『知世ちゃんおたおめ話』


キャスト
ゴルゴ13:国籍、年齢、本名、その他一切不明
依頼人(クライアント):大道寺知世
標的(ターゲット):?

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香港経済区……
他に例のない特異な経緯と歴史を持ち、特別な環境の中で成長を続け、現在は世界でも有数の経済発展区域。
その規模は巨大で世界経済を語る際には無視できぬ存在となっている。
それだけに様々な思惑が入り乱れる魔境ともいえる空間である……


ゴルゴ13 第1550話

『香港からの客』

(二人の狙撃手改題)

PART1 依頼主
―――20XX年8月01日 23:30 東京都某所―――

国際〇〇ホテル最上階。VIPルーム。
いかにもといった高価な家具に囲まれたその部屋にいるのは二人。
まだ年端もゆかぬ十代と見える少女と。
年齢不詳の男。
少女は端正な顔に奥ゆかしさと上品さを秘めた深窓の令嬢といった趣の少女である。
対する男は引き締まった体躯に刈り込まれた頭髪が印象的な男だ。
あきらかに不釣合いな二人に、ありがちなふしだらな空気を感じさせないのは男の纏う雰囲気ゆえであろう。
カミソリのように鋭く光るその瞳を前にして、そのような不埒な妄想を抱ける者はいまい。
その瞳と真正面から対峙する少女も只者ではないのであろう。

「用件を聞こうか」
「はい。まずはこちらをご覧下さい」

男の問いかけに少女は懐から1枚の写真を取り出した。

「ゆっくりとだ……」
「はい」

男の更なる注文に少女は不自然なほどにゆっくりとした動きで応える。
そうして差し出された写真を一瞥した男の口から出た一言。
それは写真に写っている人物の名であった。

「李夜蘭……」

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PART2 少女の心配

「で、でも! 本当に大丈夫なの? わたしにできることがあったらなんでもするよ」
『大丈夫だよ、さくら。お前が心配することじゃない』
「でも。ネットでも話題になっているって」
『無責任なやつがいい加減なことを書いているだけだ。フェイクニュースってよく問題になるだろう。気にすることはない』
「本当に大丈夫なの?」
『ああ。大丈夫だ。なんの心配もいらないよ』
「本当に大丈夫なんだね」
『ふふ、さくらは心配性だな。大丈夫だ。何の問題もない。まあ、またなにかあったら電話するよ。それじゃあ』
「あ、小狼くん! ううん、もう!」

少女は切られたスマホを泣きそうな目で見つめた。
スマホからさんざんに心配するなと言われたが、それでも心配を抑えられない様子である。
そんな少女に黄色い不定形生物が声をかける。

「どや、小僧は。なんつっとった」
「大丈夫だ、何の問題もない。心配するな、って」
「小僧がそう言うなら信じるしかないな。さすがにわいらにどうこうできる話やない」
「でも……」

生物の言い方にも少女はどこか納得できない様子であった。
その足元には新聞と何冊かの週刊誌が転がっている。
その見出しにいわく

「香港経済界の重鎮、李夜蘭氏来日!」
「夜蘭氏、日経連幹部との会合か」
「過激派による妨害工作の可能性も」

記事にある李夜蘭とは香港の経済界、さらには政界にまで重大な影響を持つ李一族の当主で、香港経済界の重鎮中の重鎮といえる人物である。
そして、それはまさに先ほどのスマホの相手であり少女の恋人、李小狼の母親なのであった。
それが近く来日するという。
当然、ただの物見遊山なはずがない。
日本経済界の重鎮相手になにか大きな取引があるのではともっぱらの評判となっている。
そして、それを快く思わぬ者から何らかの妨害工作があるのではないか、という怪情報がネットを騒がせているのだ。
むろん、確たる根拠のないデマ情報が大半だ。
よくある話と言ってしまえばそこまでなのだが、少女にはそれが気になってならない。
この少女は、ある一点においては勘が非常に鋭い。
このような、何かあるのでは、という事件に対する勘である。
今回はそれが少女を刺激するのだ。
それが先ほどの電話になったのだが、本来、もっとも心配すべきはずの恋人になんでもない、心配するなと一蹴されてしまった。
これでは少女も立つ瀬がない。
立つ瀬はないが、恋人にそう言われてしまっては彼女もなにもできない。

