『無惨編・番外e5』


(※この先は完全に「男性視点」のR18指定でかなりエグイ表現があります。
苦手な方と18歳未満の方はご遠慮ください)


















さくらの悲鳴を背にしながら小狼は書斎の奥まで退いた。
棚から出したワインボトルとグラスをテーブルの上に並べてソファに腰掛ける。
ワインを手酌でグラスに注ぎ、流し込むようにして呷る。
味は分からない。
まだ酒の味が理解できる年ではない。
大人の真似をしているだけだ。
背伸びをしたがるところは年相応の子供っぽさとはいえる。
さらに数杯を干したところで荒い息をついてソファに身を沈めた。
なおも途切れ途切れに響く悲鳴を聞きながらぼんやりと考える。

自分は一体、なにをやっているのか、と……

金の力で女性を縛り弄ぶ。
さほどに珍しいことではない。
そこそこの家格のある家ならどこでもやっている。
歴代の李家当主達もやってきたことだ。
十数人の愛妾をはべらせた猛者もいたと聞いている。
それに比べれば今宵の宴などたいしたこともない。
李家当主としてそれほどに外れたことをしているとは思っていない。

だが―――

自分はそんな男だったのか?
金で女性を弄ぶことに悦びを感じる、そんな下衆だったのか?
違う。
李小狼はそんな男ではなかったはずだ。
先祖の乱行を下卑た行為として軽蔑し、自分はけっしてそんな下衆な行為はしまい、そう誓ったはずだ。
それが何故このようなことに。

「みんなお前が悪いんだ。お前のせいだ。お前のせいで俺は……さくら」

絞り出されるような呻き声にその全ての答えがあった。

「さくらです。今日から小狼様のお世話をさせていただきます」

さくらが始めて小狼の前に立ったあの日、あの日が全ての始まりだった。
それまでの小狼は無色の世界の中で生きていた。
李家次期当主という与えられた役割を淡々とこなすだけの生活。
他にはなにもない。
子供らしい遊びも喜びも感情もない。
それを与えてくれる者は小狼の周囲にはいない。
彼らが接しているのは小狼という個人ではなく、李家次期当主という冠。
小狼の生活に潤いを与えてくれる者はいない。
何の色彩もない無色の世界、それが小狼の世界であり、また小狼自身もそれを当たり前のこととして受け入れてきた。

そんな世界にある日ぽつんと灯った色彩、それがさくらだった。
はじめはなんとも思っていなかった。
さくらに戸惑わされることはあったが、それは今まで交わったことのないタイプの人間の反応が珍しいだけ、そう思っていた。
だけど、さくらの放つ「色」は少しずつ小狼の周囲を、そして小狼自身を着色していく。
気づいた時には小狼の世界はすっかり「さくら色」に染め上げられてしまっていた。
さくらによって自分は変わった、今ではそう自覚している。
かつての自分は人ではなかった。
李家当主という役目を果たすだけのなんの感情も持たない、一族にとって都合のいいだけのお人形でしかなかった。
今の自分は違う。
喜怒哀楽、そういう人として当然の感情を当然のこととして受け止められる。
かつては感じることのできなかった喜びを今はハッキリと感じることができる。
さくらと共に生きる幸せを。

そしてその感情こそが今の小狼を突き動かす炎となっている。
かつての小狼の心には執着という概念がなかった。
これは執着する対象が存在しなかったためであろう。
望むものは全てなんなく手にすることができる。
こんな環境で育てられては執着心など生まれるわけもない。
今の小狼にはそれがある。
さくら、という何よりも愛し、欲する存在があるからだ。
そして、その存在がかつての小狼なら思いもよらなかった強い執着心もまた生み出している。
小狼自身が困惑するほどに強烈な執着心をだ。
さくらが欲しい、さくらの全てが欲しい、さくらの全てを自分のものにしたい、他の誰にも渡したくない、見せたくもない。
もはや執念と呼べるほどまでに燃え上がったこの執着心が小狼を突き動かしている。
さくらの心と体にけっして消えぬ痕を刻みつけたい、さくらが自分だけのものという印を刻みつけたいと。
あの乱行はけっして肉の欲や征服欲を満たしたいだけのものではない。
どうしたらさくらの中に自分を焼き付けられるのか、滑稽なまでに真剣に考えた結果があれなのだ。
それを未熟な子供のわがままと笑うのは可哀想だろう。
たとえ、その行為が行き過ぎたものであったとしても。

「さくら、みんなお前が悪いんだ。お前のその身体が俺を狂わせるんだ。お前の力が俺を……」

先ほどの暴虐がよほどに後ろめたいのか、つぶやき声も愚痴とも言い訳ともつかぬものにまで落ちぶれている。
だが、この愚痴こそはまさに小狼の心情の吐露とも言えるものだった。
さくらの秘める力はあまりにも強すぎたのだ。

