『桜猫物語・1』

※注意
本作はパラレルものです。

小狼−李家の次期当主。齢は16くらい。
さくら−にゃんこ娘。

という設定です。



深夜。
月のない星明りだけが照らす薄い闇の中、小狼は桜の古木の前で散り行く花を見つめていた。
桜といっても香港桜と呼ばれることもあるバウヒニアではない。
日本式の吉野桜である。
100年近くも前に日本から贈られたものと聞いている。
何かいわくつきの木であるらしいが、詳しい事情は小狼も知らない。
香港産の花木に彩られた李家の敷地の中で、この木の周りだけは何か他とは異なる雰囲気をかもし出している。

小狼はこの桜の木が好きだった。
李家で栽培されている草花は現当主である母と姉達の趣味なのか、どちらかというと派手なものが多くあまり好きになれない。
それに比べるとこの桜の木には何か見ているだけで心が落ち着くような静けさがある。
それは桜の花が盛りの今も変わらない。
華麗に咲き誇っているのにどこか儚くて―――
手を触れたら消え去ってしまう、そんな淋しさを感じさせる。
その儚さが小狼には心地よかった。
それは幼い頃から常の子とは異なる世界で生きてきた小狼ならではの感慨かもしれない。
一人で考え事をしたい時、修行に行き詰まった時、物思いに耽りたい時―――
そんな時、小狼はこの桜の前に来て心を静めるのだった。

もっとも、小狼が今、ここにいる理由はいつもとは違う。
家の者が最近、この桜の周りで怪異が起こると言い出したのだ。
はじめのうちは風もないのに枝が揺れる、何かの気配を感じる、といった他愛のない話だった。
それがやがて、夜になると妖しい光が灯るという話になり、さらには物の怪を見たという話にまで発展していった。
さすがにここまで話が大きくなると小狼としても無視することができない。
それに、魔道の家の者が物の怪に悩まされているというのでは物笑いのタネだ。
姉達もそんな面倒が起きるならあの桜の木を切ってしまえ、などと言い出しかねない。
そうなる前に話をおさめるためにやってきたのだ。

今夜は新月。
小狼の魔力がもっとも低下する日ではあるが、逆に言えばもっとも安定する日でもある。
魔力を隠すにはもってこいの夜だ。
これで隠蔽の結界を張ればよほどに敏感な魔物でなければ気取れられる恐れはない。
強い力を持った魔物が相手では苦戦する可能性もあるが、家僕の話からそれほどの相手ではなかろうと判断している。
おおかた低級な動物霊かなにかであろう。
捕まえて封印、もしくは浄化するだけ終わる簡単な仕事のはずだ。

「闘・妖・開・斬・破・寒・滅・兵・剣・瞬・闇・・・」

桜の根元に結界を張った小狼は、その中で瞑目して噂の物の怪が現れるのを待った。

――――――――――――――――――――――――――――――

小狼が結界を張ってから1時間ほどもした頃。
ふいに小狼の頭上に何かの気配が出現した。
件の物の怪が現れたようだ。

(来たな・・・)

小狼はゆっくりと懐から宝玉を取り出し握り締めた。
だが、それ以上の動きは見せない。頭上を見上げもしない。
ほんの少し、意識を頭上に集中したたけだ。
臆病な妖物は迂闊に動きを見せるとすぐに逃げ去ってしまう。
おかしな話をこれ以上長引かせないために小狼は今夜中に事をおさめてしまうつもりだった。
そのためにも、物の怪を捕獲できると確信できるギリギリのところまでは動かない。
動く時は決着をつける時だ。
相手に気づかれないように、少しずつ慎重に意識の触手を頭上に伸ばしていく。

(毛・・・? やはり何かの動物霊か?)

物の怪に触れた意識の糸が最初に伝えてきたのは、ふさふさとした毛の感触だった。
やはり何かの動物霊らしい。
次いで伝えられた対象のサイズはさほどに大きなものではなかった。
せいぜい数十センチといったところだ。
動物霊としても小型、おそらくは飼い犬か猫の類であろう。

(おそらくは猫か。だが・・・この感触はなんだ?)