「まあ、そんなに心配せんでもええやろ。あの小僧もバカやない。そうまで言うんは余程の自信があるっちゅうことやろ。さくらが心配することやない」
「うん……」

生物の言葉にもまだ納得のいかない面持ちの少女である。

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PART3 香港21時

「ふぅ」

少年はため息とともにスマホを机の上に置いた。
心配性の彼女をなんとかなだめ終わっての一息である。
一瞬、目を閉じる。
それが再び開かれた時、その瞳には先ほどのまでとは全く違う種類の光が宿っていた。

「何もない。何も起きない。オレが何もさせない。絶対に」

強い決意を秘めた瞳。
その光を消さぬまま、再びスマホを手に取り、何者かに連絡をとる。

「偉。どうだ。“G”の足取りは掴めたか」
『それが。どうやら現在、“G”は日本にいるようなのです』
「日本にだと! どういうことだ。まさか?」
『それはわかりません。ですが、何者かが“G”と接触を図ろうとしている、それは確かです』
「なんとしても“G”をおさえろ! “G”なくしては今回の事は収められない」
『わかりました。全力を尽くします』
「頼んだぞ」

プツッ

通話の切れたスマホを今度は炎を吹き出しそうな瞳で睨みながら少年は呻く。

「“G”……。なんとしても」

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PART4 来日

「ごらんください。李夜蘭氏が姿を現しました。今、タラップを降りてきます。」
「この後は国会議事堂前公園で日経連幹部と談合の予定です」
「今後の日本と香港の経済がどのように動くのか注目されています」

スマホのニュースから流れる音を聞きながら、男は前方を見やった。
男のいるビルの屋上から遠く、肉眼では確認が困難なほどの距離にある一点である。
その遥か遠い一点を見やり、今度は手にした銃のスコープを通してもう一度、「その場所」に視点を合わせる。
それはまさにスマホのニュースに流れた談合の場所であった。
よほどに性能のよいスコープなのか、ゆうに600メートルは離れているはずなのに並べられた椅子の生地までが男の視界に入る。
銃もまた特注品のようである。
不自然なほどに長い銃身に安定性を高めるためかかなりの重さのありそうな銃床、エジェクション・ポートやマガジンも特注品と見える。
おそらくは長距離の狙撃に特化した一品なのであろう。
一目で常人には扱えぬとわかるこの銃と男のいる場所から「着弾点」とおぼしき場所までの距離を考えると、男の技量は相当なものと思われる。
いや、相当などというものではすむまい。
本当に「着弾点」に弾丸を集めることができるならば、それはもはや神業といって差し支えない。
オリンピックのライフル射撃でもその距離は100メートルをわずかに超える程度なのだ。
その4倍以上もの距離に弾を届かせ、標的に当てるとなるとそれはもう、人間のおよぶ範疇にはない。
まさに神業だ。
男にはよほどの自信があるのであろうか。
これほどの難事に挑もうというこの瞬間においても男に緊張の色は見られない。
この一点だけでも偉業といってよい。

「議事堂公園前です。今、夜蘭氏がタクシーを降りました」
「これから日経連幹部との談合となります」
「あ、夜蘭氏が見えました。公園に向かっています」

そうこうしているうちに「標的」が「着弾点」に到着したようだ。
男が銃を肩づけにする。
スコープを覗く。
「着弾点」がくっきりと浮かび上がる。
スマホが「標的」の動向を伝えてくる。
「着弾点」まであと30秒。
20秒。
10秒。
5秒。
0……

