『香港物語・1』

※注意
本作はパラレルものです。

小狼−李家の次期当主
さくら−李家に雇われたメイド

という設定です。



「さくらです。今日から小狼様のお世話をさせていただきます」

そう、自己紹介する少女を見ながら小狼が考えていたのは

(こいつがオレの“受け皿”か。見た目はなかなかのものだ。魔力の素養もあるようだし。偉か母上か知らないが俺の趣味がよくわかってるいるじゃないか)

なんの感情もこもらない値踏みだけだった。
そして、それが小狼にとってのさくらの第一印象だった。

小狼が15歳の誕生日の日にメイドとしてつけられた少女、さくら。
年は小狼と同じか1つ下くらいか。
胸のふくらみがわずかに女性らしさを主張しているものの、その体形はまだ少女の域を出ていない。
栗色のショートカットヘア。魔力の影響なのか複雑な色彩に輝く瞳。
高級な人形のように整った顔立ちをしているが、無機質さを感じさせない明るさを持っている。
可憐さと活力の両方を備えた美しさ。いや、まだ「可愛い」という言葉の方が似合うか。
この少女ならば人ごみの中にいても目をひく存在だろう。
少なくとも外見だけなら小狼の審美眼にも適っている。
常に傍らに置くメイドとして文句のないレベルだ。

だが、この少女の役目はただのメイドではあるまい、と小狼は考えている。

李一族。
香港を権力と経済の両面から支配する巨大企業。
小狼はその次期当主だ。
李一族の特徴、それは“魔力”の一言で表される。
李一族は代々の当主が持つ巨大な魔力によってその力を維持してきた家なのだ。
当然、小狼も強い魔力を持っている。
それは、あるいは始祖であるクロウ・リードすら凌ぐのではないか?と一族の重鎮が期待するほどに強力なものだ。

しかし、その強大な力は一族にとっては福をもたらす力であっても、当主本人にとっては必ずしも幸せなものではない。
制御できない魔力は時に自分自身を滅ぼす凶器に変わる。
特に精神が不安定な思春期はその危険が最も高い。
魔力と深い関係のある“性”への目覚め。
それが危険へ一層の拍車をかけるためだ。

だから、それを未然に防ぐためにあてがわれた小狼の性の“受け皿”。
万が一の際には暴走した小狼の餌食とするための“生贄”。
小狼はさくらの役目をそう理解した。
別に珍しいことではない。
若い当主の性の暴走を防ぐために適当な女性をあてがう風習は、古い時代の武家にはよくあったことだ。
きっとこの少女も現当主である夜蘭に小狼の“夜伽”の世話をすることを言い含められているに違いない。
李家の財力と権力をもってすれば、無力な少女の一人や二人どうにでもなる。
過去、何度もあったことだ。
小狼自身も目の前の少女の悲惨な運命に何の憐憫の情も感じていない。

それでも誕生日プレゼントが自由にしていい女性というのはなんとも時代錯誤なものだな、と内心では苦笑していた。

「小狼だ。まぁ、よろしく頼む。お前の部屋は女中頭に聞くといい」
「はい、わかりました。では何か御用がありましたらお呼び下さい」

屈託のない笑顔で答えて振り返ったさくらの後姿を見ながら

(さて・・・どうしたものかな。今すぐというのも興がないし・・・しばらくは様子を見るとするか)

妖しい笑みを浮かべる小狼だった。


――――――――――――――――――――――――――――――


こうして始まった小狼とさくらの生活だが、それは小狼にとってなんとも不思議なものとなった。
幼い頃から李家の跡継ぎとして育てられてきた小狼の周囲には常に一流の人間しかいない。
執事である偉をはじめとして、教師も家で仕える者達も友人達ですら一般人とはレベルの違う最高級の人間だけだった。
しかし、さくらは・・・

「おはようございます小狼様!」
「さくら・・・おはようって・・・。今何時だと思ってるんだ」
「そ、その〜〜〜。今日は目覚まし時計が壊れてまして・・・」
「・・・。それじゃあ、さっきお前の部屋で目覚まし時計が鳴ってたのはなんだ?」
「えっ?あ、あの、その・・・すみません!寝坊してしまいました!!!」
「やれやれ。まあいい。早く朝食の準備をしてくれ」
「はい!」

