『イメージ・中学生編』
思いが全てを変えていくよ
きっときっと驚くくらい……
人が強く思い描くことは実現する。
イメージの力。
これはそんなイメージがもたらしたお話……
「ふん、ふふ〜〜ん♪」
ある晴れた日曜日の朝のこと。
さくらは上機嫌で跳ねるように街を歩いていました。
この時間ですとお散歩でしょうか。
でも、手にはお散歩するにはちょっと大きい紙袋が抱きかかえられています。
どこかに行く途中でしょうか。
「小狼くん、いるかな〜〜」
あ、どうやら小狼のところに行く気のようです。
手にしているのは小狼へのプレゼントでしょうか。
そうです。
さくらが手にしているこの紙袋、中身はいっぱいのクッキーなのでした。
昨日の夜、せっせと作っていたものです。
「帰ったぞ。ん？ なんだ、いい匂いがするな」
「あ、お兄ちゃんお帰りなさい」
「ただいま。なんだかいい匂いがするな。何か作ってるのか」
「うん！ 今、クッキーを焼いてるの。もうあとちょっとでおしまいだよ」
「ほう。どれどれ。パクっ」
「あ、お兄ちゃん！ 食べちゃダメ！」
「ふん、怪獣作にしちゃあなかなかの出来だな。もう一つ」
「そんなに食べちゃダメ！ これは小狼くんへのプレゼントなんだから」
「はあ？ あのガキにか。あのガキにはもったいねえな」
「いいでしょ、もう！ お兄ちゃんはなんで小狼くんのことになるとそんななのよ。昔から変わらないよね」
「別に。ただ気に入らねえだけだ。今も昔もな。それだけだ」
「もう！」
そんなわけで一生懸命作ったクッキーを手に小狼のマンションへと急いでいる途中なのです。
「小狼くん、喜んでくれるかな。ちょっと心配だな〜〜。で、でも！ 今度のは自信作なんだから。うん、きっと小狼くんも喜んでくれるよね。うん！」
小狼の反応を予想して悩んだり喜んだり忙しいさくらです。
でも、そのお顔には満面の笑みが浮かんでいます。
小狼と過ごせる一時を想像しての笑みでしょう。
今のさくらにはもう、これがなんなのかハッキリとわかっています。
それは小狼が自分にとって一人だけの一番の人だから。
一番の人と過ごせる時間が楽しいのは当たり前のことです。
さて、そんなことを考えながら歩いているうちに小狼のマンションへと到着しました。
小学生の時から何度も来ているので勝手もよく知れたもの。
さっそくエレベーターホールの方へと向かいますが。
「ん……？」
ふと足を止めて奥の駐車場の方へと目を向けるのでした。
何かに気づいたようです。
そろそろと足を進めて駐車場の方へと向かいます。
端の壁からひょこっと顔を出した先に見つけたのは。
「破ッッ！」
お目当ての小狼なのでした。
裂帛の気合と共に鋭い拳を宙に放っています。
左拳。
右拳。
体を捻って廻し蹴り。
どうやら拳法の修行をしているようです。
その真剣さにはうかつに声をかけることをさくらためらわせるものがありました。
さくらが見つめる中、小狼の修行は続きます。
そして。
（あれ？ これって……）
さくらが「それ」を認識したのは小狼を見つけてから1分も経たないうちにでした。
さくらに見えているのは小狼一人です。
これは当然のことで今、この駐車場には小狼とさくら以外誰もいません。
ですが、一人しかいない小狼のその動き、視線、表情を追っていると。
見えてきました。
小狼の前に存在しないはずの「見えない対戦者」の姿が。
（あの時と同じだ。たしか『独闘』ってやつ）
何年か前、同じ場所で見たあの時の光景。
イメージの力で存在しないはずの対戦者を作り上げ、それと戦う。
独闘。
それがさくらの目にも映ってくるのでした。
あの時よりも早くにそれに気づいたのは小狼のイメージがより強まったからでしょうか。
それとも、さくらが小狼のイメージに同調しやすくなったせいでしょうか。
あの時よりもさらにハッキリと「見えない対戦者」の姿が見えます。
それと。
小狼がイメージしているもう一つの姿も。
あの時にはそれと気づくことができなかった小狼が強くイメージする者の姿が。
戦う小狼を背後から見守る自分の姿が……
（小狼くん……）
かつてのあの時と同じようにさくらの頬をがぽっと紅く色づきます。
その理由を今のさくらは自覚しています。
自分の一番の人が自分と同じ、ううん、それ以上に強く自分のことを想ってくれている。
