『桜猫物語・3』



「さくらちゃん、さあポーズをとってください。こうですわ」
「にゃう?」
「そうそう。ふふっ、よくにあってますわよ」
「みゃぁぁぁ〜〜」
「あぁぁ、なんて可愛らしいお顔・・・・・・。可愛いですわ〜〜素敵ですわ〜〜至福ですわ〜〜!!」
「まさか貴方にこんな趣味があるとは。思いもよりませんでしたよ」
「だから、それは誤解だと言ってるだろうが!」

あれから小狼はいろいろとトンでもない目にあっていた。
人外のものが人の姿をとる。
常人にとってはまさに驚天動地の出来事であるが、魔道に関わる者にとってはそれほど珍しい現象ではない。
小狼も過去にそういう事象が発生したということは耳にしている。
だが、知識として知っているというのとそれが実際に目の前で起きるというのはやはり話が違う。
たった今まで猫だったものの姿が一瞬にして人に変わってしまったことには驚かざるをえない。
し・か・も。
それが、とびっきり可愛い女の子に変わってしまったとあっては・・・・・・

「にゃぁぁ〜〜ん」
「わ、バ、バカ! よ、よるな!」

人に変化したさくらに寄りかかられそうになった時、小狼はあわてて飛びはねて逃げてしまった。
まあ、無理はない。
猫がお洋服を着ているわけはもちろんない。
そして、猫から変化したさくらは当然のことながらすっぽんぽんだ。
「とびっきり可愛い女の子にすっ裸でにじりよられる」
ソッチの方面にはあまりにも初心な御曹司様にはちょっ〜〜とばかり刺激が強すぎるシチュエーションである。

「にゃあ?」
「く、くるな!」
「にゃぁ・・・・・・にゃぁぁぁ。ひくっ、ひっく・・・・・・」
「あ・・・・・・。な、泣くな。お前がイヤってわけじゃないんだ。そ、その・・・・・・」
「みゃ? みゃぁぁぁ〜〜ん」
「うわわわっ! その格好で抱きつくな〜〜〜〜!!」

結局、その夜は自分のシャツを頭から被せてなんとか乗り切った。
化生の者が人の姿をとるのは夜だけであることが多い。
朝になれば元に戻ってくれるのでは?
・・・・・・と思ったのだがその考えは甘かった。
朝になってもさくらは元に戻らなかったのだ。
さすがにこれはそのままにはできない。
小狼の住居は敷地の奥の離れにあるため、そうは人の目に触れることはないだろうが完全ではない。
まあそれ以上にお年頃の男の子にとっては「すっ裸の女の子」と二人っきりというシチュエーションの方がヤバイ。
さんざん悩んだ挙句に小狼が選択した手段は、自分以外の者に助けを求めるということだった。
それがエリオルと知世の二人である。

柊沢エリオル。
小狼の同級生であり、李家の始祖クロウ・リードの生まれ変わりを自称する少年。
正直なところ小狼はこの少年が苦手である。
まず外見が気に入らない。
一見、小狼と同年代の少年なのだが、見ているとどうにも違和感を覚える。
本当はもっと年上なのを魔法でごまかしているのではないだろうか。
クロウの生まれ変わりとかいうのも怪しいものだ。確たる証拠も何もない。
だが、個人的な好き嫌いは別として、小狼をも凌ぐ強大な魔力と圧倒的な知識を持っていることは間違いない。
こんな時にはもっとも頼りになる男だ。

そして大道寺知世。
やはり小狼の同級生である。
大道寺家は日本の古い名家の一つであり、李家とも古くからつながりがある。
その縁で知世も魔力や魔法の存在については一通りの知識を持っている。
こんな時に相談にのってもらえる数少ない人材の一人だ。
もちろん相談の内容はエリオルのそれとは違う。
知世への相談の内容、それは「さくらの衣服を調達して欲しい」ということだ。
当たり前だが、小狼の部屋に女の子のためのお洋服などない。
最初は自分の服でなんとかならないかと試行錯誤したのだが、サイズが全然あわないし、なによりもさくらが嫌がるのでしょうがなく知世の力を借りることとした。
姉たちに相談するという手もあったのだが、そうすると李家にさくらの存在が知られてしまう。
それはあまりよろしくない。
知世もこんな時にはもっとも頼りになる相談相手・・・・・・と思って呼んだのだが、知世が持ち込んできたお洋服の量にはさすがの小狼もたまげた。