と万事がこの調子なのだ。
別にさくらが怠け者だというわけではない。
本当に一生懸命に小狼の世話をしてくれている。それはわかる。
ただ、さくらにはどこか1本、抜けているところがあるらしく、たびたび小狼の前で失敗をしてしまうのだ。
盛大にすっ転んで淹れたての紅茶を小狼の頭からぶっかけたこともあった。

(全く!なんなんだあいつは!偉はいったい、なにを考えてあんなのを選んだんだ!)

一度は偉の選出眼を称えた小狼だったが、度重なるさくらの失敗には首を傾げざるをえない。
それでもさくらをクビにしないのは

(だけど・・・面白いな、あいつは。今までオレの周りにはいなかったタイプだ)

さくらの天性ともいえる明るさのせいか。

たしかにさくらはこれまで小狼と交わってきた人間達と比べると数段、格が落ちる。
今まで小狼の周りにいたのは何事も完璧にこなす人間だけで、さくらのように失態を繰り返す者はいなかった。
しかし、それだけに小狼自身と深く交わる人間もいなかった。
あまりにも物事を完璧にこなしてしまうとそこには必要最低限の会話しか生まれない。
小狼が命じ、命じられた者がそれを完璧にこなす。
そこには単なる指示と結果の確認という機械的な行為しかない。

けれど、さくらは違う。

「あの、小狼様」
「なんだ?」
「今日の紅茶、お味の方はどうでしょうか」
「ん?あぁ、そういえばいつもとは違うみたいだな」
「わかっていただけますか!それ、昨日の市場で買ってきたものなんです。とってもいい香りがしてて・・・小狼様も気に入っていただけるかと思いまして」
「それじゃあこれ、お前の給料で買ったのか?」
「はい!」
「何もわざわざ自分の金を使うこともないだろう。茶葉くらいうちの調理場にいくらでもあるはずだ」
「でも・・・わたし、自分のお金で小狼様に喜んでいただきたかったんです。いけませんでしたか?」
「いや、そんなことはない。ありがとう」

何を命じられたわけでもなく、自分の得になるわけでもない不思議な行動をとる。

(ありがとう、か。今まで口にしたこともなかったな。こんな台詞は)

さくらが来てから自分の中の何かが変わった、そんな気もしている。
それが小狼にも不思議だった。


――――――――――――――――――――――――――――――


だけど、それはただそれだけのこと。
小狼もそれが大したこととは考えていない。
これは今まで交わったことのないタイプの人間の反応に戸惑っているだけ。
そう思っている。
いずれあの少女は自分の贄となる。
無惨に純潔を散らされ、その身の魔力も奪われた挙句にボロクズのように捨てられる。
それがさくらの運命。
ただそれだけのことだ。

別にそれを哀れんでいるわけではないが、小狼はまださくらに手をつけていない。
はじめは機が熟したら、くらいに考えていたが今は小狼の方からはそれを言い出すつもりは無い。

小狼はさくらが李家に雇われる時の条件にその身を小狼に捧げること、というものがあったろうと想像している。
そうでなければ李家がさくらのように身寄りの無い人間を雇うはずがないからだ。
その引き換えに大金を約束されているのだろう。

もしも小狼に手をつけられなければ、その約束は果たされない。
だから、いつまでも自分がそれを言い出さなければいつかはさくらの方から身を差し出してくる。

あの少女がどんな顔でそれを言い出してくるか?
それを想像するのが今の小狼の密かな楽しみになっていた。

NEXT・・・


この話はチェリーダンスに投稿した香港物語の出合い編です。
チェリーダンスの時に少し考えてまとまらなかったものをあらためて書き直してみました。

追記:
指摘を受けて若干修正しました。
さくらの瞳の色ってエメラルド・グリーンでしたね・・・。
改めて見直したら原作もアニメ版もツバサでもみんなそうでした。ちょっと小狼とごっちゃになってました。
しかし日本人なのにエメラルドの瞳?魔力の影響かな。

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