『知世様生誕記念』


キャスト
ゴルゴ13:国籍、年齢、本名、その他一切不明
依頼人(クライアント):?
標的(ターゲット):大道寺知世

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「知世ちゃんはすごいよね」
「え、なんのことです?」
「だって、知世ちゃんは約束したこと絶対に忘れないもん。わたしなんかすぐ忘れちゃうのに」
「それは奈緒子ちゃんがいろいろなことを考えすぎているからではないでしょうか」
「でも、わたしもそう思うよ。知世ちゃんは1回約束したら絶対に忘れないよね。やっぱり社長になる人はそうなの?」
「それほどでも。まあ、たしかに約束事は必ず守るように母からもよく言いつけられていますが」
「約束、かぁ……」


ゴルゴ13 第1602話

『約束(promise)』

PART1 男からの依頼

「標的はこの女だ」
「………」
「大道寺知世。ピッフル・カンパニー社長、大道寺薗美の一人娘だ」
「………」
「なんだ。まさか女の子は撃てないとか言うんじゃないだろうな」
「標的の性別や年齢には興味がない……俺が気にしているのは依頼者が俺のルールを守るか否か、それだけだ……」
「ルールだと?」
「まず標的を狙う理由を聞かせてもらおうか」
「な、なぜだ。そんなこと、どうでもいいだろう」
「それが俺のルールだ。裏のある依頼は請けないことにしている」
「くっ……。M&A(企業買収)だ! 現在、ピッフル・カンパニーが多数の会社にM&Aをかけていることは知っているだろう。俺の会社もそのうちの1つだ」
「M&Aの妨害か。しかし、それならなぜ社長や幹部を狙わない?」
「お、脅しだ。ここで直接社長を狙ってはさすがに足がつく。将を射んと欲すれば先ず馬を、というやつだ」
「………」
「報酬は米ドルで50万用意した。やってくれるな」
「わかった。やってみよう……」
「た、頼んだぞ!」

PART2 約束

「約束、かぁ……」
「あら、どうしましたのさくらちゃん」

放課後の帰り道。
二人だけになった時、さくらの口から先ほどの会話と同じ言葉が漏れた。
何気ないその口調に感じるものがあったのか問い直す知世に

「うん、ちょっとね」

なんでもないように答えるさくらであったが、その言葉に潜む微かな翳に気づかぬ知世ではない。

「約束…・・・ひょっとして李くんとのことを思っておられるのですか」
「やっぱり知世ちゃんにはわかっちゃうかなあ」
「あの時の……李くんとの約束のことを思っていらっしゃるのですね」
「うん。あの時、わたしと小狼くんは約束した。小狼くんは必ず帰ってくるって。わたしはずっと待っているって」
「その約束をお二人は見事に果たされましたわ」
「それはそうなんだけどね」

そう返すさくらの顔にはやはりわずかな翳りがある。
なにか、心に留めることがあるかのような。

「だけどね。その『約束』の重さってどうだったんだろうって思っちゃって」
「約束の重さ、ですか」
「うん。小狼くんは日本に来るためにすごく頑張ってくれたよ。小狼くんは李一族の跡取りでしょ? 本当だったらそんなに簡単に日本に来ることなんかできなかったはずだよ」
「たしかにそれはそうですね」
「それなのにこうして日本に帰ってきてくれた。そのためにどんなに無理をしてきたか。わたしにもそれはわかるよ」
「はい。李くんは本当に頑張り屋さんですね」
「それに比べてわたしはどうだったのかなって思っちゃって。わたしはただ待ってただけだよ。小狼くんみたいに努力したわけじゃない。ものすごく頑張って約束を叶えてくれた小狼くんとわたしじゃあ、『約束』の重さが全然違ったんじゃないかって」
「うふふ、さくらちゃんらしいですわね。でも、そんなことはないと思いますわ」
「そうかなあ」
「待つ、というのは本当に辛いこと。それはさくかちゃんもよくおわかりでしょう。さくらちゃんはそれに耐えられましたわ。李くんを信じて」
「そ、それはそうだけど」
「わたしはそれは大切なことだと思いますわ。さくらちゃんは李くんを信じて待ち続けました。それは李くんの努力にも劣らぬ立派なことです。それはなによりも李くんがご存知でしょう。李くんの頑張りにさくらちゃんは立派に応えられました。そこに重さの違いなどありませんわ」
「うん、そうだね……。ありがとう知世ちゃん。ちょっとすっきりしたよ」
「ふふ、どういたしまして」

