『EXTRA TRACK friend』


「お前にもいろいろ世話になったな」
「いえ、たいしたことはありませんでしたわ」

少女はスマホに微笑みかけた。
通話相手の少年は香港の友人である。
先日、彼の母親が来日した。
高い地位にある彼の母親の来日は、大きな話題と問題を呼び、いろいろな手回しが必要であった。
彼女はその一端を受け持ったのだ。
彼女の母親はさる大企業の社長である。
その後継者と目される彼女はすでにかなりの権限を手にしている。
中学生が持つには大きすぎる権限であったが、彼女の母親は特に気にしていないようだ。
また、彼女も権限にふさわしい能力を発揮し、それを周囲に納得させている。
今回もその手腕を存分にふるい、少年の手助けをしていた。
今日はその礼ということらしい。

「それよりも李くん、まだお帰りになれないのですか。さくらちゃんが寂しがっていますわ」
「まだ少し用事が残っていてな。あと少しかかりそうだ」
「あらあら。よろしいのですか。さくらちゃんが寂しがって他の殿方になびいてしまうかもしれませんわよ」
「おいおい、めったなことを言わないでくれよ。オレもそれが心配なんだ」
「おほほほ」

他愛もない会話が続く。
学校のこと、友人のこと、家族のこと。
ごく当たり前の日常を綴る言葉たち。

それが不意に途切れた。

「………………………」

電子の00が生み出すだけの無機質な無音。
それには少女の表情を強張らせる何かが含まれていた。
少女が少年の次の言葉に狼狽しなかったのはそれを察していたためかもしれない。

「“G”だな?」

短い、質問の形をとった断定。
先ほどまでの会話にあった親しみも友情も欠片ほども含まれていない。
冷徹な事実の確認。それのみだ。

「あら。なんのことでしょうかしら」

明るい言葉とは裏腹に少女の表情は冷え切っている。
すでに少年の真意を悟っているようだ。
今日の電話は単なる挨拶ではない。
これを確認しにきたのだと。
いや、通告しにきたというべきか。

「偉に調べさせた。あれほどの手際、“G”しか考えられない。誰かが“G”と連絡をとっているところまではわかっていたが。まさかお前だったとはな」
「あらあら。なんですのその“G”というのは。李くんのおっしゃりようからすると誰か人のようですけれど」
「前に“G”に会った時、面白い格好をしていた。あの衣装、お前が作ったものだな? オレにはわかるぞ」
「……。勘のよろしいことで」

さすがに白を切り通せないと察したのか、少女の口調も変わる。
これも冷たい。
さっきまでの明るい口調がウソであったかのような冷たさだ。
少年のそれと変わりのない冷たさ。
これがこの二人の本質でもあったのであろうか。

「まずは礼を言っておこうか。助かった」
「それで? まさか、そんなお礼のためにわざわざ電話してこられたのではありませんわよね」
「別に。それだけだ。しいて言えば確認したかった、かな」
「なにをですの。わたしが邪悪な行為に手を染める外道……さくらちゃんの傍にいるのにふさわしくない人間、ということをですか?」
「いや、言い方が悪かったな。以前“G”にオレと同じ年代の依頼人(クライアント)がいると聞いたことがある。オレ以外に彼に仕事を依頼するティーンエイジ……どんなやつなのかとずっと気になっていたんだ」
「そうですの……」

再び会話が途切れる。
今度の無音は先ほどのものとは違う。
あるいは先ほどのそれよりもさらに冷たく無機質な無音。
邪悪な隠し事を共有する二人が通じ合うための無音。
それを破り、先に口を開いたのは少年の方だった。

「大道寺。ずっと前、そう、小学生の頃だったかな。お前に言ったことがあったな。憶えているか」
「そんな前の話ですの。いったい、なんでしょう」
「オレとお前は似ているって」
「そんなこともありましたわね。あれは……いつのことだったでしょうか」
「本当によく似ているなオレとお前は。オレたちはあいつの……さくらの傍にいる資格なんてない人間だ。あいつの傍にいちゃいけない人間なんだ。それを自覚してもあいつから離れることなんてできない。違うか」
「いえ、本当にそうですわ。わたしたちはさくらちゃんの傍にいるなんて許されない。それを自覚していてもなお……。わたしたちは本当に罪深い者共ですわ」
「言いたかったのはそれだけだ。また会おう」
「ええ」

少女は通話が切れたスマホをしばらくの間、見つめていた。
何の意思も感じ取れぬ無機質な無表情のままで。
やがて上げられた顔には、強い、ある感情が込められていた。

「似ているですって? 全然違いますわ李くん。あなたとわたしとでは。求める花を手折った者と……手を伸ばすことさえ許されぬ者とでは……。李くん、あなたがわたしを理解する日はけっしてこないでしょうね……」

それは“かの男”もかくやと思われるほどの冷たく、強烈な殺意であった。

END(2020年作品)


ズギューーン………

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