小狼は対象は犬ではなく猫だろうと判断した。
霊は基本的に生前の行動を真似た動きをする。
犬であれば木に登ることはなかろうと思ったのだ。
それより、小狼が疑問に思ったのは意識が伝えてくる物の怪の感触だった。
あまりにも純粋すぎる。
動物霊にはこれまで何度か触れた経験がある。
しかし、意識が伝えてくる感触はこれまで触れたどれとも違う。
これまで触れた霊たちからはどれも何か『濁り』のようなものを感じた。
一度は『死』という絶対の体験をしたことからくる濁り。
それがこの物の怪からは感じられない。
そもそも霊という感じがしない。
生きていた何かが霊に変じたという感じではなく、この物の怪は初めからこのような存在としてこの世に生じた、そのように思える。

(ただの霊ではないな。ひょっとするとファミリアか? しかし、誰の?)

小狼が次に考えたのは、この物の怪は何者かに作られたファミリア(使い魔)ではないかということだった。
犬や猫などの小動物に似せてファミリアを作成するのはよくあることだ。
実際、小狼もそのようにして作られたファミリアを見たことある。
ファミリアならば光を発したり、魔力の無い者から姿を隠すこともできる。
単なる動物霊よりもこちらの方が可能性としては高い。
ただ、その場合は一体、誰のファミリアなのかということが問題だ。
さらに、ファミリアだとしたら何が目的で李家の敷地に侵入してきたのかも気になる。
誰が? 何の目的で?
小狼の頭の中で目まぐるしく思考が交差する。

そんな小狼をよそに物の怪は枝の上をぴょんぴょんと跳ね回る。
何かの意思や目的がある動きには見えない。
まるで楽しそうに遊んでいるかのような動きだ。
やはりただの動物霊なのか。
しかし、それにしてはこの感触は純粋すぎる。
だが、この無邪気としかいいようのない動きは・・・

(くそっ、なんなんだこいつは。何者なんだ。何が目的でここに来た!)

小狼の思考にわずかに苛立ちの感情が交じったその瞬間。
頭上の物の怪の動きがピタリと止まった。
小狼の存在に気がついたようだ。
苛立ちが魔力の揺れとなって結界から洩れ出てしまったらしい。

(しまった! 気づかれた!)

宝玉を剣に変え、結界を切り払って立ち上がる。
相手に気づかれてしまった以上、結界は意味がない。
物の怪が逃げるならば全力で追いかけ捕まえる。
抵抗するのならばこれも全力で闘い封印する。
そのいずれかだ。

「風華招来・・・」

木の上に飛び上がるために風華の呪を唱え始める小狼。
が、小狼が呪を唱え終えるよりも早く、その目の前に何かが飛び降りてきた。

「!?」

虚をつかれ、あわてて剣を構え直す小狼の目に映った『物の怪』の姿。
それは・・・

真っ白な毛。
ピンとたった耳。
くるりと輪を描く尻尾。
キラキラ光る瞳。
それに。

「みゃぁぁ?」

聞き間違えようのない可愛い鳴き声。

それはどこからどう見ても、ただの仔猫にしか見えなかった・・・

NEXT・・・


パラレルものの超定番、にゃんこさくら話です。
ただの仔猫にしか見えないさくらがどう変わるか・・・はもちろん、ご想像の通りです。
とりあえず真面目なお話ですが、そのうちあ〜〜んなお話やこ〜〜んなお話にも派生させようかと思います。
それも超定番ですが。
前から考えていた話なのですが、最近、ネコミミさくら絵を何度も目にしたのでいい機会だと思って書いてみました。
なんか2月22日は猫の日(ペットフード協会制定)だったからだそうで。
でも、多分ですが2月22日は
ネコミミ娘の日ではないと思います。

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