それを思うと胸の奥にキュッとくるものがあるのです。
そのイメージは鮮烈ではありますが特別に強い力を持っているとは感じられません。
小狼がイメージしているのが弱い者を守る、そういう闘いだからでしょう。
そこからは小狼の想い、さくらがカードの主だから、クロウの後継者だから守るのではない。
さくらを守りたい、さくらだから守りたい。
さくらが大切な人だから。
それがよく伝わってきます。
自分の一番の人が自分のことをとっても大切にしてくれる。
この場にいれば女の子は誰でも今のさくらと同じになることでしょう。
でも、今さくらの頬を赤く染めているのはそれだけではないみたいです。
（小狼くん、大人っぽくなったよね……。あんなに背も高くなって。初めて会った時はわたしとそんなに変わらなかったのに……）
そこまで考えてふるふると頭をふって過去を思い出します。
（ううん、あの時だってまだそんなにわたしと違わなかったよ）
さくらの言うあの時とは忘れもしないあの時のこと。
『おれ……おまえが……おまえが……好きだ』
小狼が自分の想いを打ち明けてくれたあの時のことです。
もちろん忘れるはずもありません。
今でもよくおぼえています。
まっすぐに自分を見つめる小狼の真摯な瞳を。
その色を。
瞳に宿った決意を。
記憶の中のその瞳は自分とさほど変わらない高さにありました。
それが今ではずいぶんと違う高さにあります。
小狼が日本に帰ってきてくれたあの日、互いの瞳の高さにはかなりの差が出ていました。
その差は時と共に広がっていき、今では見上げなければ瞳を合わせることができません。
（背だけじゃないよね。雰囲気も大人っぽくなってるし。それに……）
それに、の後に何を思ったのかさくらの頬はさらに赤味を増します。
ぼうっと半ば呆けたように小狼を見つめるさくらの頭に浮かんだ考え。
それは。
（小狼くんも男の子なんだよね……）
でした。
当たり前といえば当たり前なのですが、こうして激しく躍動する小狼の身体を見ているとそれを強く思い知らされます。
初めて会ったあの日は自分とほとんどかわらない身体つきでした。
背の高さも、腕の太さも、足のたくましさも自分と特に変わったところはない他の女の子のお友達と同じお友達の一人でした。
それが今ではどうでしょう。
身長もさることながら、腕の太さも、足の長さも、身体のバランスも、何もかも自分とは全く違います。
腕に浮かび上がる筋肉のたくましさはなんとしたことでしょうか。
あの腕に捕まったら逃げられそうもありません。
一見優雅に見えるその指先も、宙を切り裂くその凄まじさを見ればどれほどの力を秘めているのかは赤子にもわかろうというものです。
あの指で頭を押さえられたらはたしてどうなってしまうのでしょうか。
あの強い腕に抱きしめられて、あの指で頭を押さえつけられてしまったら。
あの広い胸に……
（や、やだ。わたし、何を考えてるの）
またふるふると頭を振ってあわてて頭に浮かんだ考えを振り払おうとしますが、一度意識してしまうとそう簡単には忘れることができません。
さくらの視線はもう小狼に釘付けです。
ここで誰がが声をかけてきてもきっと気づかなかったでしょう。
しばらくの間、さくらはぽけ〜〜っとした顔で小狼に見とれていました。
が、さすがにちょっと恥ずかしくなってきちゃったみたいですね。
（ば、バカ、なに考えてるのよ。小狼くん、あんなに真面目に修行してるのに）
またまた頭をプルプルさせると今度は小狼の後ろ、もう一人の自分に目を向けるのでした。
あの日、自分の写し身とは気づかなかったもう一つのイメージへと。
それが自分であることは今のさくらにはよくわかります。
あまりにも弱々しく、儚げでありながらも対戦者よりもむしろ鮮烈なイメージを感じさせるそのビジョン。
そこから小狼がどれほど強い思いをそのイメージに託しているのかがよくわかります。
どれほどに強く自分のことを想ってくれているかを。
いえ、ただ想っているだけではありません。
さくらにとって今、目の前にあるのはただのイメージではなく、まさにこれまでの自分と小狼の関係を正確にとらえたものと映るのでした。
小狼くんはいつだってわたしを助けてくれる。
昔も。
今も。
多分、これからもずっと……
（そうだよ。小狼くんはいつだってわたしを助けてくれた。カードを集めてた時も。カードさんを変える時も）
