『出会い・小狼』


※注意
本作はパラレルものです。

小狼−高校生
さくら−小狼に拾われた子犬

という設定です。



「やれやれ。今日はよく降るな。夜になってもやまないのか」

今日は本当によく降るな。
まいったよ。
天気予報じゃ晴れだったんだけどな。
夜になってもまだ降ってる。
おかげで洗濯もできなかった。
さくらのやつも不機嫌そうだ。
今日は一日雨で、家の中にこもりっぱなしだったからな。
お散歩にも連れて行ってやれなかったし。
おかんむりになるのもしょうがないか。

それにしてもよく降る。
春の夜の雨か。
まるであの日みたいだな。
あの日……さくらと初めて会ったあの夜。
あの夜もこんな雨だったな。
おれにとっては忘れられないあの日。
さくら、お前はあの日のことをおぼえているか?

……おぼえてるわけないか。
こいつはなんでもすぐ忘れるからな。
さくらにそんなものを求めてもしょうがないか。
だけど、おれは忘れないぞ。
さくら。お前と初めて会ったあの日のことを……

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陽も落ちて夕闇も迫る時刻、雨の中をほっつき歩いてたのに特に理由はない。
いや、目的はないが理由はあったと言うべきか。
朝、家を出る前に何気なくやったクロウ・カード占いの結果がその理由だ。

『出逢いあり』

それがカードの出した答えだった。
正確な未来を読み取るのは魔道士の中でも禁忌とされる。
それが人を幸せに導かないというのがその理由だ。
なので、李家の術を一通り修めた俺でも先のことを占って得られる答えはこの程度のものにしかならない。
まあ、それでも興味深い結果ではある。
出逢い、とあるが出逢いの意味する範囲は広い。
人との出逢い、物や機会との出逢い、あるいは人外のモノとの出逢い。
いくらでも考えられる。
おれは占いの結果にひそかに期待するところがあった。
この時のおれはファミリアの核となるものを探していたのだ。
ファミリア。使い魔。
ある程度の魔道士であれば1、2体のファミリアを従えているのが常だ。
李家の始祖、クロウ・リードは太陽と月を象った2体の従者を従えていたという。
その力は並みの魔道士をはるかに凌ぐすさまじいものだったと聞くが、さすがにそこまでのものは求めていない。
魔道士のはしくれとして、そろそろファミリアの1体でも造ろうかと考えていたのだ。
クロウほどの魔道士ならば無から従者を生み出すこともできたろうけど、今のおれにはそこまでできない。
なにか、核になるものがほしい。
この友枝町は質のよい霊脈の上に位置しているおり、町のところどころに霊気のスポットとでもいうところがある。
そんなところに置かれているもの、あるいは住んでいる動物ならば手ごろなファミリアの核になるだろう。
今日こそそれが見つかるかもしれない。

そんな期待をして町をうろついていたのだが、陽が落ちてかなり暗くなってきても一向にそれらしいものにぶつからなかった。
占いははずれか……落胆して家に帰ろうとしたまさにその時だった。

たすけて

その声が聞こえてきたのは。
いや、それは声じゃない。
魔法、もしくは思念によるメッセージ、そんな感じだった。
いずれにしても尋常なものの声じゃない。
占いのいう出逢いの相手はこの声の主か。
とっさに意識を集中して声の出元を探る。
1日歩き回ってようやく見つけた当たりだ。
逃すわけにはいかない。

だれか、たすけて……
だれか……

声は断続的に続く。
弱々しい、今にも消え入りそうな声だ。
声がするのは友枝公園、それもかなり奥の方らしい。

「『灯』(グロウ)」

さすがに暗いので『灯』のカードを使う。
少し目立つが、こんな時間でしかも雨だ。
人目につくこともないだろう。

けっこうな木々の間を抜けてようやくたどり着いた先にあったのは一本の桜の老木だった。
最初に目に入ったのは枝に残った一輪だけの桜の花。
もうほとんどの桜が散って葉だけになった枝の中で、その一輪だけがやけに目立つ。
この花がさっきの声の主か?
ありえないことではない。
年経た老木が霊力を持つのはよく聞く話だし、そんな木に最後まで残った花ならばあるいはそんな声を上げることもあるだろう。
これがおれの求めたものなのか? そう思って手を伸ばした瞬間、桜は散った。

「あっ」

伸ばした手をすり抜けて花びらが舞い散る。
あわてて、ひらひらと舞う花びらを掴もうとして……そこで初めておれは「それ」の存在に気づいた。
木の根元に小さなダンボールの箱がおいてあったのだ。
箱の中に何か見える。
『灯』をかざして覗き込んだおれが見たものは。

小さな耳。
ぷるぷる震える茶色い毛並み。
雨に濡れそぼった尻尾。

捨てられた可哀想な仔犬。
これがさくらとおれの出逢いだった。

「こんなところに捨て犬?」

なんでわざわざこんな人が通りそうもないところに。
思わず出してしまった声にそいつは反応した。
よろよろと顔を起こしてておれを見上げる。
その瞳に宿る不可思議な碧の光を見たとき、ようやくおれは声の正体にきづいた。
声の主はこいつだ。
間違いない。
かすかだが魔力を感じる。
この町の霊力を受けて生まれた存在、それがこいつか。
こいつがおれの求めたファミリアの核なのか。
さすがにおれもこの時は迷った。
目の前の仔犬が魔力を持った特別な存在なのはわかる。
しかし、ファミリアの核とするにはあまりにもひ弱すぎる存在だ。
これでは力あるファミリアは期待できない。
だが、カードのいう出逢いの相手はこいつに違いない。
とすれば、こいつがおれの求める相手なのか?

判断に迷うおれの背を押したのはやっぱりそいつだった。

ぽてっ。

おれを見て安心したのか、そいつはぱったりと倒れこんでしまったのだ。

「お、おい」

あわてて抱き上げたその体は氷のように冷たかった。
かなり長いことここに放置されてたみたいだ。
ぷるぷる震えるその顔には、だけど安堵の表情が浮かんでいた。
やっと会えたよ……
その顔はそう言っていた。
それを見た時、おれも確信した。
こいつがおれの探していたやつなんだと。
やっと会えたのだ。
おれが求めていたものに。
おれを求めているやつに。
ならば助ける。
おれの力で。
それがおれの役目だ。

ゆっくりと腕の中の仔犬に魔力を流し込む。
少しずつ、ゆっくりとだ。
消え入りそうなこいつの命を守る術を今のおれはこれしか知らない。
だが、これで大丈夫なはずだ。
カード達が出逢わせてくれたおれの相手。
ならば、おれの力を受け入れてくれるだろう。
抱き上げたそいつに魔力を流しながら立ち上がる。
こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。
すぐマンションに戻らないと。

「『盾』(シールド)」

両手がふさがって傘がさせないので『盾』で雨を防ぐ。
人に見られたら奇異に思われるかもしれないが、今はそんなのを気にしてる場合じゃない。
待ってろよ。
すぐにあたたかいところに連れてってやるからな。
もう少しの辛抱だ……

NEXT……


ワンコさくら物語、出会い・小狼編でした。

かけるんworldの翔様が出した「いちばんさいしょ」はさくらと小狼両方の視点からの出会いを描かれていました。
それにならってさくら、小狼両方の視点から書いていますが、少し魔術的な要素を強調してみました。
翔様の本をお持ちの方がいらっしゃいましたら、今回のお話と比べてみるのも面白いかと思います。

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