
そこまで言いかけて小狼はあわてて口を閉じた。
去年のハロウィンを思い出したからだ。
去年のハロウィンでは山崎のウソに引っかかってさくらの前で醜態を晒してしまったのだ。
しまった!と思ったがこれももう遅い。
「なに?なに?去年は何があったの?」
とさくらは目をキラキラさせて聞いてくる。
(山崎〜〜〜!後で覚えてろよ!)
心の中で愚痴りながら観念してさくらに去年のハロウィンの話を聞かせた。
☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆・・・☆
「あはははは〜〜〜!!!去年はそんなことがあったんだ」
「だから笑うなって!」
「だって〜。去年のハロウィンの時、小狼くん何か変だな〜って思ってたんだけど・・・そんなことがあったんだね。あはは〜」
「う・・・くそっ。笑われると思ったから話したくなかったんだ。お願いだから大道寺には言わないでくれよ。あいつにまで笑われるかと思うと情けなくて・・・」
「ふふっ。わかったよ。知世ちゃんには言わないよ」
去年の話をしたら案の定、さくらに爆笑されてしまった。
まぁ、普通に考えたら笑いものにされて当然のネタだから仕方ない。
さすがに知世にまで笑われるのは辛すぎるのでそこだけは念を押すのは忘れない小狼だった。
「それで去年、『トリック・オア・トリート!』って言ったらあんなに驚いてたんだね。小狼くんあの時まっ赤になってたけど。なにを考えてたのかな〜?」
「そ、それは・・・。何を考えててもいいだろう!」
「うふふ。それじゃあ小狼くん、あらためて。『トリック・オア・トリート!』」
「え?」
ふいにさくらがそう言いながら両手を差し出してきた。
去年のハロウィンの時と同じだ。
だが、今年はハロウィンについて調べていたのでお菓子が必要なこともわかってる。
誰に聞かれてもいいようにクッキーをいくつかポケットに忍ばせておいた。
「トリート!」
答えながらその1つをさくらの手のひらに落とす。
「ありがと。小狼くん」
貰ったクッキーをなんとも可愛い仕草で頬張るさくら。
その仕草に小狼は
(ハロウィンは『子供向けのお祭り』か。たしかに『お子様』だな、さくら)
心中で密かな笑みを零す。
そんな小狼のつぶやきには気づかず、あっという間に子供向けの小さなクッキーを食べ終わったさくらは今度は小狼に
「今度は小狼くんの番だよ。ほら、言って!」
トリック・オア・トリートを催促してきた。
「トリック・オア・トリート!」
お菓子が欲しがる年じゃないんだがな、と苦笑しながら小狼は手を差し出す。
しかし。
「ないよ」
「は?」
「わたし、お菓子持ってないよ」
さくらの答えは小狼の予想外のもの。
「お菓子を持ってないのに何で『トリック・オア・トリート』なんだ?」
「『トリック・オア・トリート』って『お菓子をくれ。さもなきゃイタズラするぞ』なんでしょ。わたし、お菓子持ってないよ。だったら小狼くん、どうするの?」
そこで小狼は気がついた。
さくらの目がそれこそ「いたずらっ子」のように輝いていることに。
このイケナイ「いたずらっ娘」が「悪戯」を欲しがってるということに。
(なるほど。そう来たか)
ならば・・・
「じゃあ、さくら。ちょっと目をつぶってくれるか」
「目?これでいい?」
さくらは言われたとおりに目をつぶる。
恋人が二人っきりの時に「目をつぶってくれ」ときたら後はお約束の展開だ。
(そういえば小狼くんとキスするのは久しぶりかも。こんなのちょっと恥ずかしいな。ふふ)
唇への甘い感触を期待してさくらの頬がかすかに色づく。
でも。
ぺっち〜ん!
「!?い、痛〜!!!何するのよ小狼くん!」
「何って、でこぴんだけど。イタズラってそんなもんだろ?」
「なんでそうなるのよ〜〜〜!目をつぶって、って言ったら・・・」
「言ったらなんなんだ、さくら?そういえば、少し唇が尖ってたけど。何かして欲しいことでもあったのか?(にやり)」
「(かぁぁぁ〜〜〜っ!)もう!小狼くんのイジワル!!」
「うわっ、暴れるな!さくら・・・いて、いてて。さくら、よせって・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
今夜はハロウィン。
トリック・オア・トリート!
あなたが欲しいのはお菓子?
それとも・・・?
END
ハロウィン話です。
本当はもっと早く出すべきなのでしょうが、今月はツバサの最終回の方に気をとられて遅れました。
おまけにちょっとだけ違う別バージョンもどうぞ。