さくらの中によみがえる数々の思い出。
その中の小狼は今まさに見ている通り、自分を助けてくれていました。
何も言わず、何も求めずにただ、さくらを守るために戦っていました。
その姿はさくらの胸に懐かしさとなんともいえない不思議な心地よさを与えてくれるのでした。
それと同時にもう一つ。
小さな、これもなんとも言いようのない不思議な痛みももたらすのでした……
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「おつかれさま」
「なんだ、さくら。来てたのか」
小狼がさくらに気づいたのは修行を終えてさくらから声をかけられた時でした。
ここまで気づくのが遅れたのは彼にとっては少し迂闊な気もしますが、それだけ集中していたということでしょう。
「本当に小狼くんは修行熱心だね。いつもいつもよく頑張れるなあ」
「まあ、これも日本に来る条件の一つになってるからな。学問、武芸の修練を怠らないことってな」
「ふうん。やっぱり小狼くんはすごいなあ。さっきのもすごかったよ。独闘、だっけ？」
「また見えたのか。あれが」
「うん。前に見たときよりもハッキリ見えたよ。小狼くんのイメージがそれだけ強くなったってこと？」
「どうかな。お前の感性が強くなってるのかもしれないぞ」
「ねえ、小狼くん。一つ聞いていいかなあ」
「なんだ」
「小狼くんが小狼くんの後ろにイメージしてたの……あれ、わたし？」
「！？」
思いがけないさくらの言葉に小狼は驚きの表情を隠すことができません。
まさかそこまで見えているとは思ってもいなかったのです。
対戦相手ならまだわかります。
小狼自身の動きから闘いを想定することは可能ですし、闘いのイメージからその対戦相手を想像することもイマジネーションの強い者ならばあるいは可能、そう考えていました。
ですが、小狼の動作に全く関係のない背後のイメージまで見られていたとは。
それもイメージしているまさにその本人に。
小狼が驚くのも当然のことでしょう。
「み、見えてたのか。あのイメージまで」
「うん。見えてたよ。小狼くんがイメージしてたのは誰かを守るための戦い、そうなんでしょ？」
「そ、そうだ」
「その誰かってだれ？ わたし」
この問いにはさすがの小狼も一瞬、つまってしまいます。
むろん、小狼が守りたいとイメージしていたのはさくらです。
でも、それを当の本人に向かって告白するのはやはり恥ずかしいものです。
たとえ互いの想いを告げあった今であっても。
とはいえ、ここで否定することなどもちろんできません。
素直に答えるほかないです。
また、そうしなければならないことでもあります。
「そ、そうだ。お前だ」
「やっぱりね」
小狼の言葉にさくらの顔に満足そうな笑みが浮かびました。
その笑みを見て小狼もホッとします。
けれど次の瞬間、小狼は困惑の表情を見せるのでした。
一瞬の笑みの次にさくらの顔に浮かんだのがなにか辛そうな表情だったからです。
まるで苦いものを噛みしめているような、そんな感じです。
続くさくらの言葉が小狼の困惑をさらに深めていきます。
「小狼くん……ごめんね」
「な、なんのことだ。何を言ってるんだ、さくら」
さくらが何を謝っているのか小狼にはさっぱりわかりません。
さくらを守るイメージを抱いていた、それがどうしてさくらの謝罪になるのでしょうか。
いぶかしむ小狼にさくらは続けます。
「あのね。本当は前の時もわかってたの。小狼くんがイメージしてるのは誰かを守るための戦いなんだって」
「な！？ み、見えてたのか？ あの時も」
「うん。だけどあの時はわからなかったの。小狼くんが守りたいのが誰なのか。あの時のイメージもわたしだったんでしょ？」
「も、もちろんだ」
「やっぱり。小狼くんはそんな前からわたしのことを思ってくれてたんだね。なのに、わたし全然気づかなかった……」
「おい、さくら」
「思ってくれるだけじゃない、小狼くんはいつもわたしのことを守ってくれたよ。それなのにわたし、小狼くんの気持ちに気づけなくて。小狼くんが守ってくれるのを当たり前みたいに思ってて……」
しゃべりながら徐々に表情を暗くしていくさくらに、小狼は心配になってきました。
小狼にしてみれば当たり前のことをしていただけで謝られるようなことではなかったからです。
