『無惨編・番外』



「やれやれ。知世嬢にも困ったものだな」
「申し訳ありません小狼様!」

頭を下げながらさくらは己の迂闊さを恨んでいた。
考えが甘かった。
知世と奈緒子が約束したのは「雑誌には投稿しない」ということだけだ。
今の世の中、雑誌に投稿などせずとも作品を発表する手段はいくらでもある。
ネットに公開するという手もあるし同人誌という方法もある。
あの二人の日ごろの行動を鑑みればそこに考えが回らなかったのは迂闊としか言いようがない。
今、小狼が手にしているのは問題の小説を知世が同人誌化したものだ。
フルカラーの表紙には自分と小狼をモデルにしたと思しきキャラが描かれている。
さすがに細かいところは変えてあるものの、見るものが見れば誰がモデルかは一発でわかる。
その内容もまた。
荒縄で縛り上げられた自分を見下ろす小狼という構図からまともな内容を連想するものはいまい。
まさかこんな代物を当の本人に手渡すとは。
ここまでくるともう、さくらの理解の範疇を超えてしまっている。
さくらの考えが甘かったというよりは、知世と奈緒子の行動力が飛びぬけていたというところか。

「本当に申し訳ありませんでした!」
「おまえが謝ることはないさ。知世嬢も悪気があってやってるんじゃないだろうし」

申し訳なさそうに謝罪を繰り返すさくらに対して小狼の方は悠然としたものだ。
面白そうにペラペラとページをめくっている。
だが、それが本心からの態度であるのかはさくらにも判断がつかない。
この男の表情から感情を読み取るのはさくらにとっても至難の業だ。
本心から面白がっているのかもしれないし、怒り心頭に達しているのかもしれない。
前者であればともかく、後者であった場合どうなることか。
それがさくらは心配だ。

「なかなか良く出来てるな。そこそこには楽しめたよ」

一通り読み終えたのか、小狼は本をポイッと机の上に放り投げた。
その顔にはあいかわらず楽しげな笑みが浮かんでいるが目は笑っていない。
氷のように冷たい光でさくらを射抜いている。

「ちょっと表現が過激すぎる気もするけどな。女子の間ではこんなのが流行ってるのか?」
「そ、そんなことはありません。その辺は知世ちゃんの趣味です」
「なるほど。たしかにな。知世嬢はこういうのが好きそうだ」

傍目には楽しげと見える会話が続く。
しかし、小狼の目の冷たさは欠片ほども和らいでいない。
さくらは心なしか部屋の温度が下がってきたかのように感じていた。
まるで部屋の中に何か恐ろしいものがあってそれが温度を吸い取ってしまっているかのようだ。
さくらの悪寒をよそに小狼の言葉は続く。
声音はあくまでも優しげに。含まれる温度は氷のように冷たく。

「だけど、この焼印のシーンにはまいったよ。知世嬢にはおれがこんな酷いことをする男に見えていたのか。ちょっとショックだな」
「も、申し訳ありません! 知世ちゃんにはわたしからよく言っておきます。小狼様はとてもお優しい方で、今まで小狼様に酷いことをされたことなんか一度もありませんって」
「フフッ、そうだよなさくら。おれがお前を傷つけたりするわけないよなあ。お前はもうおれのモノなんだから。自分の大事なモノを自分で傷つけるバカはいないよなあ・・・・・・」

さくらを見る小狼の目がすぅっと細められる。
それはもはや人が人を見る目ではない。
これから貪り喰らう獲物を見つめる獣の目つきだ。
凶悪、これ以外にこの視線を形容する言葉はない。
部屋の温度が一気に下がっていく。
もうハッキリそれと分かる冷気が小狼から吹き付けてくる。
冷気とそれに含まれる凶気にさくらは身震いした。

「見せてくれよ、さくら。お前が“おれのモノ”だという証を」
「はい・・・・・・」

凶気と淫欲に満ちた命に従ってさくらは衣装を落とし始める。
スカーフ、エプロンドレス、スカート、ガーターベルトを次々に落としていく。
そしてほんの一瞬の躊躇いの後にブラジャーとパンツも脱ぎ落とす。
残したのはメイド用のソックスと手袋、カチューシャだけだ。
全裸よりも男の欲望をそそる淫らなオブジェと化した体が淡い照明の下に照らし出される。
まだ完全には育ちきっていない双つの膨らみ、少女と女性の微妙な境目にあるボディライン、うっすらと繁る股間の柔毛、真っ白い肌・・・・・・