「大道寺、なんだその荷物の量は。それ全部洋服なのか?」
「当然ですわ。さくらちゃんに似合いそうなお洋服をとりあえず見繕ってみました」
「とりあえずってそんなに必要なのか。当座をしのげる分だけでよかったんだが」
「いいえ! 写メでいただいたさくらちゃんの画像を見た時、わたし確信いたしましたの。この方こそわたしが待ち望んでいたお方だと。わたしの作ったお洋服をもっともキレイに着こなしていただけるお方だと!」
「にゃぁぁぁ〜〜〜〜」
「あぁ、貴方がさくらちゃんですのね。はじめまして。わたしは知世。大道寺知世ですわ」
「にゃにゃにゃ?」
「あら。おはなしはできないようですわね。それにしても。写メで見た通り、いえ、それよりもずっとずっと素敵ですわ! 知世、感激! さぁ、さくらちゃん。そんな無粋なシャツは脱いでもっとキレイなお洋服を着ましょうね〜〜。李くん。こちらの部屋をお借りしますわよ」
「お、おい、大道寺!」

まあ、そんなわけで大道寺知世演出のさくらファッションショーの開幕となったのである。
やれやれと言いたいところではあるが、さくらもキレイなお洋服が気にいって喜んでいるらしいし、小狼としても着飾ったさくらが思いのほか可愛かったのでこれも悪くないかな、と思っていたらそれが表情に表れてしまったらしい。
そこをエリオルにツッこまれてしまったわけだ。

「ふふっ、冗談ですよ」
「そんなことよりも柊沢、これはいったいどういうことなんだ。なんでさくらは人の姿になってしまったんだ?」
「今はなんとも言えません。そもそも彼女がどういう存在なのかもハッキリしていませんし。詳しい調査が必要です」
「お前にもわからないのか」
「そうは言われても。彼女を見るのは今日が始めてですからね。そこで、李くん。貴方に一つ提案があるのですが」
「なんだ」
「彼女をしばらくわたしに預けてみませんか。わたしのラボならば綿密な調査も可能です」
「お前のラボで調査か」
「どうでしょうか。少なくとも貴方のところで調べるよりは彼女についてよく知る事ができると思いますが」
「・・・・・・・・・・・・」
「彼女を傷つけるようなことはしないと約束しますよ。いかがでしょうか」

このエリオルの申し出に小狼は即答しなかった。
いや、できなかった。
エリオルの申し出は理にかなっている。
認めたくないが、魔力も知識もエリオルの方が自分より遥かに上だ。
化生の者を調査するための設備も、単なる住居である自分の部屋よりも数段に優れたものがエリオルのラボにはあるだろう。
この先さくらをどう扱うにしてもその真実を知っておくというのは小狼にとっても好ましいことのはずだ。
それなのに。

「ありがたいけど、今回は遠慮しておくよ」
「僕が信用できませんか」
「いや、そういうわけじゃない。今はさくらをそっとしておいてあげたいんだ。あいつも自分があんなことになって戸惑ってるかもしれないからな」
「そうですか」

小狼はエリオルの申し出を断った。
無論、さくらをそっとしておいてあげたいという言葉にウソはない。
だが、それだけではない。
何か―――小狼自身にも理解できない何かの感情がエリオルの申し出を断らせてしまったのだ。
何故かはわからないが、さくらをエリオルに近づけたくない、そんな思いが心の裡にある。
これは知世に対しても同じだ。
さくらが知世と楽しそうに接しているのを見ると心の中におかしな小波が生まれてくる。
ほんの些細な感情ではあるが、これまで感じたことのない感情だ。
それがなんであるのかは今の小狼にはわからない。

「まあ、貴方がそう判断するならばそれに従うしかありませんね。また何かあったらいつでも呼んでください。出来る限りのことはしますよ」
「あぁ。頼むよ」

結局、その日は知世から大量の衣料をもらったのと、さくらの存在を隠すためにエリオルに敷地内にいくつかの術を施してもらうに留まることになった。

「さくらちゃん、今日は楽しかったですわ。また新しいお洋服を作ったら持ってきますから楽しみにしててくださいね」
「では、李くん、さくらさん。また」
「にゃぁぁ〜〜ん」

去り際にエリオルが見せた嘲笑とも憐憫ともとれる笑みが気になったが、小狼は何も言わなかった。
自分でもエリオルと知世に対して感じているものの正体がわからなかったからだ。
ほんのかすかな、感情ともいえない小波のような感情。
これが後に小狼を苦しめることとなる。

NEXT・・・


続きます。

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