でも、今のさくらはそれがとても罪深いものだったと感じているようです。
さくらの言葉はさらに続きます。
「わたし、思っちゃったの。小狼くんどんな気持ちだったんだろうって。一番の人が自分のことなんとも思ってくれない、それでも一番の人のために戦う、それってどんなに辛かったんだろうって。わたし、なんてひどい子だったんだろうって、わたし……」
「さくら。もうよせ」
堰を切ったように続くさくらの謝罪を小狼はさえぎりました。
彼らしい、とても落ち着いた優しい口調で。
そうでもしないとさくらが泣き出しそうだったからです。
いえ、もううっすらと涙が浮かび始めています。
「で、でも！ 小狼くん、わたし」
「もうよせ。さくら。大切な人のことを思うっていうのはそんなんじゃない。お前だってわかってるはずだ」
「でも、わたし……」
「さくら。お前はカードたちを変えていた時、そんなことを考えていたか？」
「え？ カードさんを変えてる時？」
「そうだ。あの時、お前はカードたちを助けたい、それだけを考えてたろう。別にカードたちに感謝してもらいたかったわけじゃない。カードたちが大切な存在だったから。それだけだろう？」
「う、うん」
「おれも同じだ。おれにとってお前が大切な存在だったから。それだけだ。大切な人を守るっていうのはそういうことなんじゃないかな。だから謝ったりしないでくれ」
「小狼くん……」
まだ何かを言おうとするさくらを小狼はやさしく抱きしめてあげるのでした。
泣く幼児をあやすようにやさしく、あたたかく。
奥手な彼にしてはかなり大胆なアプローチです。
やっぱり恥ずかしいのかちょっと赤くなってますね。
声も少しうわずちゃってます。
「そ、それに。頼むからおれの前でそんな顔をしないでくれ。おれはお前にそんな顔をさせたくなくて戦ってたんだ。だから」
「うん。わかったよ、小狼くん。でも、これだけは言わせて。今までわたしを助けてくれてありがとう」
「ありがとうか。ならばおれにも言わせてくれ。おれがここまで頑張れたのはお前がいてくれたおかげだ。ありがとう、さくら」
「うん！ ありがとう、小狼くん」
小狼のあたたかい気遣いにようやく笑顔を取り戻したさくら。
自分の両手も伸ばして小狼の背を抱き寄せます。
互いの体温と鼓動を確かめるかのように擦り合う二人。
さくらと小狼はしばらくそのままで二人だけの幸せを味わうのでした。
が。
二人ともふいにかぁぁぁ〜〜〜っと真っ赤になったかと思ったらバッと飛び離れてしまいました。
朝からあまりのラブラブさにさすがに恥ずかしくなってしまったのでしょう。
それと、この二人の場合、ラブラブになるとどこからともなくカメラを携えた自称「愛の観察者」があらわれますのでそれを警戒したのかもしれません。
しばらく周りをキョロキョロと見回して誰もいないことを確認してようやく安堵の溜息をもらす二人なのでした。
「いつまでもこんなところにいるのもなんだな。上に上がらないか。いいお茶があるんだ」
「そ、そうだね。あ、そうだ。今日は小狼くんにクッキーをプレゼントしに来たんだった。小狼くん、一緒に食べよう」
「クッキーか。そういえばあの時もそうだったな」
「今度はわたしが作ったんだよ。雪兎さんのクッキーには負けるかもしれないけど、美味しいんだから」
「そいつは楽しみだ」
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……………………
…………
二人は仲良く手をとってエレベーターホールへと向かいます。
同じ「イメージ」を感じながらお互いを感じ合うことができなかったあの日。
でも、今日は違います。
小狼の、そしてさくらが感じ、想った「イメージ」は今まで以上に二人を強く結びつけてくれたのです。
人が強く思い描くことは実現する。
思いが全てを変えていく。
きっときっと驚くくらい……
……それはいいんですが。
エレベーターホールの方に向かう時、さくらの顔に一瞬、微妙な表情が浮かんだのは気のせいでしょうか。
さっきの辛そうなのとはまた別の。
これまたなんと言ったらいいのか。
本当にびみょ〜〜としかいいようのない表情でしたが？
NEXT？
イメージ・中学生編でした。
やはり中学生以降の話はクリアカード編がどうなるかわからないので書きにくいです。
さすがにトンでもない結末にはならないと思うのですが。