と、ここで不思議な事が起きた。
さくらの胸の中央、真っ白い肌の真ん中にポツンと黒い染みのようなものが浮かんだのだ。
さらにその周辺の肌にも同じような染みがいくつか浮かび上がってくる。
浮かび上がった染みは徐々にその面積を広げていき、染み同士が繋がりあってついにはさくらの胸にある模様を浮かび上がらせた。
黒いオオカミを模した紋章だ。
猛々しく開かれたその顎はさくらの左胸、ちょうど心臓の真上に位置している。
これが何を意味しているのかは言うまでもあるまい。
少女の全身を覆う瘴気の凄まじさは常人ならば発狂しかねないレベルに達している。
反抗も逃亡も許さぬ絶望の刻印。
これに比べれば焼印など子供のお遊びのようなものだ。

紋章の完成を見届けると小狼は満足そうにうなずいて立ち上がった。
さくらの肌に手を伸ばし紋章をなぞるように肌をまさぐる。

「きれいだよ、さくら」

たしかに美しい。
清楚な少女の肌に刻まれた異形の紋章は倒錯的な美の極致を表現していると言ってもいい。
まともな神経の持ち主では紋章の発する凶気に耐えながらこの美を鑑賞することなどできはしないだろうが。

「ありがとうございます。小狼様」
「本当にきれいだ。こんなきれいな肌を焼くだなんて知世嬢も酷いことを考えるなあ。おれにはそんな酷いことはできないよ」
「はい」

それはそうだろう、とさくらは思う。
この人は焼印などという無粋な真似はしない。
もっと確実でもっと残酷な方法を幾らでも知っているのだから。
紋章から滲み出る呪いが臓腑をゾロリゾロリと舐め上げてゆくのがわかる。
愛しさすら感じさせるそれにどれほどの力を秘められていることか。
その気になれば自分の心臓など卵の殻よりもたやすく捻り潰されてしまうに違いない。
この人から逃げることなどできはしない。決して。

「くむぅ・・・・・・んぅ・・・・・・」

さくらの口から悩ましげな吐息が漏れ始めた。
小狼の指が股間の秘所を弄いはじめたのだ。
甘い刺激に思わず声が出そうになるのを必死になって抑える。
ご主人様のお許しも得ずに喘ぎ声を上げるようなはしたないオモチャにはキツイお仕置きが待ち構えていることを重々承知しているからだ。
直立不動の姿勢で小狼の愛撫に耐え続ける。

「くくっ、ほんとうにお前は可愛いなあ、さくら」

小狼が秘所から指を抜いたのはたっぷり一分以上もさくらの中を掻き回してからのことだった。
ぷるぷると震えるさくらを愛しげに抱きしめて耳元でそっと囁く。

「ここのところ忙しくてお前にかまっている暇がなかった。今日は存分に楽しませてもらうぞ」
「お心のままに。小狼様・・・・・・」

ご主人様の腕の中で愛の宣告に応えながら、さくらはそっと顔を伏せた。
これから始まる情事に羞恥を感じて、ではない。
さくらの目はあるものを見ているのだった。
床に落ちた小狼の影だ。
それはウネウネとうねくり時折、人とも獣ともつかぬ手足や首を生やしては消える異形の影であった。

(小狼様、怒っていらっしゃる・・・・・・)

その理由もさくらにはわかる。
下劣な本のネタにされたからではないだろう。
さくらとエリオルが抱き合う知世のイラスト、あれが拙かったのだ。
独占欲の強いこの男は、さくらが他の男に惹かれるなどという情景を決して許しはしない。
たとえ、それがフィクションの中であろうともだ。
行き場のないこの怒りの矛先は自分の躯に向けられる、それもさくらにはわかる。
今宵の責めはキビシイものになりそうだ・・・・・・

これから加えられるであろう被虐の快楽を予想してさくらは身を震わせるのだった。

NEXT?


無惨編の番外編。
小狼、冷酷な御曹司様バージョン。
イベントの準備中にちょこちょこ書いてたものです。
プチオンリーのように真面目なイベントにはエッチぃお話は出しにくいので裏で書いてました。
エロエロ編に続く?

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