PART3 黒い男

「ねえ、見たあの男」
「見た見た! あれはどう見ても只者じゃないよね」
「うん、どう見ても筋者、ううん、なんかそれ以上って感じ」
「ひょっとして殺し屋、じゃないの?」
「えぇ〜〜? まさかあ」
「あの雰囲気はただのヤクザとも思えないよ」
「でも殺し屋って。殺し屋が狙うような人がこの学校にいるの?」
「いるでしょ。一人」
「どうなさいましたの。みなさん」
「あ、知世ちゃん!」
「そ、そうだ、知世ちゃんがいたよ」
「わたしですか? いったい、何の話でしょう」
「それがね。校門のところに変な男がいるの」
「変な男の方、ですか」
「うん。なんかこう、目つきがすごくて。黒いスーツに黒い外車で。どう見ても只者じゃないよあれは」
「そ、それでひょっとしたら殺し屋かなんかじゃないかって。それでこの学校で殺し屋に狙われるなんて知世ちゃんしか……」
「目つきが悪くて黒いスーツですか……ひょっとして」
「あ、知世ちゃん、どこ行くの」
「ちょっとその方を拝見いたしますわ」
「えぇっ! と、知世ちゃん! 知世ちゃん!!」

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「おう、遅かったな」
「やっぱり貴方でしたのね」
「あぁ〜〜ん? なんの話だ」
「みんなの話題になっていますわ。目つきとガラの悪い男が校門にたむろしているって」
「ケッ」
「と、知世ちゃん? 知世ちゃんのお知り合いなの?」
「ふふっ、紹介いたしますわ。この方は黒鋼さん。うちのボディガードの元締めをなさっている方ですわ」
「ボディガードって、いつものお姉さんたちの?」
「はい」
「な、なんか他の人たちとずいぶん違う気がするけど」
「ふふっ、やはりこういうお仕事には男の方が必要です。黒鋼さんはそのための抑えですわ」
「抑えねぇ〜〜。その割にはずいぶんと扱いがぞんざいな気がするがな」
「あら。なにか仰いました。黒鋼さん」
「なにも言ってねえよ! おら、帰るぞ」
「はい」

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「まさか黒鋼さんがわざわざ迎えに来るとは思っていませんでしたが」
「それだけきな臭いってことだな」
「やはりM&A(企業買収)絡みのことでしょうか」
「わからねえな。ただ、俺の勘にひっかかるものがある。おめえに何かありそうだってな」
「それで学校まで。ご苦労様ですわ黒鋼さん」
「そう思うんなら少しは大人しくしてほしいもんだがな。お前も母ちゃんも、ほんとに落ち着きがねえ」
「ほほほ。善処いたしますわ」

PART4 パーティ会場にて

××社社屋改築記念パーティ会場

「おぉ、これはこれは大道寺家の」
「お久しぶりですわ」
「いやいや、いつ見てもお美しい。どうですかなこちらで一つ」
「そうしたいところですが」
「おら、行くぞ」
「な……」
「今日はお目付け役つきでして。また今度。おほほほ」

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「ちっ、それにしてもえれえ人数だな」
「まあ仕方がありませんわね。XX社もずいぶんと力をかけていたようですから。社屋改築よりもおそらくは新規事業の発表がメインなのでしょう。そのための人ですわ」
「そのおかげでこっちは的が絞り切れねえ」
「やはり、ですか」
「あぁ。“虫”が紛れ込んでやがるな。おめえへの殺気がある。だが、これだけ人がいちゃあそれが誰だかはっきりしねえ。気をつけろ。俺から離れるな」
「はい。頼りにしてますわ黒鋼さん」