小狼とて最初からあのような暴虐に走ったわけではない。
最初のうちはそれこそかよわい花を愛でるかのようにさくらをいたわった。
さくらを傷つけ失うことを恐れたからだ。
しかし、小狼の内には小狼自身も抑えることのできぬ魔性の血が蠢いている。
これだけは小狼にもどうにもできない。
そしてその血はある満月の夜、ついに暴発した。
血の求めるままにさくらの身体を貪ってしまったのだ。
翌朝、正気に返った小狼は己の犯した過ちへの恐怖に慄いた。
あれほど守ると誓ったはずのさくらを自分の手で傷つけてしまった。
しかも、自分の内に潜む魔の本性まで晒してしまったのだ。
人の目に魔性の者がどのように映るのか想像に難くない。
おぞましい人外の化け物に見えたことだろう。
あの笑顔を永久に失ってしまった、その恐怖に小狼は慄いた。
だけど。

「おはようございます!」

さくらは強かった。小狼が想像していたよりもはるかに。
常人であれば精神に異常をきたすほどの暴威を身に受けながら、なお変わらぬ笑顔を小狼に向けてくれたのだ。
いや、変わらぬどころかその笑顔は昨日までよりもさらにまぶしい光彩を放っているかのように小狼には見える。
この少女はいったい……?
その後も幾度かこのようなことは起きたが、さくらはなおも変わらず小狼に笑顔を向け続けた。
そしてその笑みは事が起きるごとにさらに光彩を増していくように小狼には見える。
いや、笑みだけではない。
さくらの肉が肌触りが感触がその与える快楽が、さらに増していくように感じられる。
暴威を身に受ける度にさくらはその魅力をいや増していく。
輝くほどに。
責めれば責めるほどさくらは輝いていくのだ。砥石で磨くかのように。
日に日に妖しさを増すさくらの肉の魅力の前では、未熟な少年の理性など儚い薄霧のごときものだった。
小狼はさくらの肉に溺れた。
責めれば責めるほどに旨みを増す肉を取り憑かれたかのように責め嬲り、その快楽に浸りきった。
その結果が今夜のあの様だ。
無様を晒しているという自覚はある。
それでもやめることができない。
さくらの肉の快楽はそれほど抗いがたい魅惑的なものなのだ。

かつての小狼はこの事実に狂喜していた。
李家当主という金と権力をほしいままにできる地位、それに絶大な魔力。
自分は選ばれた特別な人間なのだという自負がある。
そんな自分に天はさくらという花までも賜ってくれたのだ。
魔性を秘めた自分の責めに耐え、さらに責めれば責めるほどにその輝きを増していくというまさに自分のためにあつらえられたかのような天上の美花を。
世にこれほどの花は二つとないだろう。
その得がたい花を天は自分に授けれくれたのだ。
自分こそはまさに天に選ばれし者、そう自惚れている時期がたしかにあった。

しかし、今は違う。
日に日に輝きを増していくさくらを見ていると思う。
天が本当に選んだのは自分ではなく―――さくらなのではないか。
自分はさくらを磨くための砥石にすぎないのではないか。
さくらという大輪の花を咲かせるための肥料、それが天が自分に与えた役割なのではないか、と。
それほどまでにさくらは魅力的になった。
はじめて会ったあの日も十分に魅力的ではあったけれど、今はもうその比ではない。
誰もを、いや、あらゆる存在をも魅了する妖しい花へと生まれ変わった。
カード達がまさにそれだ。
あのカード達の暴走は彼女達なりの愛情表現だ。
人でない彼女らはああいう形でしか愛を表現できない。
あの行為の激しさはまさに彼女達の愛の深さを表している。
カード達はさくらを愛している。本来の主である自分よりも。
そもそもこれまでカード達から愛を感じたことなどない。
彼女達と自分の関係はあくまでも契約によるものだ。
そこに愛などない。
もしも自分とさくら、どちらかを選べと問うたら、間違いなく彼女達はさくらを選ぶだろう。
伝説のクロウ・カードをも魅了するさくらの力、そして魔力。
もとよりさくらに魔力の素養があることは小狼も気づいていた。
その素養は完全に花開き、その魔力は今では完全に小狼を凌いでいる。
その気になれば小狼からカード達を奪うことなど造作もないはずだ。
その魔力のもとになっているのは言うまでもない。交情の度に小狼がさくらに注ぎ続けた魔力だ。
愚行を繰り返したあげく、己の地位を脅かす強大な魔道士を育てていた。
これほどバカなこともそうはあるまい。
そうとわかっていても愚行を止めることができない。
それが今の小狼だ。

小狼の頬に自嘲の笑みが浮かぶ。
だが、それは反省という類のものではないようだ。
それはこう言っている。
馬鹿げたことか。
それがどうした。
天の意思など知ったことではない。
俺は俺のやりたいようにやる。それだけだ。
その結果がどうなろうとかまうものか。
李家当主の座? くだらない。
この程度のことで崩れるのならその程度のものだったということだ。
それに俺も見てみたい。
さくら、という花が咲き誇るその姿を。
たとえそれがこの身を滅ぼす花であったとしても……

瓶に残ったワインを干して立ち上がる。
精気は回復したようだ。
股間のものは猛々しく天を仰いでいる。
騒乱の場へと足を向ける。
愚行を繰り返すつもりなのだろう。それと知りながらも。

宴は続く―――

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オチ編へ。
ここの話は最後にオチがつきます。

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