「なかなかいいシュート・ポイント(狙撃点)を見つけたな」
「!?」

男の背後から声がかかったのはまさにその瞬間であった。
愕然と振り返った男の目に新たな登場人物が映る。
それは「カミソリのように鋭い目つき」をした男であった。

「ここなら標的まで障害になるものはない。方角的にも高度的にもベストだ。この距離ならば狙撃後の逃亡も容易だろう。まさに最適のシュート・ポイント(狙撃点)だ」
「な……?」
「だが、それは周囲への警戒を怠ってよい理由にはならない。獲物を狙うハンター(狩人)ならば獲物にされぬという理屈は成り立たん。ハンターとて獲物の一つにすぎん……お前はそれを忘れた。許されぬ怠慢だ」
「くっ!」

男は銃を新たな登場人物へ向け直す。
だが、長すぎる銃身が邪魔してかその動きはわずかに鈍い。
二人目の男の動きはそれよりも遥かに速く、そして正確だった。

ズギューーーン……

「うぐっ!」

もんどりうって倒れる男。
二人目の男の手にした拳銃からうっすらと硝煙が立ち上る。

「銃の選択もまた然りだ。AK-100は確かに狙撃には優れている……だが、銃身が重すぎる。咄嗟の乱戦ではものの役に立たん。俺達のような仕事の者が使う銃ではないということだ」
「ぐ……」
「普通の世界なら未熟は恥じる事ではない……だが、俺たちの世界では未熟な者に、“いつか”は、決して訪れない……憶えておくことだな」
「……」

言い捨てて男はきびすを返した。
もはや背後に一瞥もくれずに去って行く。
そこにあるのは主を失った銃と先刻までハンター(狩人)だったモノのみ。
男の興味をひくものはもうない……

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PART5 依頼事項
―――20XX年8月01日 23:31 東京都某所―――

「悪いが俺の手札に“護衛”というカードはない。他を当たってくれ」
「あなたのルールは重々承知しております」

男が今度の依頼の標的が李夜蘭、などという見当違いの言葉を出さなかったことに少女はかすかな誇りを感じた。
男は少女と夜蘭の関係を理解している。
むろん、それを面に出す少女ではない。

「依頼はもちろんハント(狩り)です。これをご覧下さい。J・ヒガシ。最近、中東で活動している狙撃手です」
「……」
「我が大道寺財団のエージェントがこのヒガシが夜蘭氏の狙撃を請け負ったという情報を入手しました。ですが、この男、さすがにこの道のプロというだけはあります。我が財団でもその足取りが掴めません」
「……」
「さらにはこの男、狙撃の腕は確かで過去数回、不可能と思われる狙撃を成功させています。残念ながら我々では相手になりません」
「……そこで同じ穴の狢の出番、というわけか」
「はい。今回の標的はこの男です。この男が夜蘭氏を狙撃する前にミスター、貴方の手で排除していただきたいのです」
「夜蘭氏の狙撃前、それが今回の仕事の条件ということだな」
「はい。無茶なお願いであることは理解しております。ですが! 貴方ならば! 不可能を可能にすると言われた貴方ならば!」
「わかった。やってみよう……」
「あぁ! ありがとうございます。ミスター、デューク・東郷!」

………………………
………………
………

香港の成長は留まることを知らない。
そして、香港の企業家達の目は外国へも向けられる。
その特異な成り立ちゆえに国内の資産価値、金融機関を信用しきれないのだ。
特に日本はそのターゲットとされることが多い。
国内の政情、経済、国際関係の安定した日本の資産価値は彼らの目にはとびきりのご馳走と写るようだ。
近年、香港の企業家による日本有数の物件の強引な買収も目立ってきている。
このあたりの事情は「白竜:獣たちの密談」に詳しい。
日本の企業家にとって油断のならぬ隣人と言えるであろう……

END(2020年作品)

extra track


小狼の誕生日は忘れても知世様の誕生日は忘れない。
それがポリシー。

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