「はいはい、通らせてくださいね」
「カクテルはいかがでしょうか」
「おっと、失礼」
「ボーイ! こちらの方に水を!」
………………………


「ふぅ。さすがにちょっと疲れましたわね」
「こうも歩き詰めだとさすがにな。だが、油断するなよ」
「そう言われましてもこれでは」
「そういう時こそ一番あぶな……!? 伏せろッ!」

ガバッ!

「く、黒鋼さん!?」

ズギュゥゥ―――ン……

「きゃぁぁぁっ!」
「な、なんだ?」
「人が倒れたぞ。おい、どうした。しっかりし……?」
「なんだ、これは! 血が出てるぞ!」
「こ、これは? う、撃たれたのか!」
「誰か! 医者を!」
「誰か! 早く!」

………………………
………………
………

「誰か撃たれたようだな」
「まさか、わたしを狙った弾が?」
「いや。違うな」
「それはどうして?」
「お前への殺気が消えた」
「そ、それはつまり」
「あぁ。撃たれた奴が“虫”だったってことだろう。この人数で偶然“虫”に当たるとは思えねえ。“虫”を狙う奴がいたってことだ。だが、こいつは……」
「どうしました、黒鋼さん」
「撃ったのはとんでもねえ野郎だな。どんなに距離があっても人を狙えば殺気は届く。だが、今回は気配も殺気も全く感じとれなかった。狙われてたらやばかったかもしれねえ」
「とんでもない相手……」
「結果としてはお前を救ったことになるがな。なんだ。心当たりでもあるのか?」
「いえ、なにも。それにしましても」

ギュッ

「おい?」
「ふふっ、殿方に抱きすくめられるという体験は初めてですわ。これが殿方の胸の中なのですね……」
「ば、ばか! 何を言っていやがる」
「さくらちゃんが李くんに抱かれている時もこんな感じなのでしょうか」
「こんな時にバカなこと言ってるんじゃねえ!」
「お願いです。もう少し……こうさせていてくださいな」
「おい! ちっ、ったく……」

………………………
………………
………

PART5 ルール

「お、おい、何をする!」
「説明してもらおうか」
「な、なにをだ」
「あの男はお前が手配したものだな?」
「そ、そうだ。それがどうした」
「お前は俺を信用して仕事を依頼したのではなかったのか? お前の行為は俺への裏切りだ」
「そ、それの何が悪い! 保険をかけるのは当然だろうが!」
「俺のルールに二重契約はない。それともう一つ。お前の会社は調べた。ピッフル・カンパニーによるひがし興業へのM&Aの事実はない」
「な……」
「お前は先々月のパーティであの娘に手を出して手ひどく返礼を受けているな。依頼の真の目的はその意趣返しか」
「ぐ……、き、貴様……」
「依頼にどういう理由があるかに興味はない。俺にとって意味があるのは依頼人が俺のルールに従っているか、それだけだ。お前は俺に嘘をついた。俺のルールに反した……」
「そ、それがどうした! あんな口約束、どうでもいいことだろうが!」
「約束? 違うな。言ったはずだ。俺にはルールがあると。依頼人には俺のルールを遵守する義務がある。お前はそれに反した」
「く、おい! 誰か!」
「無駄だ。お前の部下には全員、眠ってもらった」
「くっ!」

ズギューーーン!

「ぐぅ!」
「ビジネスルールの遵守が日本人の美点ではなかったのか? お前はそれを怠った。ビジネスマンとしても失格だ」
「う……ぐ……」
「………」

カツーン
カツーン
………………………
………………
………

END(2021年作品)

Extra Track


黒鋼さん登場。
今回はわりと普通におたおめ話になった気がする。

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